表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女の旅路~Load of memories  作者: きのじ
52/73

第四十九話『マイ 下編』

『マイ 下編』

 

 私…出来損ないの勇者、石原舞いしはらまいはただの高校生だった。

 それが今や、武器を手に、流血と痛みの中の血だまりをただ見つめている。

 『サンク』の村の依頼…悪質過ぎる過小評価の依頼…

 それでも、この村の人達を助けたい…それだけを思って引き受けた。

 ただ、それでも辛い。辛すぎる。

 戦いが始まって1時間は過ぎた…私は息をせき切らしていた。 

 手に持つメイスが重く感じる。足が震える。

 避け損ねて受けた投石の傷が痛んで、熱を持っている。

 それでも、何とか押し返した。

 ホブのゴブリンを4体…ゴブリンは10以上…それだけは間違いなく倒したのに、撤退していくゴブリンの背中には歯噛みすらしてしまった。

 開幕の投石を弾き返した一撃でどれくらい倒せたかは分からないけれど…多分、5匹は倒せたはず。

 村の人達が協力して倒したのは10匹を行くかどうか…それもカホちゃんの奮戦があったからこその成果。

 カホちゃんが突撃し後衛の…遠距離攻撃部隊を撃破してくれたから、被害は比較的少なく済んだ。

 それでも…

「おい!目を開けろよ爺!」

「畜生!う、腕が!血が…血が止まらねぇ!」

「あたし…死んじまうのか…」

 …それでも…守り切れなかった。

 村の中には倒れ伏す村人がところどころに見られ、大地は赤く染まっている。

 敵からの返り血だけでなく、こちらの流した血も多い。

 せめて…あと二人、『冒険者ギルド』の冒険者がいれば…この結果は変えられたと思うと…その差を埋められない自分の無力さが悔しい。そして恨めしい。

 するべきことは…いくつかある。

 倒れ伏す老人に近づき、その手を取る。

 まだ温かいけれど、既に血が流れていない…。

 息を整えながら、倒れ伏す老人の腕を胸の前へと持っていき、形だけでも祈りの姿勢を取る。

 私の形だけの祈りで、さっきまで彼を揺り起こそうとしていた男性が力なく項垂れる。

「じ、爺…」

 彼はそのまま、既に息絶えた老人の胸に顔をうずめ、

「父さん…おい、嘘だろ…なぁ、起きろよ!いつもみたいに、死んだふりだろ!なぁ、娘が…あんたの孫が今度、誕生日だって…言ってたろ…父さん…父さん!」

 彼の嗚咽を聞くだけで、胸が痛む。

 意識が遠のく…全てを捨てて、私も泣き崩れたい。でも、そうすることなんて出来ない。

 最善だと私達は思っている…それでも、守るべき命を守れなかった…。

 その罪から逃げちゃいけない。この痛みから逃げちゃいけない。

 学校で習っただけだから…よく覚えていないけれど、助けるべき命に優先順位をつけないといけない。

 疲弊した私では、『奇跡』は使えて1、2回。出来ても数回。

 それだけしか傷を癒せない。救えない…。

 本当は全力で、気絶するまで『奇跡』を使いたいけれど、そうすれば…この後の戦いを制することは出来ないと思う。

 非情にならないと…今は…私とカホちゃんだけが、この村にとっての希望なんだ。

 少し前までは考えられないことだけど、今は現実だと受け入れるしかない。

 深呼吸をし、周りを見渡す。しなきゃいけないことを整理し、口を開く。

 …声が出ない。

 選別をしないと…いけない。何という名前だったか思い出せない。

 トリアエズだったか…トリアエルだ、とか…そう、トリアージをしないといけない。

―見捨てる人…殺す人を選ばなきゃいけない…

 言葉が重くのしかかり、その重圧に胃が逆流する。

「…うっ!」

 痛みと共にえづいてしまう。胃の中身が出ることはなかったけれど、その代わりか咳き込んでしまう。酸っぱさが口の中に広がり、それに混じって鉄の味が口の中を満たしていく。

 体が震える。視点が定まらない。周りの声が聞こえない。

 何をすればいいの?

