63話 軍師、味方をつつく
「入るぞ」
エルハーゲンの兵舎の一室。
アキトはその扉を開く。
部屋の中には円卓を囲んで談笑するアキトの師駒たちと、一人離れた場所で窓の外を眺める漆黒の鎧の男──ライルの姿があった。
つい先ほどまでセケムの師駒だったライル。
しかしその主は今、セケムからアキトへと変わっている。
ライルにもそれが分かっているのだろう。すぐにアキトに振り返り、片膝を突いた。
「アキト様。このライル、アキト様に誠心誠意お仕えいたします」
「ありがとう、ライル。だが、俺はお前の意思を無視してまで仕えてもらおうとは思わない。やはりセケムに仕えたいのであれば、北魔王軍との戦いの後にはセケムに戻すことも考える」
アキトがそう口にすれば、ライルは不思議そうな顔で聞き返す。
「……私の、意思?」
「ああ。お前がセケムのことをまだ思っているのなら、俺はずっとお前を縛り付けるつもりはない」
ライルは周囲の師駒に視線を向けながら、こう呟く。
「……皆さま、申し訳ございません。私は、アキト様が仰る意味がよくわかりません。どういう意味でしょうか?」
その言葉にシスイは思わず笑い声を漏らす。
「リーン様。ベンケー様やヴォルフ様だけでなくライル様の通訳も必要みたいですね!」
「茶化さないでください、アカネ様。ライル様は本当に困っておられるようです」
リーンがそう答える中、シスイがライルに言う。
「確かに我らの主は少し変わっておられる。しかし、今の言葉は言葉の通り。アキト殿は、ライル殿はこうして主が変わるのが嫌ではないのか気にかけているのだ。貴殿にも、好き嫌いはあるだろう?」
アキトが頷いて答える。
「変わっていると言われるのは心外だが……だが、簡単に言えばシスイの言う通りだ。俺に仕えるのが嫌なら言ってほしい。もちろん、セケムとの約束は約束だ。少なくとも、今回の戦いではお前の力を貸してもらうが」
「……申し訳ございませんが、本当に仰る意味がよくわかりません。我ら師駒の意思など……ともかく、私はアキト様に全力でお仕えします」
ライルは深く頭を下げて言った。
シスイはそんなライルの肩を叩いて言う。
「まあ、こう申しておりますし、とりあえず共にアキト殿の師駒として尽くしていくでござるよ」
「姉様の言う通り、また後程ご意思を伺えばよろしいのでは? 私たちもしつこく伺っておきますから」
同調するように言うアカネに、アキトも首を縦に振った。
「そう、だな。ともかく、よろしく頼むぞ、ライル」
アキトの言葉に、ライルはただ頭を下げて答えるだけだった。
そんな中、扉をコンコンと鳴らす音が響く。
「ネアだ。アキト殿、いるか」
「ああ。入ってくれ」
アキトが応じると、ネアは扉を開き部屋へと入ってくる。
「取り込み中だったか?」
「いや、終わったところだ。それよりも、何か用か?」
「ああ。まずは、先程の礼を改めて言いたい。アキト殿がいなければ、今頃どうなっていたか」
ネアはそう言うと、深々と頭を下げた。
アキトは慌てて答える。
「顔を上げてくれ、ネア殿。これも全て優秀な師駒たちのおかげだ。それに、ネア殿たち白獅子隊が動いてくれたおかげで、西岸北部の人々の安全も保たれる。例えまだゴルゼンみたいな奴がいても、あの処罰を見た後では西岸北部に住む人たちに手を出すのは躊躇するだろう」
「そう言ってくれて救われた思いだ」
ネアは恥ずかしそうに頭を掻く。
「しかし……本当に恥ずかしい。自分でも情けなくなるぐらい無策でな」
「無策で挑むのはまずいな。特に、これから挑む北魔王軍には」
「ああ。失敗は許されないと認識している。ゆえに、目的のレオス砦の攻略について、アキト殿と策を練ろうと思ったんだ」
「もちろん、こちらもそのつもりでいた。まずこのレオス砦に関して言うと……」
アキトはネアにレオス砦周辺の地勢や部隊の配置を卓上に地図を広げて説明した。
レオス砦が敵前線の奥まった場所にあること、そして進路は東西の砦から挟撃されやすい土地にあることを伝えた。つまり、自分たちは東西の砦を落とすための囮としてレオス砦に向かわされるのだと。
ネアはそれを聞いて特に驚きもしなかった。
「まあ、そんな腹だろうとは思っていたよ。私たちはただでさえ、将軍たちから疎まれているからな」
