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彼女の旅路~Load of memories  作者: きのじ
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第五十話『小さなシルクハット』

第五十話 『小さなシルクハット』


 アルトヘイム…その建国の際にエアリスと共に戦い、未開の地を切り開いた者達。

 彼らはいつからかエアリスと共に旅をし、魔王軍が犇めく大陸西側を旅した。

 強大な魔物の討伐は元より、時には魔物に脅かされた村を助けたエアリスと彼らの救世の物語。

 その中で、彼らは時にエアリスに振り回されながらも、彼女と共にアルトヘイム建国時の7大種族との和平に貢献し、魔王軍にも退かず、勝利を齎した。

 神話にも、彼らの功績は語られるが、どういう訳か、エアリスと共に旅をした者達の名は何処にも刻まれなかった。

 それはまるでエアリスの最期の地が分からぬように、彼らも無名であり続けたかったのかもしれない。

 それでも、その功績は翼を持ち、いつしかアルトヘイムには『ギルド』とは名ばかりの寄合が作られた。

 太陽の如く煌めき万民を照らす『金の翼』―

 そして、今は名こそ変えたが、月のような優しき光で個を救う『銀の翼』…

 今でこそ、エアリス信仰の改宗を名目に『青き風』と名を変えたが、建国当時と変わらず、両冒険者ギルドは、ギルドの名前こそあれ義勇兵のように活動をしている。

 そんな古き歴史あるギルドだが、今では大分様変わりをしている。

 多くの施設が増設され、中央国式のギルドの様式を取り入れたり、お互いに切磋琢磨しいつの間にかにらみ合いをする位には対立もしている。

 ただ、変わらないのは、どちらのギルドにも建国当時からエアリスが受付に大量に置いていた机くらいだろう。

 『金の翼』では、主に領主等から依頼を受けることから、受付にて護衛を待たせる場所として活用し節度を保っている。

 しかし、『青き風』ではただの飲み会の場所となっている。

 今日に冒険者になる者等、膝に傷のあるような荒くれか、命知らず、それしか知らぬ者、頭の悪い者、そして国に召し抱えられなかった不運な『勇者』くらいなものだ。

 そんな者達しか集まらない場所なので当然と場末の飲み屋以下のモラルしかなく、また同族同士の話しというのは下品か、下卑た方向へと流れやすい。

 そんな場所で、育ちが良さそうで、受付としては綺麗だと思われる長身瘦躯の正装の女性が呆れながら、酒の臭いをプンプンとさせている育ちのよくなさそうな、汚らしい服とボロボロの鎧を纏った冒険者に詰め寄られていた。

 受付の女性は呆れながら、冒険者に「本当です。王冠が納品されました」と答えてから、意地わるそうに笑い、

「あなたもやってみますか?」

と嫌味に言うと、育ちの良くなさそうな冒険者は口をポカンと開けてから、しっかりと閉じ、割れんばかりの拍手と共に破顔した。

「マイがやったぞ!すげぇ!あいつ、ゴブリンロードを倒したってよ!」

 彼が嬉しそうに声を上げると、場末のような受付で飲んでいた他の冒険者達もピタリと酒を飲む手を止め、先ほど育ちの良くなさそうな冒険者がしたようにポカンとした。

 そして―洪水になった。

「おいおいマジかよ!あの『低級狩いじめっこ』が、ゴブリンロードを倒したって!?」

 と、別の場所で誰かが馬鹿にするように言うが、その声は嬉しさを隠しきれていない。

「嫁入り前なんだから、あんま危険なことすんなって…まったく!」と呆れる者もいれば、

「ソロじゃないが、新人のバディが中々凄いらしいぜ。」

 と、新人である目立つ赤い髪の…男だか女だかよく分からない冒険者のことを評価する声も挙がってくる。

 誰もがマイの活躍に小躍りするような勢いだが、中には…

「新人ってあの坊主か!?あの坊主は中々のものだぜ!この前、ラージリザード狩りを一緒に行ったが、あの小さな剣でよくやってくれたよ!あいつ…怪我しねぇうちにいい嫁さん見つけなきゃなぁ!」

 なんて、性別が見当違いではあるものの、”彼女”を称える者もいた。

 だが、そんな物は一部であり、取るに足らない。

 ここにいる者達にとって、マイが3週間前に受けた仕事の結果は半信半疑であった。

 それ故に期待していた。

 簡単なゴブリンの小集団の討伐の依頼だった。

 裏を読んでも、10を超える位であろうし、運が悪かったとしてもホブゴブリンと、レッドフードが1匹ずついれば詐欺だと言える程度の仕事だった。

 しかし、蓋を開けてみれば50を超える群れに、さらには複数のホブゴブリン、少数のゴブリンリーダー。それだけでも絶望的と言える内容なのに、ゴブリンメイジのレッドフードと、ゴブリンロードという厄介どころか最悪としか言えないレベルの群れであった。

