62話 軍師、後処理をこなす
アキトたちが歓声を上げる中、隠れていた村人たちがやってくる。
「あ、ありがとうございます!! まさか、助けが来るとは!! エルハーゲンの方ですか?」
村長らしき男がアキトへそう声をかけた。
そうだとアキトは答えようとしたが、先にネアが答える。
「いや、彼はアルシュタート大公の軍師、アキト殿だ」
「なんと!?」
村長をはじめ、村人たちが驚くような顔を見せる。
「アルシュタート大公がまた我らを助けてくださった……」
「本当に……なんというお方だ! ……ありがとうございます、ありがとうございます!」
村長がお礼の言葉を口にすると、他の村人たちもアキトへ何度も頭を下げた。
村長はアキトにこう申し出る。
「アキト様。我らにできることがあれば何なりとお申し付けくだされ。近隣の他の村にも、大公閣下に協力するよう言い聞かせます。我らは、アルシュタート大公こそが、我らの真の領主様と考えております」
普段であれば謙遜の言葉の一つでも述べるであろうアキト。
しかし西岸北部の人心を掌握したい今は、素直に頭を下げて応じた。
「ありがとうございます。そのように言ってくださると、閣下もお喜びになるでしょう」
アキトはそう告げて、他の村人たちにも聞こえるように言う。
「今後、何かあればすぐにエルハーゲンに伝えていただきたい。もちろん、今回のようなことは最初から起こさせないよう、騎士団に徹底させますが……」
そんな中、続々と拘束された黄金隊の騎士たちが村へと白獅子隊の騎士たちによって連行されてきた。
アキトはセケムを含む捕虜たちを広場へと移動させる。
全員で五十名ほど。
残りの半数以上はすでに宿営地へと逃げ帰ってしまった。
そうしているうちにマシアスをはじめ、エルハーゲンの兵も馬でやってくる。
マシアスは村の外で馬を止めると、アキトのもとへ駆け寄る。
「アキト殿! エルバッハ村が襲われていると聞き、駆けつけたぞ!!」
「ああ、ありがとう、マシアス殿。ちょうど、不良騎士たちを捕らえたところだ。白獅子隊の皆のおかげでな」
「ありがたい……しかし、これだけ疲弊している西岸北部で収奪を働こうとする者がいるとは……アキト殿、これは騎士団との共闘作戦を考え直す必要があるのでは?」
マシアスは拘束されたセケムや黄金隊の騎士たちを見て言った。
皆、バツの悪そうな顔をしている。
セケムに至っては、冷や汗をかき青ざめた表情をしていた。
自分たちの行動のせいで、騎士団が補給を受けられなくなる可能性もある。
そうなれば、学長や騎士団からの評価は地に堕ちるだろ。
村を物色して終わりのつもりが、大事になってしまった──アキトはそれをセケムたちに認識させたかった。
また、同じようなことを企む騎士への戒めにもなればと考えたのだ。今後、西岸北部で同じようなことが起きないようにするために。
アキトは頷いて言う。
「ああ。レオネル伯や学長にも事情を聞いてみよう。ともかくまずは、彼らをエルハーゲンに連行してくれ。ネア殿、白獅子隊にも手伝ってもらえるか?」
「もちろんだ! 皆、ゴルゼンたちをエルハーゲンの兵舎へ!!」
その声に白獅子隊の騎士たちは、黄金隊の騎士たちを連行していく。
その中で、セケムが叫んだ。
「ま、待ってくれ、アキト!! 僕とエルゼは本当に何もしていない!!」
「そ、そうよ! 私とセケムはこのゴルゼンから村人が歓迎しているって言われて、あの宝石をもらったの!!」
「そうだ!! 僕たちは何も悪くない!!」
しかし、すかさず村長が口を開く。
「私は、彼が金品宝石を集めるよう命じているのを耳にしました」
他の村人たちもその言葉に同調する。
「皆、こう言っているが?」
アキトが訊ねると、セケムとエルゼは顔を真っ赤にして答える。
「う、嘘だ!! どいつもこいつも、僕たちをはめようとしているんだ!!」
「そ、そうよ!! お父様たちがあんたを許さないわ!! レオネル伯たち将軍も、きっと怒るはずよ!!」
二人の訴えに、アキトの口からため息が漏れる。
この二人に何を言っても仕方がない。
アキトはそう自分に言い聞かせ、こう答える。
