60話 軍師、喧嘩に臨む
白獅子たちの宿営。
そこには、アキトの師駒であるリーン、シスイ、アカネ、フィンデリア、ヴォルフが集まっていた。
第十七軍団の者たちはエルハーゲンの防衛、シロはアルスへの連絡でいない。
アキトは残った自分の師駒たちへ、白獅子隊の隊長ネアが捕まったことを伝えていた。
ネアは、黄金隊の隊長であるゴルゼンが東の村で徴発しようとしているのを止めようとした。
しかし、そこでゴルゼンに捕まってしまったのだ。
白獅子隊の騎士の話によれば、ネアはゴルゼンをはるかに凌駕する武技の持ち主だった。
それにもかかわらず捕まってしまった──
黄金隊の軍師と師駒のせいに違いない。
アキトはそう考え、自分の師駒たちの力を借りることにした。
「実戦でもないのに悪いんだが……」
アキトは申し訳なさそうな顔をした。
だが、師駒たちは元気な返事を響かせる。
「何を申されますか、アキト様! どんな些事でもお申し付けください!」
リーンがそう答えると、ヴォルフも同調するように頭を下げた。
シスイも愉快そうに言う。
「喧嘩も立派な合戦! 某も思う存分、暴れさせていただこう!」
「姉様、加減してくださいよ……」
呆れるような顔のアカネに、アキトはこう答える。
「まあ、そこはフィンデリアもいるから……フィンデリア、双方に死人が出ないように頼む」
フィンデリアは任せろと言わんばかりに首を縦に振った。
「お願いしますね、フィンデリア様……姉様は、多分やらかすんで。しかし、旦那様。どうやってそのネア様を救い出すおつもりですか?」
アカネの問いに、アキトは簡潔に答えた。
「作戦自体は、ドラッセンと変わらないよ」
敵に囮を包囲させ、別動隊をもってその敵を包囲する。
ドラッセンでアキトたちが用いた手だ。
「……ただし、今回の囮役は白獅子隊。後方を突くのは俺たちだ」
「なるほど。お相手も、そう数は多くないでしょうし、私たちだけでも十分そうですね」
アキトはこくりと頷く。
「ああ。ただ、一つ気をつけてほしいのは、敵にも師駒がいる可能性があることだ。こんな乱暴ごとに知恵を貸す軍師だ。師駒は本気でかかってくるかもしれない」
「ほう、それはますます腕が鳴るでござるな」
シスイは不敵な笑みを浮かべて言った。
「姉様、一騎討ちが目的じゃないですからね。目的は、ネア様の救出なのですから」
「承知している。ともかく、アキト殿、師駒の相手は我らにお任せを」
「ああ。戦闘はシスイとアカネに。フィンデリアの回復能力があれば、まず負けるは心配ない。そしてヴォルフにはネアの居場所を探ってもらおう。居場所に関しては、工作を頼むリーンにも探ってもらう」
リーンは頷くような仕草を見せると、アキトにこう答える。
「私の役目は……白獅子隊に使者としてやってきた黄金隊の者に化ける。そして、こちらに有利な情報を伝える、というわけですね」
「その通りだ。白獅子隊の騎士に、近くの天幕へ捕らえさせてある」
シスイは驚嘆するように言う。
「リーン殿……ますますアキト殿のお考えを察せるようになってきたでござるな」
「旦那様がもう一人いるみたいです」
アカネの声に、リーンは少し慌てて答える。
「まさか! 私はただ、アキト様の今までの決断からそう考えたまでです」
「それを容易くやってのけるのが、すごいのでござる」
感心するように言うシスイ。
アキトも首を縦に振る。
「俺としても助かっているよ、リーン」
「アキト様……」
リーンはアキトの言葉に、黙り込んでしまう。
嬉しい、という感情なのだろうとリーンは自分に言い聞かせる。
「ありがとうございます、アキト様。これからも精進いたします。作戦も必ずや成功させてみせます」
「ああ。 ……だが、今回は敵の師駒もいる。バレそうになれば、すぐに引き返してくるんだ」
「かしこまりました」
リーンは力強い口調で答えた。
「それじゃあ、作戦開始と行こうか。ちょっとした援軍も頼んだしな」
「援軍? 第十七軍団の方々も参加させるので?」
シスイの問いにアキトは首を横に振る。