 これらをたった二人で勝利した…等とホラ話にも程がある。

 報告を聞いた時には誰もがそう思っていた。

 マイと男か女か分からないような新人の帰りが遅く、団長であるシグルドがやきもきしているところに、ボロボロの村人が飛び込んできて救援を求めて来た時は誰もが冷や汗を流した。

 即座に調査隊が向かい、残党の警戒の為に少数ではあるが精鋭の討伐隊が組まれ、村へと急いだが、到着すると二人は村人達と同様にボロボロではありながらも元気そうに笑っていた。

 報告では村人と共に戦い、2割の村人が亡くなってしまったらしいが、それでも明日を掴めた村人達は感謝と共に二人を見送ってくれた。

 ただ、報告の真偽の確認のために調査隊と討伐隊の数名が残ったが、群れの規模が規模だけに戦果の確認が遅れるに遅れ、さらには『金翼』がしゃしゃり出て来て戦果の確認を行うことになった。

 ただ、これは正しくはない。表向きの理由だ。

 本来は『金翼』としては、契約違反の容疑者として村長を取り調べるのが目的だが、それ以上に『青き翼』の団長であるシグルドが依頼内容の虚偽ということで違約金の支払いを村に求めたからだ。

 そして『サンク』の村に到底払える能力はないと踏んでいたのか、シグルドはあろうことか『金の翼』の職務怠慢を原因として、支払いを国に吹っ掛けたことから遅れたというのが正しい。

 結果として『金翼』は職務怠慢は認めなかったものの、支払いと村への謝罪には応じ、『金翼』から正確な報酬が本日届いたことで話題となっていた。 

 国としても今回のイレギュラーな事象については、目をつぶりはするものの『金翼』には小言を漏らしていた。

 ただ、今回、一番の大目玉をくらったのは『調査隊』だ。

 調査隊は受付が預かった依頼の真偽やイレギュラー要素を排除する為に、早馬をある程度揃えた部隊である。だが、それだけでなく依頼の調査の結果、必要があれば初動での対応や、簡単な依頼であれば討伐等もしている。

 この部隊だけは国からも重宝されていることから、別途に国から給金が入る…所謂『青き風』の中ではエリート達の集団なのだが、今回の依頼先が辺鄙なところというのもあり、真面目に調査をしていなかったことが明るみに出た。

 つまりは、今回の一件には調査隊がサボった”ツケ”という見方も出来る。

 勿論、聡明な副団長リリアはそのことを糾弾し、そのエリート達は今、死にたくなるようなきつい訓練と教養を受けている。

 そんなことを知らずか、当のマイと新人は大金を受け取る…というある意味儀式とさえ言える、栄誉を待たずに、今日もまた早朝から、”はした金”の依頼に走っていた。

 冒険者の1人が受付に「どれくらい入ってるんだ?」と伝えると、受付は「ダメですよ~」と諫めながらも届いた報酬金が入っている袋の口を軽く指で開けて覗き、黄色い声を出す。