「……申開きはエルハーゲンで聞こう。ともかく、連れていってくれ」
その言葉に、白獅子隊の騎士たちはセケムとエルゼを連れていく。
連行されていくセケムは歯軋りしながら、アキトを睨む。
「お前なんかに……この僕がお前なんかに……リーンハルトもいないし、僕の師駒のほうが強いはずなのに!! くそが!」
このまま自分が見ていれば馬鹿にしているとセケムはさらに恨みを募らせるかもしれない。
そう考え、アキトはセケムやエルゼから視線を逸らした。
アキトも本当はセケムたちを責めたかった。
これから強力な敵と戦おうという大事な時に、このような不祥事を起こした。しかも、自分と同じ学校で過ごしていた者がだ。
声を荒げ、二人を叱りたかった。
そして改心させ、今回のことは目を瞑ってやりたかった。
しかし、自分は軍師。
アルシュタートと西岸北部、そして白獅子隊の軍師だ。
私情は挟めない。
あの二人には相応しい罰を受けさせよう──
アキトはそう自分に言い聞かせた。
そんな中、ネアがアキトに声をかける。
「アキト殿! 改めて礼を言うぞ」
「いや、俺は白獅子隊の軍師。当然のことをしたまでだ。だが、今後何かあれば俺にも告げてほしい。戦いが始まれば、尚更意思疎通は大事だからな」
「あ、ああ。今回は、独断専行が過ぎてしまった。これからは必ず軍師殿に相談する!」
ネアは申し訳なさそうな顔で言うと、師駒たちに目を向ける。
「しかし、驚いた。強い師駒たちばかりなのだな」
他の白獅子隊の騎士も頷いて答える。
「それにアキト殿の策がなければ、俺たちは今頃包囲されてボコボコにされてた」
「ああ! 頼りになる軍師が仲間になってくれた」
騎士たちの言葉にネアはそうだったのかと驚く。
ネアはアキトに顔を向けると、手を差し出した。
「これからも頼りさせてもらうぞ、アキト殿」
「ああ。期待に応えられるよう頑張るよ」
アキトはネアと握手を交わす。
こうしてアキトは、図らずも白獅子隊の信用を得ることに成功した。
それからアキトたちも村を出ようとすると、村長が再びアキトに声をかける。
「アキト様。どうかこちらをお受け取りください」
村長はアキトに麻袋を手渡そうとする。
中から響くジャラジャラという音から、中身が金品の類であることはアキトも察した。
ネアが何かに気がついたような顔で言う。
「それは……先ほど、あのセケムとエルゼとかいう奴らが集めた」
「はい。宝石や貴金属です。お礼というのもなんですが、村の者と皆と相談して、少しでもアルシュタート大公のお役に立てればと思いまして……」
アキトは首を横に振る。
「ありがとうございます。ですが、お気持ちだけで結構です。そんなものはいただくなくても、閣下は皆様をお守りします」
「なんともありがたいお言葉です。ならば、こちらの石だけでもお持ちいただけませんか?」
村長はそう言うと、くすんだ赤い石を袋から取り出した。
「それは」
アキトには一目で分かった。取り出した石が、師魔石だということが。
「やはり有用なものでしたか。先の二人はすぐに地面へ投げ捨ててしまいましたが」
セケムとエルゼは師駒石を求め、村を漁っていた。
だが、見つかったのは師魔石だったというわけか……
村長はその師魔石を差し出して言う。
「アキト様にお使いいただけるなら、私も本望です。どうか受け取ってくだされ」
「しかし、それなりに価値のあるものです。買い手さえ見つかれば、それなりのお金になる」
アキトがそう言うと、村長は首を横に振る。
「見つかりませんよ。エルハーゲンに売りに行ったのですが、どこも買い取ってもらえませんでした。ですから、どうかお受け取りください」
無理やりに師魔石を握らせてくる村長。
これ以上断るのも悪いと、アキトは深く頷いた。
「ならば、これは使わせていただきます。そして必ず、皆様と西岸北部をお守りいたします」
「ありがたいお言葉です。どうかお願いいたします」
村長がそう言うと、他の村人たちも一様に頭を下げるのだった。
その後、アキトは村長たちに別れを告げ、村を後にした。
これで戦力を増強することができる。
今後激戦が予想される中、とてもありがたいとアキトは内心で喜んだ。
