30話 軍師、主君と領地を巡る
ノルトアルスの吸血鬼を倒したアキトは、一度アルスへと帰還した。
スーレにノルトアルスへ来るよう、頼むために。
そんなアキトに対し、スーレは──「行く!」と即答した。一ノ島の領民たちも、アキトとスーレの言うことならと反対することもなかった。
それからアキトたちと共にヴォルドを訪れ、今はもうノルトアルスの直前まで来ている。
アキトはスーレを気遣うように訊ねた。
「スーレ。疲れてないか?」
「ううん! 歩くだけだもん。全然辛くないよ」
スーレは軽い足取りで進みながら答えた。
先頭を進むシスイが呟く。
「さすがでござるな。決断もお早い」
「私たちも驚きましたが、ヴォルドの人たちもすごく驚いてましたね」
アカネもそう答えた。
一方でスーレは少し不満そうに呟く。
「……私だって、アルシュタット以外の街に行きたかったよ。でも、爺や大司教様が許してくれなかった」
「スーレ様の身の安全を考えてのことでしょう。それに、状況としてはアルシュタットが一番まずかったでしょうし」
リーンのその言葉にアキトは頷く。
スーレを一番必要としていたのはアルシュタットだった。最近になって問題が起きたとはいえ、ヴォルドもノルトアルスも比較的上手くやっていたのだから。
「ともかく、ヴォルドの人たちも安心しただろう。スーレのおかげだ」
アキトはスーレをそう称えた。
お世辞でもなんでもない。
実際にヴォルドの人々はスーレを歓迎した。領主が来てくれたという声や、町の解放のきっかけを作ったアキトたちを派遣したことを感謝する声が大きかった。
ヴォルドは、スーレの訪問で一挙に協力的になったのである。
そうしてアキトと町長の話し合いの結果、ヴォルドにはアルスの兵力を少し送られることとなった。第十七軍団の師駒だけでなく、衛兵や元傭兵も一緒。彼らにヴォルドの住民を訓練してもらい、兵士を育成するためだ。
ヴォルド訪問は大成功に終わった。だから、アキトはスーレを褒めた。
しかし、一方のスーレは少し不安そうに呟く。
「確かにヴォルドの人は歓迎してくれたけど……ノルトアルスの人たち、怒ってないかな?」
アキトは首を横に振る。
「大丈夫だ。あの街は、コルベスという男が必死に守ってくれていた。スーレを責める人はいない」
「だといいけど……もし怒っている人がいたら、謝らないと。今まで何もできなくてごめんなさいって」
スーレの言葉に、アキトは息を呑む。
領民に申し訳ないと思う……スーレは本当に領民思いの子だと。
今はまだ、スーレに領地の運営に知識はないかもしれない。しかし、将来はやはり自らも驚くような領主になるはずだと。
そんな中、アキトたちの前にノルトアルスの市街が見えてくる。
先頭を行くシスイは、そんなノルトアルスの光景を見て思わず足を止めた。
「あれは……」
ノルトアルスの城門前には、多くの人々が詰めかけていた。
だけでなく、城壁の上にも溢れんばかりの人々が集まっている。
スーレは驚く。
「なんかあったのかな?」
「いや、これは……あ」
アキトはノルトアルスから馬を走らせてくる者たちに気が付く。
コルベスとその部下たちだ。
彼らはアキトたちの前で颯爽と馬を下りると、スーレの前で片膝を突いた。
「大公閣下……よくぞ、ノルトアルスまでお越しくださいました」
「え、あ。えっと、その」
改まった雰囲気に、スーレは慌てている。どう答えればいいか分からないようだ。
そんなスーレに、コルベスはこう続ける。
「私はコルベス。閣下とは何年も前に何度かお会いしておりますが、ご存じないでしょう。ですが、父リベルトより、閣下のことは手紙を通じていつも聞かされておりました」
「リベルトさんの、子供……」
スーレははっとした表情で言う。
コルベスはリベルトの息子であった。しかしこのノルトアルスの領主として赴任してからは、一度も会っていなかった。
コルベスの忠節はリベルト譲りか……アキトはリベルトのことを思い出していた。
コルベスは俯きながらこう答える。
「……閣下、私は閣下に謝罪しなければなりません。アルシュタットが危機に陥っていたのにもかかわらず、私は何もできなかった。私の故郷であり、スーレ様の父上と母上と過ごした思い出の場所……私は、何も力になれなかったのです。申し訳ございません」
深く頭を下げるコルベス。その顔には後悔の念がにじみ出ていた。
アキトはコルベスの思いを察する。
本来であれば真っ先に駆け付けたかったはず。自分の父もいるのだ。
また彼の言葉からは、スーレの両親とも親交があったことが窺えた。スーレの身も心配だっただろう。
しかし、コルベスはノルトアルスを任されている。
ノルトアルスの人々を守らなければいけないし、自分たちが加勢に行っても数万の軍勢を前にしては焼け石に水。
ここに留まることは苦渋の決断だっただろう──アキトにもその思いが痛いほど伝わってきた。
一方のスーレはそんなコルベスを見て、寂しそうな顔をした。
「あなたたちも辛かったんだね……ごめんなさい。私は、何もできなかった」
「……っ!? なぜ閣下が謝られるのです!? 閣下……」
コルベスは顔を上げてスーレを見ると吃驚した。
スーレが涙を流していたからだ。
「私、もっと頑張る……皆が安心して暮らせるように」
「そんな、閣下はもう十分頑張っておられます! ……うぅ」
ついにコルベスも目に涙を浮かべてしまった。部下たちもだ。
互いに苦境を知っていたが、何もできない。無力感に苛まれていたのだろう。
彼らをもうそんな目には遭わせない──アキトは再会で涙する二人を見て、そう誓うのだった。