「すっご!金貨!金貨がいっぱい!」と受付が喜ぶと、それを聞いた冒険者は破顔しながらも、

「ったく、折角カワイイんだから、早くその金で引退しろっての!あの子が引退したら…」

 そこまで言うと、その冒険者は口を真一文字に結んだ。

 どうでもいいかもしれないが、彼は新人時代…ギルドに来たばかりのマイと組んでいた。馴染の深い冒険者ではある。

 『勇者』を毛嫌いしていたが、真摯で優しい彼女に突き動かされた彼は…ただ先輩として彼女を心配はしていた。

 …あくまで体裁上は。

「俺も引退して…マイと…結婚するんだ」

 彼がそう強く言うと、年老いた冒険者がマイの先輩の頭を叩き、

「お前じゃ相手にもされねぇよ。あんな上玉のいい子に相応しいのは…この俺だッ!」

 年老いた冒険者が宣言するが、その顔に水が掛けられる。

「低次元で張り合うんじゃねぇよ。」と顔に傷のある冒険者が二人を罵倒しながら諫めると、顔に傷のある冒険者はそのまま物思い耽るように。

「あの子には普通に生きて欲しいな。こんな死ぬしか救われねぇ場末にいるんじゃなくてよぉ。あの子の料理…本当に温かくて、優しくて、旨いんだよな…」

 そんなのろけにも満たないはずの話題に周りが食いつき、声はどんどんと大きくなり、話題は理路整然とは反対方向へと進んでいく。

「いや、でも、さすが『勇者』だよ。強いのなんのだ。この前、リザードマンの群れに襲われた時に助けられてな!」

 誰かが自慢するように、自慢するべき内容でもないことを。

「ちょい待ちな。あの『出来損ない』と昨日、依頼先で会ったけどよ、あいつ化物みたいに強くなってたぜ!前から強かったが『賞金首』の”はぐれ”のいる群れをたった一人で蹴散らしててな!ま、今回も俺の協力あってこその勝利だったけどな!終わった後に恥ずかしそうに俺にお礼を言ってくれてさ…ああ、思わず回復薬を渡しちまったぜ。あいつ絶対、俺に惚れてんだろ!ん~ちゅきちゅき!はだけた胸元を見ない俺、まじ紳士!ごちそうさま!」

 誰かが何故か自慢するでもないことを嬉しそうに。

「はいはい。貢がされてんだよお前。そうだ、ちょっと前に訓練一緒だったんだけどよ、あいつ凄いよな!」

 呆れながら誰かが、『勇者』であり、頼もしい仲間の称賛を続けていた。

 話題の人物である彼女と訓練を一緒にした冒険者は、思わずといった雰囲気で自分の右手に触れる。

 彼は数日前にマイと定例訓練で相対し、彼女の美しくも強いメイス捌きによって完敗している。

 彼も熟練の冒険者ではあるが、流れるような軌跡から繰り出される、オーガのような一撃。それでけでなく、風のように舞い、どんな一撃も寄せ付けないマイの強さに思い耽っていた。

 そんな彼の様子に相槌をうちながら、若い冒険者が。

「分かる!あれは凄いよな!もうポインポインって跳ねるのがたまんねぇ!」

 …若い冒険者は分かっていなかった。彼は若いのだ。

 彼は未熟な冒険者であり、若さもあり性欲はここにいる誰よりも強い。

 勿論、腕前も未熟なので、マイという若きエースと相対する等と言う機会にも恵まれない。

 しかし、そんな彼でも遠目には彼女を見かけることはある。

 少し幼さとあどけなさは残るものの、成熟し豊満なボディラインを持つ彼女を目で追ってしまうのだろう。

「ちょっ、ま!」と、事の発端の冒険者が慌てたような声を出すが、そんな声すらも今しがた依頼から帰ってきた同僚が遮る。彼は報告すらも忘れて。

「はぁ!?俺、あの子狙ってたのに、引退する気配ねぇのかよ!?ちょっと小柄なロリだけど、あの子、おっぱいでけぇし料理も旨いんだよ!あと、優しくてよ、絶対いい嫁さんになるよな!なんで、冒険者なんかやってんだよぉ~」

 彼が嘆くと、諫めるように鋭い眼光の片目の冒険者が。

「俺は胸もだが、あのヒップとくびれが…たまらん!」

 彼の言葉が余程気に入られないのか、帰ってきたばかりの冒険者が片目の冒険者に詰めより。

「いや、胸だろ!ポインポインがたまらん!」

「いぃや!ヒップだ!こっちはしまりもよいプルンプルンだぞ!」

 どんどんと下卑た話にシフトしていくのだが、無実だったはずの発端の冒険者は少し考えてから。

「俺も…どちらかというと胸だな…」

 その答えに、帰ってきたばかりの冒険者が歓喜の声を上げ、片目の冒険者を馬鹿にするように指さす。片目の冒険者は苦虫を噛みつぶすような表情を浮かべたものの、入口の方向へと視線をやり気を取り直したのか、手を挙げ。