──とはいえ、どう使うかは悩むな……
エルハーゲンへの道中、アキトは談笑しながら歩く師駒たちに目を向ける。
師魔石は魔物の師駒を召喚する他、すでに召喚した魔物の師駒を召喚することができる。
この場では、強化の対象はリーンとヴォルフの二名だ。
リーンをはじめとする魔物の師駒の強化もしたいが、皆すでに十分な活躍を見せている。
逆を言えば、現状アキトも師駒に困っていないとも言えた。
──今日ここで使わなくてもいいか。
使い道は状況に応じて考えよう。
アキトはひとまず師魔石を取っておくことにした。
それからまもなくアキトたちはエルハーゲンへと到着する。
エルハーゲンの兵舎に向かうと、そこは多くの人で混雑していた。
市民、騎士たち。彼らの視線は兵舎の訓練場に連行された黄金隊の騎士たちに向けられている。
「あいつら、エルバッハ村を襲ったらしいぜ」
「へっ。俺たちを救うなんてのはやっぱり嘘だったんだ」
市民たちが黄金隊の騎士を蔑む中、眺めている騎士たちは動揺を隠せないでいた。
そんな中、兵舎の中から騎士団の将軍たちがやってきた。
彼らは縄で縛られた黄金隊の騎士たちを見て、目を丸くする。
「こ、これは何事だ!?」
将軍の一人が叫ぶと、近くにいたマシアスが説明する。
「彼らはエルバッハ村に立ち入り、村人たちから金品を徴発しようとした。まだ婦女子への乱暴も確認された。故に罪人として連行したのだ」
その言葉にセケムが咄嗟に口を開く。
「ぼ、僕は何もやっていない!!」
「私もよ!!」
セケムとエルゼがそう言うと、堰を切ったように他の騎士たちも冤罪を訴え始めた。
それを聞いた将軍はマシアスを叱るように言う。
「皆、こう言っている! 貴公らが勝手な言いがかりをつけているだけではないのか!?」
マシアスはその言葉に反論しようとするが、ある方向に顔を向ける。
「──言いがかりと仰るなら、村人を呼んで証言させようか? 同じ騎士団である白獅子隊の者たちも皆、証人となってくれるだろう」
そう言ったのは、帰還したアキトだった。
「貴公は……」
将軍たちは顔を合わせ、ヒソヒソと何かを話し出す。
将軍たちも先日の軍議に参加している。
アキトの立場や地位は知っていた。
一方で黄金隊の素行の悪さは有名。
将軍の一人は無実を証明するのは難しいと判断したのか、アキトにこう返す。
「そ、そもそも、皆が貴族か騎士で構成される我らを拘束するなど、帝国の法に反している!」
「それが帝国の法を犯した者であってもか? それに、ここは陛下の遠戚である大公閣下が治める地だ。閣下よりも位階の高い者なら陛下の裁可が必要だろうが、それ以外の者を拘束するのに誰の許可がいる?」
それを聞いていたセケムは、こう叫ぶ。
「ぼ、僕はリュシマコス大公の子だ!!」
「私は、あ、あのエレンフリートの娘よ!!」
エルゼもそう叫んだ。
アキトは再びため息を漏らす。
これだけの観衆の中では恥の上塗りでしかない。
却って家名に泥を塗るだけなのは明白だ。
呆れるアキトだが、淡々と返す。
「リュシマコス大公が大公なのであって、学長が学長だ。お前たちは、その子にすぎない。大公が裁くべきだ」
アキトはポケットから小さな本──帝国の法典を開きながら言う。
「……帝国法に照らし合わせるなら、強盗強姦を試みた従軍中の者は死罪が妥当」
「し、死刑!?」
ざわつく騎士たちにアキトはしかしと続けた。
「未遂であれば、罪を認めた者に対しては情状酌量の余地は残すべし……罪を認めるなら、死罪は免れるかもな」
その言葉に、黄金隊の騎士の一人が声を上げる。
「お、俺は確かに罪を犯した!! だ、だが、それはゴルゼン隊長に命じられたからだ!!」
「俺もだ!! 命令だったんだ!!」
次々と罪を認める黄金隊の騎士たち。
やがてゴルゼンもこんなことを訴える。
「お、俺はこのセケムとエルゼに命じられただけだ!! こいつらに宝石を集めるよう言われたんだ!! 村人に聞けば、この二人が宝石を物色していたのが分かるはずだ!!」
「お、お前!! お前がそもそも金目のものを集めると言ったんだろう!? 僕たちはただ師駒石があればくれと言っただけだ!!」
セケムもそう反論した。
