29話 軍師、囮になる
すっかり日も暮れた頃。
まだ酒場は賑わっていてもいい時間だが、ノルトアルスの市街はしーんと静まり返っていた。最も人が通る大通りでさえ、数人しか歩いていない。
これも行方不明者が多く出ていることが影響しているのだろうと、アキトは察する。
そんな中、アキトはコルベスとその部下たちと市街の大通りを巡回していた。
しかし、アキトは途中の小路に顔を向けて言う。
「俺はあの路を見て回る」
「わかった。何かあったときのために、この笛を」
コルベスは笛を手渡すが、アキトは首を横に振る。
「俺には刀がある。襲われても心配ない」
「そう、か。くれぐれも気を付けてくれよ」
コルベスはそう言うと、部下たちと大通りの巡回に戻っていった。
もちろん、この笛云々のやりとりは演技だ。相手を油断させるための。
さて、乗ってくれるかどうか……
アキトはゆっくりと小路へと入っていく。
──この小路の幅は、人二人が何とかすれ違えるほど。刀を振るうには少し、手狭。襲うにはもってこいの場所だ。
てくてくと歩いていくアキト。
だが、突如後ろから物音が響く。
──来るか……!
刀を抜き振り返るアキト。
だが、そこにはすでに刀を構えるシスイがいた。その向こうには、短刀を振りかぶるフードの者がいる。
そんなシスイに、フードを目深く被った者が短刀を振り下ろした。しかし当然ながら、シスイの刀に防がれてしまう。
あわてて距離を取るフードの者。
「っ!!」
「ふむ。見事にかかったでござるな」
シスイがそう言って近づこうとすると、フードの者は大通りのほうへと走る。
しかしそこにはアカネが待ち構えている。
「逃がしませんよ。おっと」
アカネは、フードの者が振るう短刀を次々と躱していく。
「ううむ。殺してはいけない、殺してはいけない……はあっ!」
アカネは少し手間取ったが、ついにフードの者に刀を振るう。もちろん峰打ちだ。
「ぐはっ!!」
民家の壁に打ち付けられるフードの者。
そこにシスイが縄を持って近寄ろうとする。
だが、フードの者は突如石を掲げた。
石はまばゆい光を発する。
「む? ただの光?」
「いや……やられたか」
アキトは光が収まると、顔を曇らせる。
フードの者はすでに灰となっていた。
シスイも首を傾げる。
「……死んだ?」
「吸血鬼をはじめとするアンデッドは光に弱い。昼に活動できないのは、太陽の光で体が焼けてしまうからだ。この石は、本来吸血鬼を倒すための石だ」
「なるほど、それを自決用に使ったというわけですか。敵ながら天晴」
合掌するシスイだが、アカネは声を荒げる。
「何が天晴ですか! 姉さまがもう少し早く捕縛していれば、逃げられなかったのに! おかげでこれ以上、情報が得られませんよ」
「むむ……すまぬ」
シスイはバツの悪そうな顔をする。
しかしアキトは遺灰を見ながら呟く。
「いや。あの石を取り上げたとしても、二重三重に自決の手段を用意していただろう。それだけ、彼らは組織化されているという証拠。この街にまだいるかは分からないが、必ず他にも仲間がいるだろう」
やがてアキトは遺灰から、長い牙のようなものを取り出す。
「それに、十分情報は得られた。これは、吸血鬼の牙に違いない……それに」
アキトは、ヴォルドを占領していたゴブリンから渡された牙を思い出す。
あれも似たような牙。ヴォルドを訪れた蝙蝠の魔物と関係しているかもしれないとアキトは疑う。
そんな中、リーンはこう言った。
「見覚えがありますね……やはり、彼も魔王軍の手の者でしょうか」
リーンの声にアキトは頷く。
「その可能性は高いな。ともかく、調査を続けよう。こいつがこの街に拠点を作っていた可能性がある。ルーン。悪いがヴォルドまで飛び、ヴォルフを呼び寄せてきてくれ」
「承知しました!」
急ぎヴォルドのほうへ飛んでいくリーン。
そこにコルベスと部下たちがやってくる。
「アキト、物音が──うん? もう、倒したのか!?」
「ああ。やはりというか、吸血鬼の仕業だった」
アキトはそう言って、遺灰から取り出した牙を見せる。
「ってことは、行方不明者は血を吸われて……」
「まだ、希望はある。鼻の良い仲間を今呼び寄せている。やつの速さなら、朝には着くはずだ」
「そうか、助かる……」
「いや、気にするな。それより、まだこの街に仲間が残っている可能性がある。もしいるなら、ここから逃げ出すかもしれない。今日は警備をさらに厳しく頼む」
「分かった。今日で終わらせるつもりでやろう」
そう言ってコルベスはノルトアルスの警備に戻った。
その後、夜明けごろには、リーンがヴォルフを連れてやってきた。
ヴォルフによって吸血鬼の拠点が分かり、捉えられていた行方不明者のうち数人を保護することができた。
その生存者たちによれば、吸血鬼は人間を吸血のためだけでなく、街の情報も聞き出していたのだという。
それを証明するように、拠点には書きかけの報告書が残っていた。あて先は不明。しかし、ノルトアルスで何が起きたかということが記されていた。
またヴォルフは、アキトが疑ったように、ゴブリンの渡した牙と吸血鬼の牙から血以外で似た匂いがすることを報告した。
──ヴォルド、ノルトアルス……もしかしたらノルデンのほうにも彼らは諜報網を張り巡らせているかもしれないな。
結局、敵の情報を全て明るみにはできなかったアキト。だが、ノルトアルスにいた吸血鬼は一体だけということは確かだった。
とりあえずはノルトアルスの安全は確保できた。アキトはそう判断し、一度アルスに帰還してスーレをノルトアルスに連れてくることにした。