「リリア副団長!不埒者がいます!ここに巨乳の民達がいますよ!粛清を!」

 彼の言葉に、受付とは名ばかりの場末の酒場が凍り付く。

 誰もが恐る恐るといった雰囲気で、受付への出入口へと視線を向けた。

 そこには美しい装飾の鎧に、気品のある盾と剣を携えた女性が立っていた。

 少しくすんだ色ではあるが美しい金色の髪に、細い顎、細くツリ目ではあるものの、濁りのない青い瞳。

 広く一般的には整った顔立ちの麗人ではあるが、その胸元は鎧を普段から着ている所為か、物寂しさすらある…そんな『青き風』の副団長、リリアが立っていた。

 リリアは既に抜剣しており、一歩踏み出すと同時に、

「貴様ら全員粛清してやる!消えてなくれぇぇぇ!」

 彼女の怒号と共に、辺りから悲鳴が生まれる。

 勿論、彼女自身、低能なゴブリンの『ロード』がしたように本気で粛清をしたりはしない。だが、本気の怒りで拳で盾で、剣の横っ腹で文字通り殴り倒し始めた。

 あまりの暴れっぷりに逃げ惑う者や、ゲラゲラと指を差して笑っている顔に蹴りを叩きこまれた者や、副団長を止めようとして投げ飛ばされた者等が量産されていく。

 さらには、先ほどの下卑た胸派か、尻派か、くびれ派かの話が何故か再燃を始め、いつしか受付は受付としての機能を失い、ただの乱闘会場となった。

 そんな様子を眺め、今しがた戻ってきたばかりの赤い髪の冒険者カホと、件の話題の中心人物でリリア副団長にない豊かな胸や、女性らしいヒップとくびれを完備したマイはポカンとしていた。

「ええっと…」とカホが口を開くと同時に、老年の冒険者がカホの肩に腕を掛け。

「おぅ坊主!久しぶりだな!最近頑張ってるな!」

 いきなりのことに、カホも戸惑いを隠せず「え?あはは、はい…お久しぶりです」と答えはしたものの内心では「誰だっけ?」と思いはしている。そしてそれを口には出せない様子であった。

 老年の冒険者はそんなカホにおかまいなしに、酒に酔って思考能力がないままで、さらに話を続ける。

「お前、借金でもあるのか?」

 そう鋭い質問にカホは目線を逸らしはしたものの、弱ったように笑顔で、「…はい」と力なく答えた。

 借金と呼べるレベルの話しではないのだが、実質的には借金なので仕方なく、といった感じだったのかもしれない。

 カホのそんな様子から何かを察したのか、老年の冒険者は剛毅に笑いカホの背中を叩く。

 カホも剛毅な笑いに合わせるように気まずそうに笑顔を返す。

 マイはカホが心配なのか、何かを言おうとしたものの、すぐに酔っぱらっている乱闘の参加者に手を掴まれ「このおっぱいは、いいおっぱいだろ!」と話しの引き合いに出されていた。

 勿論、そのような不埒な言葉を、今言えばどうなるかなんて想像に難くない。

 驚きと恥ずかしさが混ざったマイの隣で、不埒者はリリアの拳を受けて悲鳴と共に吹っ飛んでいった。

 マイはそんな不埒者ではあっても心配なのか「大丈夫ですか!?」と駆け寄っていった。最も、不埒物はとんでもない速度で拳を叩きこまれて、あり得ない位吹っ飛んだので、心配しない方が無理な話ではあるのだが。

 そんな騒がしさに呆れるように老年の冒険者はため息を吐きながら「いつものことだ、気にすんな」とカホに伝えてから、

「まぁ、不思議だったんだよ。マイは…仕方ないとしてもよ、こんな命を捨てるしか金を稼げないようなゴミを捨てる場所に、お前みたいな奴が来たからよ」

 彼はそう言ってから、カホの方へと険しい表情ながら精一杯の笑顔を見せた。その笑顔は何処か悲しげでもあり、それと同時にカホを見る瞳には愛情にも似た色が浮かんでいた。

「アルトヘイムの冒険者が英雄だったのはもっと昔の話だ。今の『ギルド』は歴史を守ろうとしているだけさ。」

 彼の言葉にカホはキョトンとしていた。

 カホは知らない。この世界のことを。

 彼女の知っていることなんて、この世界の一部でしかない。今現在の事すら十分に知らない彼女では、この世界にかつて広がっていた過去の事など想像することすら出来ない。

 老年の冒険者はさらに、「俺は捨て子でね。こういうところでしか生きて行けなかった…だがな。」そう言ってから、暴れまわるリリア達の方へと視線を向ける。

 カホもそちらを向くが、暴れるのを助長したり、これ見よがしとばかりに乱闘に混ざる者、止めようとして殴られてキレて殴り返す者、賢いからこそ退散する者…そんな中に、唯一、慌てた様子で混乱しながらも喧嘩を止めようとマイが走り回っていた。