 誰か…教えて欲しい。

 誰か…代わりに…

 逃げたい…ただ、その感情だけが私を押しつぶしてくる。

 ここで蹲れば…きっと、私を見限ってくれる。そうすれば、誰かを殺すことなんて、私に任せない。誰かが…何もせず見殺しにしてくれる。

 …だって、私はただの高校生なんだよ!

 そんなの出来る訳がない!

 誰か…誰か助けて!

 感情が吹き出し、また胃の中から逆流する不快感が喉まで昇ってくる。

 何とか飲み込み…震える唇を開ける。

 息が荒れる…でも…

「自力で歩ける人は篝火の方へ!こちらに来てください!負傷者には肩を貸して…納屋の方へ!」

 言い切った後に胸を押さえる。

 心臓の鼓動が激しい。動悸が激しい。まだ視界はぼやけているけれど…それでも私の体は正直だった。

 震える足でもしっかり立っている。

 震える手でも…メイスをしっかりと握っている。

 しっかりと深呼吸をし、ぼやける視界を見つめる。私の声に反応して、村人達は移動を始めていた。

 肩を貸して歩いている人が数人いる。

 二人で肩を貸している人も数人いる。亡くなっているであろう、あの老人もそうだった。

 見えていない視界でも、私は必至に胸を鼓動を抑えながら、

「怪我人は一度、私が見ます…。動ける方は2つの班を作って下さい…」

 私はそうとだけ言ってから、暗闇よりは多少マシなぼやける視界の中を歩き始める。

 歩き出すと同時に足をもつれさせてしまい、慌てて掴んだ何かによって、手に痛みが走った。

 その痛みで正気に戻り、慌てて何を触れてしまったのかを見ると、それは篝火であった。

 痛みと恐怖を堪え、明瞭となった視界の先で赤く水ぶくれが出来てしまった手をしっかりと見据える。

 痛い…と泣きたい。助けて…と請いたい。

 それらを押し殺し、涙を堪えてでも、私は前を向く。悲鳴もあげていられない。

 村人達が患者を納屋へと運んでいる間に、私は腰のポシェットから低級回復薬の入った瓶を取り出し、その中に指を浸ける。本当はこんなことに使いたくはないけれど、出来る限りの準備はしておきたい。

 私を不安に駆り立たせるのは、さっきのゴブリンの軍勢。その数が多すぎるから…。

 斥侯が6…その後に主力が来るだろうとは思っていたけれど、多分違う。

 20以上倒したけれど、リーダーが少なすぎる。ましてやホブのゴブリンが多すぎた。

 ホブのゴブリンは戦闘能力は高いけれど、例えるのならお山の大将。

 ゴブリンの渡り…つまり人間いうなら、武芸者といった立場なので、小集団は率いることはあっても、その集団の統率能力は低く、数も少なくなる傾向がある。

 つまり…大規模な群れを率いることが出来るだけの統率力を持った『キング』か、最悪『キング』よりも凶悪な『ロード』がいる。

 考えるだけで、焦りが生まれる。

 それでも現実は待ってはくれない。納屋の方に行くと、死屍累々とはまでは言わないけれど、酷い惨状だった。

 既に動かなくなったであろうご遺体に縋りつくもの。

 重症で身動きがとれないもの。

 体の一部を欠損したもの…

 さっきの集団の攻撃でこの村の人員の1割は死に瀕している。

 重傷者と合わせて言うなら半数…。

 つまり…さっきの苦しい戦いで使えた頭数の半数以下しか、こちらにはもう戦える人はない。

 絶望…なんて、言っていいのなら、言っていると思う。

 胸を掻きむしっていいのなら、苦しみから目を背けていいのなら、逃げ出していいのなら…例え自害しても構わない、そう思える。

 それでも、私は前を向かなければいけない。胃の中身を吐き出したくても、必至に何度も飲み込んで、口の中が血だか胃液だか分からない腐った卵のような味と臭いがしても、下は向かない。

 向いてもそこにあるのは、私の水ぶくれた手だけ…。

 意を決して、私は低級回復薬を村の人達に見えるように手にふりかける!