「いや、マシアス殿にだ。まあ、彼らが何かをするわけじゃないから、気にする必要はない」
「承知いたした!」
──俺は白獅子隊の軍師だけじゃなく、アルシュタートの軍師でもある。
黄金隊とその軍師、そして彼らと近い者たちにはこの西岸北部では好き勝手できないと分からせる必要がある。
喧嘩といえど、負けられない戦い──
アキトは気を引き締めて、ネアの救出へと向かうのだった。
〜〜〜〜〜
エルバッハ村。
エルハーゲンのすぐ東にあるこの村は、帝国騎士団黄金隊に占拠されていた。
「我らは、近いうちに北魔王軍に聖なる戦を挑む!! 君ら名誉ある帝国人には、どうか我らに惜しみない援助をお願いしたい!!」
黄金隊の騎士はそう叫びながら、村を巡回する。
しかし、その傍では他の騎士たちが家や倉庫を荒らし、食料や物品を持ち出していた。
床や天井までも入念に漁り、中には酒類や金品を奪う者もいた。
エルバッハ村の人々は、それを怯えながら見ることしかできない
すでにアンデッドの騒乱のせいで、村人たちは飢えている。体が痩せ衰えている上に武器もなく、百人もいる騎士たちにはとても抵抗できなかったのだ。
一部抵抗する者もいたが、その者たちは騎士から殴る蹴るなどの暴行を受け拘束されてしまっている。
乱暴狼藉の限りを尽くす騎士たち。
しかし彼らの機嫌も良くはなかった。
「ちっ……寂れた村だぜ」
「帝都から遠くなるごとに、旨みがなくなってくるな」
二人の騎士は、麻袋に入った銅貨を見て言った。
当然彼らの金ではなく、村人から無理やり奪い取ったものだ。
やがてその騎士たちは、怯える村人たちに目を向けた。
「なあ、あの女よくね?」
「痩せているが、肌は綺麗だな……よし」
二人の騎士はニヤつきながら、村の女性へと近づいていく。
「おい、そこの女。俺たちについてこい」
「金やるよ」
女性の腕を無理やり掴もうとする騎士たち。
しかし女性は、その騎士の手を払いのけた。
「触らないで、このケダモノ!! お前たちなんか、魔物と一緒よ!!」
「てめえ!!」
騎士は逆上し、女性を殴ろうとする。
しかしそこに、村の老人が慌てて割って入る。
老人は両膝をつき、騎士に懇願した。
「お、お願いです!! 家のものは何を持っていってもいい!! ですが、どうか乱暴はよしてください!!」
「うるせえ、ジジイ!!」
騎士は老人を蹴り飛ばす。
そして無理やり女性を肩に担ぎ、民家のほうへと歩いていく。
女性が抵抗するも、鎧の相手にはとても敵わない。
他の村人たちは、情けなく思うも見ていることしかできなかった。
そしてネアもまた、この惨状に何もできないでいた。
手足を縛られ、口にも縄を噛まされている。
喋ることも動くことも叶わない。
芋虫のように体をくねらせることしかできなかった。
黄金隊のゴルゼンは椅子に座り酒を飲みながら、それを満足そうに眺めていた。
「ははは。あのうるさいネアが、こんなにおとなしくなるなんてなあ」
「っ!! っ!!」
なんとか声を上げようとするネアを見て、ゴルゼンは笑みを浮かべる。
「俺をコケにしたお前は、後でたっぷり可愛がってやる。その前に、お前には仲間がボコボコにされるのを見せてやるよ……」
ゴルゼンはそう言うと酒を飲み干し、近くでテーブルの上に石を広げる男と女に目を向ける。
軍師学校の制服に身を包んだ男と女。
セケムとエルゼだ。
「セケムの兄貴、エルゼの姉貴。お目当ての物は見つかったか?」
「待て、今調べている……エルゼ、見つかったかい?」
「だめ。しかも、どれも宝石としてもイマイチ」
エルゼはつまらそうな顔で答えた。
二人は村から徴発した宝石類を調べていたのだ。師駒石を見つけるために。
しかしセケムは石の中から、くすんだ赤色の石を取り出した。
「お、これは……」
「赤の師駒石!? あっ……」
セケムがその石を磨くが、くすんだまま。
つまりこれは、師魔石だった。
「なーんだ、ゴミじゃん」
「くそ。紛らわしい!」
セケムはそう言うと、師魔石をテーブルから払いのけた。
師魔石が地面を転がる中、一人の騎士の声が響く。