 だが、それも焼け石に水…という話しではなく点火剤みたいなもので、マイに心配された者が照れて、嫉妬した周りがまた喧嘩を始める…。

 負のループが起こっているようにしか見えないが、誰も彼もが笑顔でお互いを罵り合い、殴り飛ばしている。

 よく耳を澄ませば、既に下卑た胸や尻だの話ではなく、普段の仕事の愚痴を言い合っての喧嘩となっているが、喧噪で内容なんて聞こえはしない。

 それでも、ここに来て例え日が浅い新人のカホでもそれを理解出来る。

 それ程迄のバカ騒ぎだ。

 老年の冒険者は口の端に笑顔を溢し、暴れる同僚達を親指で指し示し。

「こういう、騒がしくて、バカやれるところは嫌いじゃねぇ」

 そう言って、ニカリと笑って見せた。

 そんな彼の表情は老年な見た目とはかけ離れ、少年のような明るいものだった。

「お前みたいな顔がいい奴なら、普通に嫁さん貰って幸せにいきればいいのにな」

 老年の冒険者の言葉に、カホは聞きなれていないのか一瞬目線を逸らすが、すぐに『嫁さんを貰って』という言葉に気付き、老年の冒険者をジトリと見つめ。

「あの~」と抗議の言葉を言おうとする。

 そんな彼女の繊細な所に気付かない様子で、老年の冒険者は男の後輩を元気付けるように。

「今度さ、村の馬車の護衛をするんだが、どうだ?何もなければお前が3…いや、4だ!これで受けてくれないか?マイは天才だからな。俺が凡人の戦い方を教えてやる」

 彼の言葉には、悪気はないのは誰だって分かる。

 そして、それと同時にカホの力を認めているからこそのお誘いというものだった、

 その言葉でカホは繊細な部分を傷つけられたものの、笑顔を溢す。彼女には分かったのだろう。ここの人の質というものが。

 マイと依頼を受け、出立する時に掛けられた言葉は確かに汚いものだった。

 相手が女性という配慮がなく、おおよそカホが生きてきた世界ではありえないものだった。

 だが、彼らにはきっとそれしか知らないのだ。死と隣り合わせで、死しても誰も自分の名を語ることはない仕事だ。それでも今世に惜しみはする。

 擦り切れた精神でも、仲間を悪態を付きながらでも大切にする。

 そういった彼らだ。

 だから、男性も女性も関係ない。

 どうしようもないくらいに形が歪な、男女平等でしかない。

 それでも…。

―口は悪いが、悪い人達じゃない

 そう答えを得るには十分だった。

 カホは笑顔を見せながら、「喜んで!ご指導ご鞭撻宜しくお願いします!」とかしこまった口調で言うと、老年の冒険者は驚いた表情をした。

 そのまま、カホの肩を抱きながら自分の方へ寄せ「任せな。俺が守ってやるよ。」彼はそう言ってから、カホの瞳に見つめられていることに気付きバツが悪そうに頬を掻く。

 少しというには短い時間だが、彼は何を思ったのか、掌を天井へと向け、中指と人差し指をだけを立てて見せると、第一関節の部分だけを何度か曲げる。

 カホは不思議そうにその指を動きを見つめていたが、

「へへ!気に入っちまった!色々教えてやるよ!女の喜ばし方もな!」

 彼の言葉にカホはキョトンとしていたものの、すぐにその指の動きに想像がついてしまったようだった。

 彼女自身慌てて、目線を逸らしたことから、経験はないのだろうが、「私…女です…」と何とか答える。

 一瞬だが、受付が静かになった。

 キョトンとした瞳でカホを見つめていたのはマイとリリアだけだった。

 老年の冒険者は言葉を失い、まるで殴ってくれ…とでも言わんばかりにリリアに視線を送るがリリアも事に気付き目線を逸らしながら近くにいた無実な不埒者の頬を殴りつけていた。