罪を擦りつけ合うセケムたちに、周囲の市民もほとほと呆れた様子だ。
そんな中、兵舎の中から歩いてくる者がいた。
エレンフリートと騎士団の司令官レオネル伯だ。
セケムとエルゼはそれを見て顔を明るくする。
「学長!!」
「お父様!!」
エレンフリートならアキトを言い負かし、この状況をどうにか丸く収めてくれるはず。
二人は安堵した。
一方のアキトも一番厄介な相手がようやく来たと身構える。
アキトとしては死罪までは求めていない。
今後、同じことが起きないよう徹底させられればいい。
エレンフリートとて、騎士団が今後問題を起こすことを避けたいはず──アキトはそう考えていた。
アキトは足を止めたエレンフリートの口を注視した。
エレンフリートは無表情で捕縛された騎士たちを見回した後、ゴルゼンの前に立った。
そしてレオネル伯に尋ねる。
「レオネル伯。騎士団の規範には、略奪を犯した者はどうせよと?」
「首を斬れ、とあるな」
「ふむ。帝国軍の規則と変わりませんな」
エレンフリートはそう答え、ゴルゼンに視線を落とす。
ゴルゼンはヘラヘラとした顔で口を開いた。
「そうは言っても俺たちは貴族や騎士の家の者ですぜ。村への賠償なら、俺たちの親が出します。それで今回は勘弁してやってくれませんか?」
ゴルゼンがそう答える中、エレンフリートは剣を抜いた。
「今回? 我らに次があると考えているのか?」
「へ?」
──一瞬のことだった。
エレンフリートは間抜けな顔をしたゴルゼンの首に剣を振り下ろす。
周囲が唖然とする中、ゴルゼンはその場で崩れた。
ぴくりとも動かなくなり、周囲に血溜まりができる。
エレンフリートは剣を振って血糊を払う。
「兵舎で経緯は聞いてました。今後は同じことが起きぬよう、徹底させましょう」
エレンフリートはアキトに向かってそう言うと、レオネル伯に顔を向ける。
「他の者も斬首を」
「え、エレンフリート殿、本気か?」
レオネル伯をはじめ、他の将軍たちも唖然とした表情を見せる。
エルゼもエレンフリートの足元へと這い寄った。
「お、お父様、待って! たかが田舎の小さな村と、騎士の命どちらが大事なの!?」
「──そのようなことはどうでもいい」
「え?」
「……どうでもいいと申したのだ!!」
エレンフリートはそう言うと、エルゼを蹴り飛ばす。
そして執拗に蹴りを加えていった。
「──どうでもいい! 心底どうでもいい!! 命を懸けた勝利の前には、そのようなことはどうでもいいのだ!! そんなくだらないことで、私の描いた勝利への道筋を乱すな!! このゴミクズどもが!! この!! このぉっ!!!!」
怒鳴り声を上げエルゼを蹴り続けるエレンフリートに、周囲は唖然とするしかなかった。
「覚えておけ!! 平民か貴族かなど些細な問題に過ぎぬ!! あるのは勝者か敗者か!! 勝者だけが天を仰ぎ、敗者だけが地に伏せるのだ!! それがこの世界の全てだ!!」
やがてエレンフリートはエルゼを遠くへ蹴り飛ばし、レオネル伯ら将軍に呼びかける。
「騎士団の諸君は、敗者になることを望むか!? 此度の戦は、帝国騎士団の名誉がかかっている!! アンサルスに続き此度も負ければどのような誹りを我らが受けるか!? またしても下等な魔物に負けたと、国中の笑われ者になるのだぞ!?」
エレンフリートの気迫のこもった叫びに、レオネル伯はもちろん、周囲の騎士たちも耳を傾ける。
「勝利の前に余計なことをする者は邪魔でしかない……!! これからの戦いに、そのような愚か者は不要っ!! そのような者がいるなら、いますぐ自ら命を断て!! できないのなら、私が斬る!!」
エレンフリートは剣を四方へ向け、周囲の騎士たちに黄金隊の騎士の斬首を促す。
レオネル伯ら将軍もエレンフリートの言葉に自分たちの置かれた状況を再認識したのか、首を縦に振った。
アキトとしてもエレンフリートの言動は予想外だった。
動機と目的はどうであれ、勝利への思いは自分と同じ。
なんとしても負けられないという気持ちだけは、アキトとも同じだったのだ。
レオネル伯や他の騎士たちの反応を見れば、このエレンフリートの叫びは間違いなくこの後の戦いに良い影響を及ぼす。