 パシャパシャと水の音が床を濡らし、その音に村の人達が目を剥いて私を見ていた。

「回復の『奇跡』が出来て数回、回復薬は低級ですが、数個持ち合わせはあります。」

 その言葉に顔色を明るくするものと、歯噛みをする者で別れていく。

 理由なんて簡単。

 現実を受け止めている人と、逃げようとする人―。

 この回復薬と『奇跡』をどうするか、その答えは簡単だから。

 私は納屋で休んでいるカホちゃんの元へと行き、しゃがみ込む。

 カホちゃんは目を丸くしていた。だけど、私の意図を読んでくれたのか、静かに頷き私が回復薬を差し出すと、静かに受け取った。

 カホちゃんは回復薬を受け取ると立ち上がり、それを腰のポシェットの中へと入れる。それに咎めるような声を振り絞ろうとする人達もいたけど、結局それらは言葉にならなかった。

「次の襲撃で討って出ます」

 私がそう告げると、カホちゃんはゆっくりと頷き、剣に手を添えた。

 今、この場で命を握っているのが誰なのか、それを明確にする…そうしないと、私達はきっと数の暴力で無駄死にをする。

 ゴブリン達が攻めてこなければそれでいい。だけど、多分またやってくる。

 私達二人は、村が攻撃を受けている間に…村人を囮にし、相手の本陣を強襲し、相手の群れを崩す。

 今ある勝ち筋はもうこれしかない。

 その為にも、相手の本陣から戦力を割かなければ私達だけでは到達することすら難しい。

 それを分からせる…。その為に、私達は『希望』であり、『恐怖』にならなければならない。

 カホちゃんが不意に私の手を握る。

 意図が分からず、その表情を見ると、カホちゃんは困ったような泣きそうな笑顔を見せていた。

「マイさん―私も頑張るから」

 その一言を聞いて、カホちゃんが私の額の付近を見ていることに気付いた。

 自分の額に触れると、自分でも分かるくらい皺が寄っていた。

 鏡がないから分からないけれど、きっと私は今…酷い表情をしているんだと思う。

 眉間によった皺を手でほぐし、カホさんに握られた手に、私のもう一方の手を重ね、

「絶対、勝とう。生きて…帰ろう」

 私の決意を示すと、カホちゃんもゆっくりと頷いた。

 それだけで、私の足の震えが消えていくのが分かる。

 非情で、誰にも理解されない…それでも、私にはカホちゃんがいる。

 そう思えるだけで、弱い私の心が奮い立たされる。

 私は踵を返し、村の中央の方を向き、

「編成は終わりましたか?片方は休憩、もう一個班は警戒を厳に!休憩の班は今のうちに食事と、警戒班にも食事を届けて下さい!怪我人の手当は私が重傷者と認めた人から行って下さい!軽傷の人で自分で手当が可能な方は言ってください!」

 私は下知を飛ばし続ける。

 言いながら、何度も言葉に詰まった。

 緊張で喉がカラカラで、息の継ぎ方を忘れて、声にならない空気の漏れる音が何度が出たけれど、それでも私は声を出し続ける。

 一刻の猶予もない。

 これは、ただの『一時の夢の勇者の物語』―

 『英雄』なんてどこにもいない。『勇者』なんてどこにも存在しない。

 嘘付で偽物の『勇者』が、周りを騙し、気持ちよくなる為だけに、周りを縋りつかせる嘘を突き続ける。

 偽物は虚勢を貼って、ありもしない『魔王』を相手に『勇者』を演じる…

 私はただの出来損ないの『ドン・キホーテ(存在しない勇者)』。

 それでも…と、私は心の中で唱え続ける。

 彼…『ドン・キホーテ』は、妄想の中で姫を愛し続けた。

 その一途な気持ちと同じように…私の中では…

「マイさん!手の空いている人…というか、女性達に柵の修理とか任せられないかな?」

 空振りな思想でも、真っ直ぐに私に言ってくれる。

 優しい太陽の光…『カホ』さんの為なら、彼女を守る為なら、私はまだ戦える。

「護衛が必要ですよ。柵は見張りの班に任せましょう」

「…でも、さっきまで戦ってたから…。休ませて貰ってたし私が護衛をするよ!」

 私の言葉に食い下がって来るけれど、それもきったカホちゃんが優しいからだと思う。

 彼女がいなければ、私がとうに見捨てていた村人達を、それでも、と守ろうとしている。

 冷たい言葉を言わなければ、そう思って口を開こうとしたけれど、私の口が動ない。

 どうして?