 老年の冒険者はしどろもどろになりながらも必至な様子で。

「お…男の喜ばし方を、な!え、っと!あれだ!舌とか!口とか…えーと」

「それ…女性に言うのどうかと思いますよ…」

「違う、違う…ぼぅ…じょ、嬢ちゃん!そういう時はこう言うんだ…きめぇ、って!そう言ってくれ!頼む!俺を変態にしないでくれ!」

 カホの指摘に、しどろもどろになる老年の冒険者。

 彼は決して女性慣れしていないということはない。『青き風』には少ないとは言え、女性の冒険者もいる。共に日銭稼ぎに依頼を受けることもある。

 しかし、彼女達は総じて女性らしさを残している。

 カホより身長も高く、筋肉が隆々の女性もいれば、横に広く胸と腹の違いが分からないものも、剛毅過ぎて男だろうと女だろうと交えて酒を交わす者もいる。

 それでも、彼女達は女性らしさというものがある。

 恥ずかしがるだとか、そういう些末な仕草ではなく、本質的には女性というものがある。

 しかし、カホにはそれが微塵も感じられない、と表現するしかない。

 起伏やどうのこうのの話しではなく、カホにはおおよそ女性らしさがない。

「失礼ですね!女らしさがないなんて分かってます!」

 カホが自棄を起こしたように声を上げると、鬼の副団長リリアですら視線を逸らした。

 老年の冒険者はまるで孫でも見るかのようにカホの頭を撫で。

「そうだな。まぁ、坊主なら例え脱いでても俺はなんとも思わねぇから、安心しろ!」

「どういうことですか!?」

 カホの悲鳴にも抗議にも似た声が響くが、受付は既に元の喧噪を取り戻しており、相変わらず祝福とも不埒とも判別の付かない声が挙がっている。

 そんな中を30代後半の筋骨隆々の男…このギルド長であるシグルドが歩いてくる。

 彼がここに来たのは、マイが帰ってきたという報を受けたからだ。

 ギルド長自らが受付に来て、目を掛けているとは言え、一回の冒険者の為に出向いたのはアルトヘイムと、『金の翼』から『ゴブリンロード』討伐の確認が正式に認められ、報酬の支払い許可が出たからだ。

 何かとものぐさな彼だが、呼びつけるのが面倒なのと、祭り好きな性格なので賑やわせの為に、受付でそのまま渡そう…そう考えた結果というのは真実ではる。だが、まだ他にもある。

 シグルドは外からでも分かる喧噪だったものの、中に入るとさすがの彼でもポカンとした。

 喧嘩や悪態は日常茶飯事なのだがそれにしたって今日は酷い。

 ところどころでグラスが割れ、酒がこぼれ、怒号と悲鳴…そして…

「…おいおい、なんでリリアが暴れてんだ?」

 と彼が信頼する副団長がまさに千切っては投げ千切っては投げをしている姿に、それ以上の言葉を失っていた。

 当の副団長はというと、楽しくなって来たのか「貴様ら!最近たるんでいる!ここで性根を叩きなおしてやる!」と目的が既に変わっているのは誰の目にも明らかであった。

 そんな中でワタワタと走り回り、倒れた冒険者達を介抱するマイの姿をシグルドは見つけた。

「お、マイ!元気そうだな」

「あ、団長!」と答えながらもマイは倒れた冒険者を椅子へと座らせてからシグルドの方へと駆け寄る。

 いつもの様子のマイにシグルドはホッとしながらも、平静を保ちながら、

「お疲れ、ゴブリンロードの討伐完了だな。」

 そう伝えながら、持ってきていたであろう証書をマイへと差し出す。

 証書には簡単に、今回の討伐を認め、受け取るべき金額が記載されている。特筆すべき点は『金の翼』の団長の署名入りというところだろう。

 今回、動く金額が金額なだけにということか、それとも、『金の翼』があくまで上位組織であり、アルトヘイムからではないという当て付けかは察することは出来ないが。

 マイは証書を受け取りながら、チラリとカホの方へと視線を向ける。

 奥ゆかしいところがあるマイが謙遜もせず受け取るのは、この数日でカホには多額の借金があると分かったからだ。

 なので、大金が入るのなら、少しでもカホが楽になるのではないか…というのが分かるのは、この場ではシグルドしかいない。

 事情を分かっているはずのリリアは大暴れ中で気付いていないであろう。

「あはは…カホさんのおかげです」と受け取りながら、困ったような笑顔を浮かべる。

 その姿にシグルドは笑みを溢す。

 金にどん欲、というのは浅ましい等と言う者もいるが、明日死ぬかもしれない冒険者にとっては貪欲でいることが命を繋ぐ秘訣でもある。

 意地汚いくらいが丁度いい。それ程までの底辺が冒険者だ。

 そうまでして生き残り、浪漫を求める。それが冒険者という生き物の生き方だ。

「お前も成長したよな。」とシグルドが言葉を溢すと、マイは思わずといった感じで、声を漏らし、シグルドを見上げた。

 マイがこの場所へ来た時、彼女は熟練の冒険者だった男『岩蜥蜴』に連れられて来た。

 マイは『勇者』であったこともあり、世間知らずで、お人よし、だ。

 ゴブリンに襲われていた村を助ける為に奔走し、傷付き、報酬も支払われないまま、意地汚い冒険者が勝手にやったことと言われ、村から追い出された。

 行く当てもなくマイが街道をトボトボと歩いていたところを『岩蜥蜴』が見つけ、彼女に手当と何処から仕入れた情報かは分からないが、マイが守った村がゴブリンの討伐依頼を『青き風』へ出していたことを嗅ぎつけ、報酬を受け取らせる為にここに連れてきた。

