第55話 虚勢と勝負
孝也の怒号で教室は静まりかえっていた。彼の大声を初めて聞いた東海林は孝也の肩は掴んだままだったが、怖気付いたのか一歩後ろに下がった。
「肩、そろそろ離してくれないか?」
声のトーンを下げて東海林を睨む。ガッチリと孝也の肩を掴んでいた東海林の手は少しずつ力が緩んでいった。
「わ、悪かった……」
その一言だけを言って手を離してくれた。
孝也は掴まれていた肩を少し回してほぐすと東海林の目を真っ直ぐ見て問いかける。声色は既にいつも通りに戻っていた。
ただ、孝也の怒声を聞いたクラスメイト達は未だに呆然としていた。
「それで、本題はなんだ?」
「……」
東海林も同様に口を半分ほど開けて間抜け顔を孝也の目の前で晒していた。
一瞬鬱陶しくなって怒鳴ったが、孝也は本気で怒っていた訳ではない。なので頭の中で沸騰した怒りは直ぐに冷却されてまともな思考ができるようになっていた。
しかし、東海林はそうは行かなかった。勝てると見下していた相手に急に反撃されたのだ。少しの間、思考が固まるのも無理はないだろう。東海林からしたらネズミに反撃された猫のような気分だろう。
普段はチャラチャラして女子に格好つけているくせに、今はアホ面のまま固まっている。しばらく待ってみたが一向に動かない。いくら何でも動かな過ぎじゃないか? と不安になってくる。
まさか気絶してるのか、と行き過ぎた妄想までし始めた孝也が東海林の肩を掴んで軽く揺する。
「おーい、本題ははなんだって聞いてるんだ。返事くらいしたらどうだ?」
「う、うるさい! 触るんじゃねえッ!」
孝也の手を勢いよく払い退けて怒鳴ってくる。しかし、最初の頃の勢いの良さを感じられない。孝也には彼が虚勢を張っているようにしか見えなかった。
払われた手を肩の高さくらいまで持ってきて軽く振る。
「痛いなぁ。まあいいや。そろそろ返事してくれてもいいんじゃないか?」
先程クラス中を驚かせるほどの大声を上げたとは思えないほどに孝也の口調はいつも以上にゆったりとしたものになっている。
孝也から訊ねられ、ようやく我に返ったのか東海林もいつもの人を苛立たせるような雰囲気で話してくる。
「この際、お前が星乃さんと空き教室で何をしてようが知ったこっちゃない。いいか! 今後一切星乃さんに近づくな!」
人差し指で孝也を指しながら高らかに宣言する東海林。周りの外野からは東海林の言葉に賛同する声とくだらないと言わんばかりの呆れた声が聞こえてくる。
率先して男子が東海林に賛同の声を上げているのでクラスの大半が彼を支持しているように錯覚してしまう。
しかし孝也はそんなことどうでもよかった。
「はあ、何でお前にそんなこと決められなくちゃいけないんだよ」
東海林からの意味のわからない命令のようなものに呆れてしまう。
納得していない孝也からの言葉に東海林はしばらく頭を悩ませている様子だ。
「なら公平に勝負だ。今度の期末テストの合計点数が高かった方の要求を必ず聞く、どうだ!」
人を待たせておいて出した答えに孝也は少々不服を感じた。
「どうだって言われてもな……俺に何か得はあるのか?」
頭を掻きながら孝也は言う。勝負事が好きではない孝也はイマイチ乗り気ではない。
「そんなこと知るか。得になるようなことを要求すればいいだけだろ」
東海林の吐き捨てるように言われたことで孝也は納得した。
「確かにそうだな」
「それでもちろん勝負するよな?」
本心を言えばこんな面倒なことはしたくないのだが、断ればさらに面倒なことになるだろう。それにテストの合計点で勝ってしまえばいいだけの話なら孝也は充分に勝ち目がある。
「わかった。その勝負、受けよう」
こうして孝也はテストを真面目に受けなくてはいけないことになった。
第55話を読んでいただきありがとうございます。作者の霊璽です。
私は今日から夏休みです! というわけでネタとして溜めていた短編小説も少しずつ書き進めて行こうかと思っています。
そのうち投稿できるように頑張りますので、お楽しみに〜
それではまた次回、お会いしましょう