「ゴルゼン隊長! 白獅子隊のもとに行ってまいりました」
「おう。その感じを見ると、上手くいったみたいだな」
ゴルゼンは白獅子隊のもとに使者として行かせた騎士を見て、笑みを浮かべた。
騎士は必死に逃げてきたのか、汗だくだった。
「はい。ほうほうの体で逃げてきましたよ……奴ら、隊長の読み通り、そんな要求は飲めるかと断ってきました。すぐにでも、こちらに乗り込んでくるかと」
「へっ、手に取りやすい奴らだ。まあ、俺が考えたわけじゃないんだが……セケム殿、あんたの読み通り、奴ら来るみたいだぜ」
ゴルゼンの声に、セケムは石を漁りながら答える。
「すでに配置は決めてある。地図の印にしたがって、騎士たちを動かせ。そこに僕の師駒も行かせている。奴らが全員で来ても、村の手前で包囲できるだろう」
「そりゃ頼もしい。しかしセケム殿。敵にも軍師がいるんじゃねえのかね? そこは大丈夫なのか?」
「はっ。いたところで、僕に敵うわけがない。学長の部下の軍師たちは黄金隊と聞けば黙っているだろうし、軍師学校の生徒たちは僕の師駒の数と質を知っている。僕に挑むのは、よっぽどの馬鹿だ」
「なるほど。んじゃあ、大丈夫か」
ゴルゼンはそう答えると、周囲の騎士たちに叫ぶ。
「お前ら、ムカつく正義ヅラした奴らがやってくる!! 迎え撃つぞ!!」
その声に、周囲からはおうと声が上がる。
ゴルゼンと騎士たちが村の外へ向かう中、リーンは周囲を確認していた。
──アキト様の読み通り、包囲が狙いか。
ネアの場所も分かった。あとは皆と合流すればいい。
その場を去ろうとしたリーンだが、セケムとエルゼに近づく者に気がつく。
若い人間の男……漆黒の鎧に身を包んだ青髪の男だ。
しかし、鎧には騎士団の紋章が刻まれていない。
セケムの護衛か、あるいは……
リーンが横目で見ていると、その男はセケムにこう報告した。
「セケム様。ご報告したいことがございます」
「私に答える以外で口を開いていいと誰が言った? ライル」
「申し訳ございません」
「ちっ。能力は高いBランクのくせに、覚えの悪いやつだ。やはり、ちゃんとした人間じゃないからか」
不快そうな顔で言うセケム。
リーンは会話から男がセケムの師駒であることを察する。
名はライル。優秀な師駒のようだ。
しかし、人間でないとはどういう意味だろうか。
気になったリーンだが、セケムはこう続ける。
「で、なんだ?」
「はっ。実は先ほどから、魔物の匂いがしまして」
「魔物?」
セケムはそう言うと、周囲を見渡した。
当然、魔物は見当たらない。
一方のリーンは落ち着いた様子で、セケムたちを横目で見ていた。
まさかヴォルフのように鼻のいい者がいるとは……
だが、ヴォルフほどではない。
明確にどこに魔物がいるかはライルにも分かっていないらしい。
その証拠に、リーンには一切目を向けなかった。
「どこにもいないじゃないか!!」
「はっ。しかし匂いがしたもので」
ライルが頭を下げると、エルゼがこう呟く。
「あの師魔石のせいじゃない? 臭い魔物を召喚するんだから」
「そうだろう……この、雑種が僕の時間を奪いやがって!」
セケムはそう言うと、ライルの顔を殴った。
「いいか!! 今後は二度とくだらないことで僕を邪魔するな!! お前は僕の周りを守っていればいいんだ!!」
「申し訳、ございません」
ライルはすぐに片膝を突いて謝る。
「ああ、もう!! 師駒石も見つからないし、本当にムカつく!! エルゼ、戦いの方を見に行こう」
セケムはそう言うと、ライルを蹴飛ばしそのまま去っていった。
リーンはその様子を黙って見ていた。
自分はアキトのような主人を持てて幸せだったと。
しかし、やがてライルがリーンに目を向ける。
リーンは無表情の顔を静かに背けた。
ライルもすぐに自分の体に視線を落とし、埃を払った。
そしてセケムの後を黙って追っていく。
ライルを横目で見るリーン。
人間はこういう時、可哀想と思うのだろうか……
自分もどこか、ライルを哀れに思ってしまっている。
ライルへの同情を覚えながら、リーンは自分の任務に戻るのだった。