 結果的に村は違約金を払うこととなり、『青き風』は期待のホープを手に入れることとなった。

 入団当初は怖がりな性格もあり、ウェンディ・葵・ヴァーリという、変わった名前の道具屋の娘からの採集の護衛くらいしか引き受けていなかった。

 しかし、日に日に、彼女の奥底にある誰かを助けたいと思いからか、それとも月下の下で戦う勇者を見てからか、村からの討伐任務を受け始め…先日とうとう彼女自身の実力にあった仕事をやり遂げた。

 いや、彼女をずっと見守っていたシグルドが思う以上の仕事をやってのけた。

 マイはシグルドの瞳を少しの間覗いていたが、すぐに微笑みを浮かべると、悪戯っぽく笑った。

「ふふ、そうなんですよ。胸がまた大きくなっちゃって」

 そう言いながら、不埒者の話題に答えるように自分の豊満な胸を腕で包み、何度が揺するように上下へ動かす。

 そんな彼女にシグルドは呆れながらも、頼もしくなった部下に、「いや、そういう意味じゃねぇよ…」と答えると、それが分かっていたかのように。

「分かってますよ」とマイが満面の笑顔を浮かべた。

 一皮むけた、とはこのことだろう。

 そう思ったのは、まさに見守ってきたシグルドだ。

 シグルドは圧倒されまいと笑みを溢しながら、呆れるような素振りを見せる。

「ったく、そういうのも含めて…お前も、もう一人前だな。これからも頑張れよ!」

 そう言いながら、彼はもう一つここまで証書を渡しに来た理由である、『マイに自信を付けさせる為』が既に必要ないことを確信していた。

 大勢の前でこれ見よがしに見せつける…という必要は既に今のマイには必要なかった。

 マイはしっかりとお辞儀をすると、

「団長のおかげです。本当にありがとうございます」

 柔らかでありながらしっかりとした言葉にシグルドは笑みすら溢していた。

「バーカ…お前の努力の賜物だ。」と悪態をつきながらマイへ返すと、マイも彼からの信頼をしっかりと理解しながら、またもや悪戯っぽく笑い。

「…もしかして口説いてます?リリア副団長に言い付けますよ?」

 彼女の答えにシグルドは驚いてた。また、何人かの冒険者達も驚いていた。

 一般的にだが、マイの印象は内気で品行方正で真面目…というのが周りの評価だった。

 悪態をつくや、そんな挑発でもするかのような言い方をするなどと誰も思っていなかった。

 そして、そんな物言いは今までシグルドやリリアのような信頼する者の前でしか見せていなかった。

 シグルドは勿論、分かっている。

 笑いながらマイの頭を軽く叩くように撫で。

「なわけねぇだろ…クソガキが…胸だけじゃなく、態度までデカくなってんじゃねぇぞ。胸に栄養吸われて、脳みそスッカスッカになって馬鹿になっちまったか?」

 シグルドの物言いに、マイは笑顔で応える。

 冒険者というのは不器用な生き物だ。

 冒険をしたい、まだ見ぬものを見たい。まだ行ったことのない場所へ行きたい。

 その代償が腕であれ、足であれ自分の命であれ。

 行きついた先に手に入れた物が、喪失や後悔であろうが、それでも前へと進もうとするのが冒険者だ。

 それを経済的に器用に振る舞える為の『ギルド』であっても、存外その職業の本質というものは変わらない。

 何かに焦がれるようにしか生きられない、根無し草を好む、貧乏人の最底辺の愚か者たち。

 だからこそ、彼らは理解等されない。

 命しか懸ける者が無いから、ぶっきらぼうで、憎まれ口ばかり叩く。どんなことにも、知らないから、馬鹿だから、素直なことしか出来ない。

 それでも集まれば、同じ価値観の者達はお互いの心と機微を知る。

 憎まれ口の中に、お互いの信頼と大切だという言葉を交えてしまう。

 マイは手を挙げながら、茶化すように大声で。

「リリア副団長!団長が、私の胸をいじります~!」

 マイの言葉にシグルドは目を剥くが、それはもう遅い。

 リリアが鬼神の如くギョロリとシグルドを睨んだかと思うと、殆ど本能的にシグルドの方へと駆け出した。

「シグ…覚悟はいいか?私は出来てる…!死に晒せぇ!」

 シグルドは慌てて身を翻し、

「…ちょ、待て!てめぇ、マイ!こんの、覚えてやがれ!」

 始めの方はリリアへの言い訳を。後半はマイへ三下のような捨て台詞を。

