第86話 母親との遭遇
寝息を立てながらぐっすり寝ていると孝也の部屋のドアが静かに開かれた。それでも起きない孝也に近づき布団を剝ぎ取り、体を揺さぶる。
「孝也、ちょっと起きて! あなたに用事があるって言ってすっごいかわいい女の子が来てるの!」
「ふぁッ!? いってぇ~」
気持ちよく寝ていたところを無理矢理起こされ気分が悪かったのだが母さんの声を聞いた瞬間に飛び起きた。そして母と頭をぶつけた。
「そんなに急に起きてなくても大丈夫よ~」
頭を押さえながら笑みを崩さず相変わらずおっとりとした口調で喋る。
「今何時なんだ?」
「えっと……10時過ぎね」
それを聞いた孝也は頭を抱えた。スマホのアラームを設定する前に寝てしまったことを思い出した。まあ起きてから思い出しても意味がないんだが……。
「それじゃリビングで待っててもらってるから早く着替えて降りてくるのよ~」
そう言って母さんは部屋から出て行った。しばらくベッドの上でボーっとしていたが、急いでベッドから降りて寝間着から普段着に着替える。
リビングを通り過ぎ、洗面所で顔を洗い、眠気を洗い流す。
「はあ……。なんでアラームをセットし忘れたんだ俺は……」
洗面器に寄りかかりながら呟く。朝の母さんの様子を見れば明らかに燥いでいるのが分かる。あの様子だと星乃にいろいろ聞き始めているかもしれない。
そう気づいた孝也はタオルを洗濯機に投げ込むと急いでリビングに向かった。
※ ※ ※
星乃は驚いた。インターホンを押して出てきたのだが三河ではなく女性だったから。そして促されるままにリビングに通され、ソファに座っている。
星乃はいまだに状況が飲み込めていない。
女性は少し待ってて、と言って部屋を出て行ってしまったかと思えば嬉しそうに笑いながら戻ってきてキッチンで何か作業をしている。
「紅茶だけどいいかしら?」
「はい、ありがとうございます」
返事をするとティーカップを目の前に置かれる。
三河さんのお母さん? それともお姉さん? ともかく身内であることは間違い無いのでしょうが、なんというのでしょう。三河さんとは雰囲気はあまり似てない気がしますね。柔らかくて優しい感じがします。そして三河さんはどうしたのでしょうか?
雰囲気の違いを感じながらも、友人の家族に会うことが滅多にないので少し緊張をしていた。
ましてや目の前の女性はただ笑顔で、じっと見つめてくるだけで口を開こうとしない。しばらくたっても会話が生まれそうにないことに耐えられなくなった星乃は意を決して会話のボールを相手に投げた。
「あらためてご挨拶を。星乃雫といいます。三河さんにはいつも勉強を教えてもらってます」
ソファから立ち上がり挨拶をすると丁寧にお辞儀をする。
「ご丁寧にありがとうね。私は三河悠那です。孝也のお母さんやってま~す。普段は夫と一緒にアメリカで暮らしてま~す」
両手を振りながら自己紹介をする。実際にちゃんと話すと孝也との性格のギャップにさらに驚くが顔には出さないようにする。
そして一度話を始めてしまうと止まらなかった。さながら堤防が決壊して溢れ出た水のように勢いよく話し始めた。
「それでね雫ちゃん。孝也は学校ではどんな感じなのか教えてほしいの。友達はいるのかしら、いじめられたりとかしてない? 大丈夫かしら。あの子あんまり愛想良くないし……」
悠那からの質問攻めに圧倒されながらも星乃は丁寧に返していた。
彼女は息子が全く学校のことや私生活について何も語らないので孝也のことについて聞きたがっているのだ。そして息子本人からの連絡がないことに少し腹も立てているようだった。
「そう……。孝也は学校でもうまくやっているのね」
「はい。いつも勉強を教えてくれたり優しいですよ」
「それでも少しは私にも連絡してほしいのだけれど……。雫ちゃんもそうは思わない?」
「確かにそうですね……」
悠那の文句に頷く。ただ悠那が頬を膨らませている姿がとても怒っているように見えない。
しかし怒っていたかと思えば孝也の学校での様子を聞いて心の底から安心したように、ホッと息を吐いた。紅茶を一杯飲んで気持ちをリセットすると悠那が神妙な顔つきになった。
「それで雫ちゃんにもうひとつ聞きたいのだけれど、あ、もちろん。知ってたらでいいのよ?」
「はい、なんですか?」
先ほどとは別人に見えるほどの顔つきの変化に星乃もつられリビングには一種の緊張感が走る。一体、何を聞かれるのか少しドキドキする。
「……孝也に彼女はいるのかしら?」
全く予想していなかったことを聞かれ彼女は一瞬思考が停止した。
「あー……、えっと、どうでしょう? まだ三河さんと知り合って数か月なのでそこまでは……」
「そうよね。ごめんなさいね変なこと聞いて」
星乃の困惑した顔を見て悠那はあっさりと引き下がった。
「あ、でも三河さんに好意を寄せている人はいます」
「あら~、そうなの? 楽しみね~」
悠那は嬉しそうに微笑んでいる。ただ何かを察したのかそれ以上深堀しなかった。
目の前にいる少女は無意識だったのだろうがどこか辛そうな顔をしているように見えた。人の表情に敏感な悠那だから気づけたことだろう。
「それじゃあ雫ちゃんはから見て孝也はどうかしら?」
「……え?」
もっと詳しく聞いてくるものだと思ったのだが、表情は変えずに悠那は自分に聞いてきた。だから予想外で思わず聞き返してしまった。
「だから~、雫ちゃんから見て孝也はどうなの? 親の私が言うのもあれだけどあの子無愛想だし友達も少ないし全然自分の子と話してくれないけど根はやさしい子だから。どうかな~って」
「えっと、そのなんて答えればいいんでしょうか……」
またしても困るような質問をされ、目を伏せてどもってしまう。手に持ったマグカップを見つめる。
「母さん。星乃が困ってるだろ」
なんて言おうか悩んでいると聞き慣れた声が聞こえてきた。
第86話を読んでいただきありがとうございます。作者の霊璽です。
GWが終わってました………。
GW期間中に更新しようと思っていたのですが色々予定が入り、少しづつしかかけませんでした。
今回は半分以上が星乃目線です。三河母これからどういうふうに干渉していくのかお楽しみに〜
それではまた次回、お会いしましょう