目の前の戦いに集中し黄金隊のようなことはしまいと、騎士たちの気が引き締まるはずだ。
将軍らを含め、名誉のためという今回の戦いの本義を思い出すはず。
だから、アキトとしてもエレンフリートの行動は歓迎できるものだったのだが──
隊長のゴルゼンが斬られた今、アキトもこれ以上の処罰は望んでいなかった。
このままでは黄金隊の騎士たちが皆、死刑になってしまう。
自業自得であることは間違いない。
だが、例え素行不良の者たちと言えど、百名も戦力が減れば今後の戦いにも支障が出る。
アキトはエレンフリートにこう告げる。
「学長の仰ることはもっともです。これからの戦いを前にして、仲間同士で争うことのなんと愚かなことか……ですが、学長。彼らはゴルゼンの部下。命令に従うしかなかった者もたしかにいるでしょう」
「何が言いたい?」
「ここは彼らに名誉挽回の機会を与えてもいいのではないでしょうか? 此度のことを恥と思い、家名のため死兵を買って出る者もおるでしょう。これからの激戦を思えば、一兵でも惜しいかと」
「……それで、あなた方は納得するので?」
「首謀者が斬られたのです。同じ愚を犯す者はいないと見ていい。領民の理解も得られます。我らも騎士団の補給と移動についてなんら決まり覆すつもりはありません」
エレンフリートは少しの沈黙の後、ようやく剣を収めた。
「大公閣下の軍師が仰るなら、そういたしましょう……レオネル伯。黄金隊は鞭打ちの後、最前線へ配置換えにするのがよろしいかと」
「あ、あい分かった! ……おい!」
レオネル伯の言葉に、周囲の騎士たちが動き出す。
黄金隊の騎士に鎧を脱がさせ鞭を打ち、ゴルゼンの死体を片付けていった。
エレンフリートはそれを見ると、何も言わずに兵舎へ去ろうとする。
それを見たセケムは必死の形相で訴えた。
「が、学長!! わ、私は無実です!! 私を解放してください!!」
エレンフリートは振り返ると、ああと思い出すように言う。
「セケム、君……時には指揮官に逆らっても正義を説くのが軍師の務め。今回のことは残念ですが、この失敗を糧に精進なさい。まずは黄金隊を規律正しい部隊へと回復させるのです」
「は、はい! こ、此度の失態は大変申し訳ございませんでした!!」
セケムは学長に頭を下げると、アキトを睨む。
「は、早く僕を解放しろ!!」
「そうはいかないな、セケム。黄金隊の騎士とエルゼは罰を受けた」
「ま、まさか僕を鞭打つつもりか!? ぼ、僕はリュシマコス大公の子だぞ!?」
「先も言ったが、お前が大公というわけじゃない。そしてお前は黄金隊の軍師。本来であれば、隊長のゴルゼンに準ずる罰を受けてもおかしくない」
アキトが淡々と答えると、セケムは体を震わせた。
「い、嫌だ!! 死にたくない!! が、学長!! どうか、お助けください!!」
ただの生徒であればエレンフリートも見捨てていた。
そもそもエルゼと同様に鉄拳を以って制裁していただろう。
しかしセケムはリュシマコス大公の子。
エレンフリートも流石に無視できない。
だが一方で、アキトがそのまま引き下がる男でないことも重々承知している。
故にエレンフリートはセケムへこう諭す。
「セケム君。この先セケム君のせいでなくても、臣下のしたことの埋め合わせをすることが多々あるでしょう。此度は不幸ではあるが、なんらかの形でアルシュタート領に賠償すべき。軍師同士であるなら、そうだな……師駒を譲渡するという手もあるでしょう」
セケムは、エレンフリートが以前のようにアキトを権力で黙らせることができないことに愕然とする。
しかし自らもリュシマコス大公の子という立場をひけらかしてきた以上、アキトがアルシュタート大公の軍師という現状を受け入れなければいけない。
セケムは遠くで縛られている自分の師駒を見て言う。
「……あのライルというやつをお前に贈ろう。B級の師駒だ。一体で十分だろう?」
師駒一体が罪の帳消しに見合うかはアキトにも判断が難しい。
しかしアキトは先ほど、ライルの戦いぶりを目にしている。
剣ではヴォルフを圧倒していた。
シスイとの対決を見ることは叶わなかったが、シスイも苦戦していたであろう腕前。