 そんな、いつもの二人を『夫婦漫才』等と周りは囃し立てたり、受付は拗ねたように頬を膨らませシグルドの背中を見送る。

 未だに喧嘩は止まらないが、殴り合いはいつの間にか終わっていた。

 口喧嘩をしている冒険者の間に、ただ飲みたいだけの酔っ払いが酒の入ったグラスを掲げ仲裁という名の飲み仲間を求め。

 どさくさに紛れて次の依頼の仲間を探す者。

 脈はないと分かっていながら受付を口説くもの。

 どさくさにマイの尻を触り、びっくりしたマイに蹴飛ばされた者。

 誰もが、勝手で身勝手で好き勝手…賢ければ、冒険者になんてなりはしない。

 命を張るにしても魔王軍との戦争へ志願し、今は暇なバルド砦の防衛にでも参加した方がよっぽど懸命だ。そっちの方が命を失う可能性は低く、給金もいい。

 だが、それが分かっても、この職とも言えない、無職のような仕事へしがみつくものもいる。

 自分の人生を懸けてでも、無駄になってでも、自分らしく―好きなように生きて、好きなように死にたい―

 そんな愚か者の集まりが、ここだ。

 誰にも束縛されない生き方を好む。

 下等で下賤な職場は、場末の酒場以下の様相を呈している。

 それでも、そんな場所をシルクハットを被った燕尾服の男は笑顔を溢し、屋根の上から楽しそうに眺めていた。

「蟲以下だな。下等生物共めが」

 とご機嫌な様子で人間を見下ろしていた。

 しかし、とある少女へは慈愛にも似た視線を送った。

 受付の中なのに、躓いて転びながらも、立ち上がり、隣の者へと手を貸したり、時には口を尖らせ叱責しながらも笑顔で話す少女。

 彼女の姿は、まるで何度踏まれても、折れずに天を仰ぐ気高き花のようだった。

 彼にとっての、お気に入りの『勇者』―

 それは、泥まみれの少女―である『出来損ないの勇者』。

 彼女…石原舞いしはらまいに、彼は、

「私は存外、君が気に入ってるんだよ―」

 そう伝わらない言葉を掛け、シルクハットを脱ぎ、空に放る。


 マイが受付でセクハラを受けながらも、友人であり相棒のカホと喧噪の中揉まれていると、彼女の顔に黒い何かがぶつかった。

「わ!」とマイが思わず声をあげ、ぶつかった物に手で触れると、それはフェルトのような柔らかな物だと気付いた。

 ぶつかった物は自然と彼女の頭へと乗ったようで、マイが手に取り、顔の前へと持っていく。

 それは小さなシルクハットだった。

 彼女にとってそれは、見覚えはあるものの、彼女の知っているそれとは違う。

 何処からか飛んできたシルクハットは、掌に乗るサイズであり、おしゃれなリボンが巻いてある。

 マイはふと受付の建物の外を見上げる。

 そこには青空と、誰かがいるはずもない建物の屋根が見えるだけだった。

 それでも何かを感じたのか、マイは笑顔を溢し、飛んできたシルクハットを、ボンで結び頭にのせる。

「似合いますか?」

 彼女の言葉に答えるものは、隣にいたカホと、受付の建物内にいた数人だけだった。

 それでも、彼女にそれを送った”何か”も頷いて応えていたような気がした。

 『出来損ない』が大きな一歩を踏み出した…その姿をきっと、彼女を愛する”何か”も見守っていた。

 やっとマイ編終わりです。苦労しました。

 全体的に短いのに、今回はダークさや、冒険者以外の犠牲を出して理不尽な世界観を表現したかったのもありました。

 また今回のメインキャラであるマイが『容姿があどけなさが残る以外は完璧』、『何でも出来る万能キャラ』、『空回りするが、優しくいざという時はやる先輩』という面倒くさい上に書き難い立ち位置で、さらに”中途半端に強いが、中途半端に弱い”という意味不明な設定の所為で本当に書き難くて大変でした…。

 おかげで、プロットの時点でも、マイの戦闘能力の微妙さ加減もあり、置物の予定のカホが意味不明なまでに強くなってしまったりしてしまい、何度書き直したことか…。

 正直、整合性が無さ過ぎて、諦めて副団長のリリアか、レオニードか、『岩蜥蜴』を無理矢理召喚して無理矢理活躍させて、さっさとこのストーリーを終わらせてしまおうか、とも考えていました。

 マイ編は都合4話ありますが、一番書いてて楽しかったのが、この最後の話というのは…やっぱり男臭くて、泥臭いからですかね?

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