「学長が疎ましく思っている俺も含めて、捨て駒にしようとしているのは間違いない……だが、彼らの思い通りにはさせない。もちろん、レオス砦も必ず落とす」
「心強い。しかし、どうやって落とすつもりだ?」
「まずは味方を動かさなければな」
「ふむ。東西の砦を攻撃する部隊に、我らが挟撃される前に東西の砦を攻撃してもらうわけか。その間に、我らがレオス砦を攻める」
「それが正攻法だな。だが、エレンフリートが俺たちを囮にすることは東西の砦を攻める者たちに伝えてあるはずだ。俺たちが一斉に攻撃するよう頼んでも無駄だろう」
ネアは思い出すように言う。
「その可能性は高いな……この東西の砦を攻める部隊の長たちは将軍たちのお気に入りだ。東の金蛇隊はフルヴァン、西の青狼隊はセオドール。どちらも騎士学院では首席を争うほどの優等生だった。だが、二人ともあまりに功名心が強くてな……よくよく対立しているのも目にした」
「ライバル、か。どのみち、俺たちに情けをかけるような者たちじゃなさそうだな」
「ああ。だから、交渉は無駄だと思う」
「だが、挨拶ぐらいはしておいたほうがいいだろう」
「無駄と分っているのにか?」
「ぜひ、訪ねておきたい」
ネアは腕を組むと悩ましそうな顔で答える。
「そこまで言うなら紹介するが……二人とも先ほど将軍たちと話しているのを見た。まだこの兵舎にいるはずだ。会うか?」
「ああ、頼む」
そうしてアキトはネアと共にフルヴァンとセオドールを訪ねた。
しかし。
「共に同じ戦域で戦うんだ。作戦を照らし合わせておかなければ」
ネアは兵舎の一室の前の前に立つ騎士にそう訴えた。
しかし騎士は頑なに首を振らない。
「フルヴァン様はお忙しいのです。どうかお引き取りを」
騎士は何度もそう繰り返し、アキトとネアを拒絶する。
「ああ、もう! 中にいるのは分かっているのだぞ、フルヴァン! なぜ、味方にそう冷たく」
痺れを切らしたように言うネアをアキトは抑える。
「まあまあ、ネア殿。本当に忙しいのだろう。何せ戦いの前だ」
アキトは騎士へ向かって言う。
「我らは当日、レオス砦を攻撃することを伝えておきたかっただけだ。攻撃を開始する際、こちらからは特に連絡をするつもりはない。フルヴァン殿にはよろしく伝えておいてくれ」
「承知、した」
無愛想な顔で応じる騎士を背に、アキトとネアはその場を離れていった。
十分に離れると、ネアがアキトに小声で言う。
「セオドールも全く同じ反応だったが……取り付く島もないな」
アキトたちはこの前にセオドールも訪ねたが、やはり門前払いであった。
「泣きついたところでどちらも要請に応えてくれそうにはないな」
「そうは言っても、やはり我々だけが突出しては……アキト殿。ここはやはり私が無理にでも」
「いや、その必要はない。向こうがそういう態度なら、こちらも勝手にやらせてもらうだけだ」
「なんとか交渉するために会いに行ったんだろう? ……ずいぶん諦めが早いのだな」
不満そうな顔でアキトを見るネア。
「諦めてなんかいない。それに、二人には会いに行ったという口実を作っておきたかったんだ」
「口実? そんなものが何の役に立つ?」
「役に立つ……というよりは、保険みたいなものだな」
ネアはますます分からないといった顔で考え込む。
「すまない、ネア殿。ともかくネア殿の言う通り、この戦いは俺たちだけでは勝てない」
「ならば、やはりなおさらフルヴァンとセオドールたちに」
「動いてもらう」
「……全く意味が分からん。このままで彼らが動くと?」
「心配ない。必ず、彼らを動かす」
「ふむ……何か策があるようだな」
ネアの言葉にアキトは迷わず首を縦に振った。
「ああ。策と言っても砦を攻撃することは変わらないが。ともかく、任せてくれ」
その言葉を聞いたネアは少しの沈黙の後、ため息を吐いて頷いた
「その自信がどこから来るかは分からないが、私を救ってくれたんだ……我らはアキト殿の策を信じるだけ」
「ありがとう。なら、白獅子隊の宿営地に戻ろう。隊員の皆に当日の動きを伝えておきたい」
「ああ」
アキトとネアは白獅子隊の宿営地へと向かった。
それから数日後、帝国騎士団はエルハーゲンを発ち、北魔王軍が防衛線を敷くリール丘陵へと進軍するのだった。




