第34話 3本のお茶
しばらく歩いていると先ほどまでの勢いはどこに行ったのか松原は黙り込んでいた。並んでいるのに会話は完全になくなっていた。
「いてっ!」
自販機の前に着いたことに気が付かず、自動販売機にぶつかっていた。
「何してんだ? ちゃんと前見ろよ」
孝也は呆れた視線を彼女に向ける。
「えへへ、そうだね。気をつける」
赤くなったおでこを押さえながら照れ笑いをしている。松原はおでこを押さえたまま自動販売機に向き直る。
「孝也くんはどれにする?」
「お茶でいい」
普段からお茶か水しか飲まない孝也にとっては大した選択肢は用意されていなかった。一歩前に出て財布をズボンのポケットから取り出し、お金を入れて購入する。
取り出し口に落ちてきたお茶を拾うと一歩後ろに下がった。松原を見るとまだ悩んでいるようだった。
「どうしようかな……」
いつの間にか額にあった手が顎に移動していた。孝也は冷えたお茶を一口飲みながら待っている。
1人で待たせている星乃の分も買って行った方がいいかもな。そう思い再び自販機の方を見るが彼女が何を好むのか孝也には分からなかった。
松原はまだ悩んでいるようだったので先に買うために自販機に近づき、孝也はお金を入れてボタンを押す。
「あれ? またお茶買ったの?」
取り出し口に手を突っ込んでいると首を傾げて松原が聞いてきた。
「これは待ってる星乃の分だ」
取り出したお茶を見せながら孝也は答える。
「そっか……じゃあ、私もお茶にしよ」
彼女もようやく決めたようで財布のからお金を出していた。両手にお茶を持っていた孝也は空を眺めていた。うっすらと雲が出てきた始めていた。
「んん〜、おいしい〜」
いつの間にかお茶を飲んでいる松原が言った。
「じゃあ、行くぞ」
満足そうにしている松原を見た孝也は声をかけると踵を返して歩き始めた。星乃をいつまでも1人で待せているのは流石に心配だった。
「ちょ、ちょっと待って!」
だが、松原が孝也の腕を掴んで来る。松原の手はお茶によって冷やされていて初夏の今には少し気持ちがよかった。
「なんだ? どうかしたのか?」
振り向いてから問いかけると彼女は急いで手を離した。
「ちょっとだけ、2人で話そ」
後ろで手を組み、笑顔で言ってくる松原。その顔が夕日のせいかそれともただ松原の顔が赤いのか分からなかった。
「わかった。それで何を話すんだ?」
孝也が聞くと松原はいつになく真剣な表情をしている気がした。
「孝也くんはさ、好きな人っている?」
松原からの変な質問に孝也は少し困惑していた。そんなことを聞いて一体何になるのか、理解できなかった。
「いや、いないし出来たこともないが……」
ただひとまず返事はしておいた。
「そうなんだ。ありがとね! ……大丈夫」
松原はお礼を言った後に何か言っていたが孝也にはうまく聞き取れず、内容は分からなかった。
「お、おう」
「それじゃあ、そろそろ戻ろっか」
顔の赤らみが取れ、いつもの笑顔の松原に戻っていた。
「そうだな」
2人は並んで星乃のところへ歩いて行った。
星乃のところへ向かう途中、彼女の姿よりも先に声が聞こえてきた。
「いえ、私は人を待っているので」
「いいじゃん。星乃さん」
星乃と誰かが話しているようだが、彼女の声は相手を拒絶しているように聞こえた。しかしここからではちょうど公園の木々が邪魔で星乃の様子が見えなかった。ただ松原にも声だけは聞こえていたらしく孝也の肩を叩く。
「もしかして星乃さん変な人に絡まれてる?」
「分からない。ここからじゃ姿も見えないし、声だけだと判断できないな」
星乃には悪いがしばらく様子を見るために近くの木陰に入って話を聞くことにした。
「ね、いいでしょ。ほらいこう!」
「痛いです! やめてください!」
隠れながらどうにかして様子を見ようとしていると星乃の叫び声が聞こえる。相手に対して拒絶を表している星乃の叫び声を聞いて孝也は無意識に木陰から飛び出す。
「ちょっと、孝也くん!?」
後ろから松原の焦った声が聞こえるが、孝也には聞こえていなかった。
孝也の目に入った光景には制服姿の男が星乃の腕を掴んでいた。それを彼女はどうにかして振り解こうとしていた。2人はまだ孝也の存在には気づいていない。
そして静かに拳を強く握りしめたままそっと近づく。
「おい、いい加減にしろ」
孝也は男に近づくと肩を掴み、力を入れる。
34話を読んでいただきありがとうございます。作者の霊璽です。
今回のサブタイトルですが特に意味はないです……先に言っておきます。
次回は1人になった星乃さんのところから話を始めますので覚えておいてくださいね〜
ま、忘れてもまた読み返してもらえればいいんですけどね
それではまた次回、お会いしましょう