そしてリーンが言うには、魔物の匂いを嗅ぎ分けることができた。
相当に優秀な師駒であることは間違いない。
セケムに罰を与えるよりも、ライルを得た方がはるかにアルシュタートと西岸北部のためになる。
アキトにとっても魅力的な提案だった。
だが、師駒をただの駒とは見られないアキトは、寂しそうな顔でセケムに言う。
「お前の大事な師駒だ……そんな簡単に手放していいのか?」
「はっ! あんな無能、こちらから捨てようと思っていたところだ!! 主人も守れない人でなしなど……あ」
価値がないと思われるとセケムは焦ったのか、慌てて言葉を続ける。
「と、ともかくB級の師駒だ!! あれでいいだろう!!」
呆れるアキト。
少しでもセケムが師駒を惜しむのなら断ろうとも考えていた。
しかし、セケムは惜しむどころか自分の失態を師駒のせいにしていらないとまで言い放った。
セケムに落胆するアキトは、ライルに目を向ける。
これならばライルをもらっても後ろめたくない。
──ライル自身はどう思うか分からないがな……
それでも、やはりライルは欲しい。
彼を仲間に加えられれば、この上ない戦力の増強になる。
アルシュタートや西岸北部の人々にとって、どれだけ助けになるだろう。
アキトは首を縦に振ってセケムに言う。
「分かった……ならば、ライルを貰い受けよう。その代わりに解放する」
アキトはそう言って、近くの騎士にセケムの拘束を解くよう促す。
「ちっ……」
騎士によって縄を解かれたセケムは師杖を光らせ、ライルをアキトに譲渡する。アキトを睨みながら。
「アキトぉっ……覚えておけよ。お前とリーンハルトだけは、いつかこの手で必ず惨めに死なせてやる」
「セケム……これ以上、俺を失望させないでくれ。学友が苦しんでいるのを差し置いて、何をしているんだ?」
「学友?」
首を傾げるセケムを見て、アキトはため息すら吐かなくなった。
代わりに近くにいたマシアスにこう告げる。
「……マシアス殿。そこのエルゼや鞭打ちを受けた騎士たちを兵舎で治療してやってほしい。フィンデリアにも手伝ってもらう」
「おう。承知した」
マシアスはそう言うと、エルハーゲンの兵にエルゼを運ばせる。
セケムはそれを見てようやくアキトの言わんとしていることに気付くと、慌ててエルゼを運ぶ兵を追っていった。エレンフリートの機嫌を窺いつつ。
エレンフリートはそれを見ると、少しの間目を瞑ってから口を開く。
「……アキト、君。此度のこと、君には感謝しなければ。おかげで新入りの騎士たちばかりの今の騎士団を引き締めることができた」
「いえ、こちらこそ公正な処罰をしていただき感謝します。領民も溜飲を下げるでしょう」
アキトがそう言って頭を下げると、エレンフリートはアキトに背を向け兵舎へと歩き始めた。
そんなエレンフリートをアキトは少し見直した。
自分への敵意は変わらない。
次の作戦においても、自分を捨て駒にしようとしていることからも明らかだ。
しかし、勝利を第一とする思いは同じであることが分かった。
アンサルスでもつまらないプライドのためだけにアキトの策を退けたのではなく、やはり最良と思った布陣を採ったのは間違いない。
エレンフリートは単に栄達を望む男ではなく、真に軍師だった。
だが、エレンフリートは自らと自らの策が正しいと信じて疑わない。
彼の頭の中では魔物はまだ下等な生き物であり、自らの策で霧散する弱者の集まり。
実際に、彼は幾度となく魔王軍を容易く粉砕してきた。
そして今回もそうなるとエレンフリートは自分に絶対の自信を持っている。
つまり、彼にとって、今回の戦いは自分の偉大さを再び証明するための場でしかないのだ。
自らが正しいと思う方法をエレンフリートは押し通すだろう。
アキトでなくても、誰かと共に策を練り合わせることはまず考えられない。
勝利への気持ちは同じであっても、その過程が合致することは絶対にあり得ないか……
アキトはどこか寂しさを感じながら、新たに師駒となったライルのもとへ向かうのだった。
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