第69話 テスト返しの直前
家での打ち上げを終えた翌日。
孝也はいつも通りの時間に家を出る。空一面を覆う鈍色の雲は手が届きそうなぐらい近かった。
教室のドアを開け、中に入るとテスト日の朝の煩さが嘘のようにシーンとしていた。テストが終わればいつもの日常に戻り、しばらくは誰も来ない1人だけの世界だ。
それにスマホの天気アプリを見たら8時頃から雨が降る予報になっていた。当たるかどうかはわからないが雨降りに登校するのは億劫なのだ。制服のズボンの裾が濡れたり、水が靴に染み込んでくるのが不快で堪らないので極力、雨は避けて登下校している。
いつも早く来ているがすることはないので、その実とても暇だ。今日はテスト返しがあるがどう足掻いたって6時間しかない授業で9教科は帰ってこない。
そして今日は金曜日だ。東海林との勝負も来週の月曜にならないと結果はわからない。まあ、負けるとはこれっぽっちも思ってないけどな。
天井の穴を数えながら過ごしていた。余程集中していたのだろう。気がつけば周りにはクラスメイトが三分の一ほど来ていた。
制服が少し濡れている人や髪をタオルで拭いている人が何人かいる。窓の外を見れとバケツをひっくり返した、とまではいかないがそれなりの強さで雨が降っていた。
「いやー、傘があってよかった」
「でもはるくんの肩、少し濡れちゃったよ……。ごめんね」
「ううん、大丈夫。気にしないで。はるちゃんが濡れてないなら俺が少し濡れるくらい気にしないよ」
そんな如何にも相思相愛カップルですみたいなやりとりをしながら教室に入ってくる晴翔、遙。1部の彼女がいないグループから妬み嫉みの小さい声が聞こえる。
流石に声には出さなかったが狭量な奴らだと感じた。
「よう! 孝也。今日は待ちに待ったテスト返しだな」
「そうだな。ってなんだよ。やけに機嫌がいいな」
晴翔が満面の笑みを浮かべながら話しかけてきた。いつもなら遙も一緒に来るのだが、珍しく彼女は松原と話していた。
「今日ははるちゃんと相合傘してきたからな。気分はサイコーだ!」
「そうか、そりゃよかったな。その気分がテストの点で下がらなければいいが」
「その心配ならしてない。今回は今までの中で1番自信があるからな」
胸をドンと叩く晴翔。相当に自信があるようだ。確かに今までの晴翔はテスト返しの度に悲嘆と絶望を表したような顔面になっていた。
「まあ今回のお前なら大丈夫だろ、多分」
「多分ってなんだよ! ここは多分はつけないだろ普通。……まあ、孝也もいつも通り余裕そうだな」
「それはそう……」
そうだろ、と返事をしようとした時、後ろから声が聞こえた。
「調子に乗ってられるのも今のうちだろ」
声と言い方からして誰だか想像はついた。晴翔も眉間に皺寄せてあからさまな敵意を見せている。面倒だから振り返りたくもないのだが、振り返らなくても難癖をつけてくるのだろう。
仕方ない、という意味のため息を吐きながら孝也は振り返る。案の定、そこには不適な笑みを見せる東海林が立っていた。
「なんかようか?」
孝也は目の前にいる東海林に訊ねる。
「余裕ぶってるからな。釘を刺しにきたんだ」
「よく、釘を刺すなんて言葉知ってたな」
少し挑発しようと彼の言ったことにあえて感心していると東海林の形相が笑顔から怒りに一瞬で切り替わった。孝也は心の中でちょっと面白いと思ったのは誰も気がついていない。
「馬鹿にするなよ! お前がそのスカした態度でいられるのも今のうちだからな!」
「はいはい。お前が強気でいられるのも今のうちだからな」
「絶対、俺が勝つ! そして星乃は俺がもらう!」
それだけを言い残して彼は仲間のところに帰っていった。
「まあ、なんだ……。頑張れよ」
晴翔が暖かい目を向けながら言ってくる。
「いや、もう頑張ったってどうしようもないだろ。テストは終わってんだし」
「そうじゃないんだけどなぁ。まあ孝也の言う通り結果は見えてるからな、気楽に行こうぜ」
そう言って肩を軽く叩いて晴翔は遙のところへ走っていく。
そして孝也は少し苛立っていた。原因はいまいちわかっていないのだが、東海林の『星乃が俺がもらう』を聞いた時に東海林を後ろから衝動的に殴りそうになってしまった。
強く握りしめてしまった掌は爪の跡がくっきりと残っていた。
第69話目を読んでいただきありがとうございます。作者の霊璽です。
次回で70話目です! イエーい! そして意識せずにテスト返しがぴったりと重なりました!
一話に集約できるかはわかりませんが、いい加減夏休みに入りたいですね〜
現実世界ではもうすぐ10月です。やばいー
時間の速さに震えていますが、それではまた次回、お会いしましょう