 そう思っている内に、私の手の震えに気付いた。

―悔しい。

 そう思った。

 自分自身の思いを嘘で塗り固めていた。

 見捨ててなんてない…。私もカホちゃんみたいに、この村の人達を守りたい。

 偽物でも、出来損ないでも…私はきっと『勇者』なんだ。

 胸の鼓動が聞こえる。血液が耳を打つのが分かる。

 私を照らす光が見える!

 まだ―。

 まだまだ…。

 私は戦える…。私はまだ、戦える!

 心の中で声を張り上げ、カホちゃんを見返す。

 頭痛がするのを必至に耐え、逆流しそうな思考を纏めあげ、私は恰好を付けて手を振るう。

「闇雲に修理してはこちらが攻めにくくなるだけです。敵を引き入れる形にする為に、休憩している班と話し合いましょう。」

 私の答えに、カホちゃんは目を丸くし、「ご、ごめんなさい!私、そういうの全然分からなくて…」と照れたように視線を逸らした。

 私は微笑みを返しながらも、カホちゃんの言葉に笑顔で答え、

「勝ちましょう…。必ずです」

 そう伝えると、カホちゃんはその瞳を鋭くし、決意を込めた瞳で私を見据えてくれた。

―理性を棄てるな。

―辛さから逃げるな。

 私は自分にそう言い聞かせながら、村人達が休んでいる場所へと向かった。



 ゴブリンの軍勢は襲ってこないかもしれない…

 そんな淡い希望が生まれてきた頃だった。

 村人達は交代交代で休憩をしながらも、その表情には疲れが見えている。

 こちらの防備の準備は万端…だけど、村人達は限界だ。

 私とカホちゃんは何度か休憩をしてはいるけれど、何度か現れた斥侯を狩る為に飛び出し、余り休めたとは言えない。

 それでも、休まないといけない。

 カホちゃんと肩を寄せ合い馬がいない馬小屋を背もたれに眠るしかなかった。

 空は遠くが白みがかり、もうすぐ夜明け…

 ―そう夜明け前だった。

 皆が頬を緩め、緊張の糸が解けかけた時、それは起こった。

 猿叫…のような、地鳴りのような音としか形容出来ない声― 

 その声に私の体が一瞬強張る。

 息が止まりそうになった。

 だけど、そんな私の手に手を重ねられ、私は唾を飲み込み握られた手の持ち主、カホちゃんに向かって大きく頷く。

 カホちゃんも怖いはず…そう、言いたくなる。

 最悪のタイミング。

 空が白みがかり、逃げられる…そう思い始めたこちらは間違いなく士気が低下している。そこをつけ込んできたかのような攻勢。

 しかも、奇襲ではなく真っ向から来る…。

 奇襲なら、仕方なく応戦も出来た…。だけど、敵が攻める意志を見せてきた以上、どうするか迷う時間が生まれてしまう。

―ダメかもしれない。

 こちらのアドバンテージは視界が開けていることだけ。

 敵のリーダーを討つことで、逃げる時間を稼ぐ…その前提条件は村人達が囮になること。

 夜目が効くゴブリンだから、夜に逃げるのは無謀。だから逃げれなかった村人達に選択肢が生まれてしまう。

 中途半端に残った村人は大した戦力にならない。

 私達が切り込んだ所で、後方は離散し、私達は敵陣のまっただ中で包囲され殺されるだけ…。

 臍を噛み、それでも私は立ち上がる。

 村人達を睨むように見回し、「討って出ます!」と檄を飛ばす。

 私の声に応えた者は少ない。

 応えた者は武器をしっかりと握り込む…だが、隣の者からの気迫が見えないとなると不安そうにその力を緩めた。

 それが、断続的に何処にでも起こっている。

―逃げられるんじゃないか?

―誰かが逃げたら、俺は何も言われないんじゃないか?

―周りは逃げる気じゃないのか?

―あいつら…冒険者達が逃げるんじゃないのか?

 それは言葉ではなくても空気がそう言っている。

 遅かった…猿叫が聞こえた時点で私がもっと早く言っていれば…そう思えてならない。

 恐怖に支配されていた。

 私も逃げたかった。だからといってどうしようも無い位に私の責任だ…。

…どうすれば。

 考えている時間が惜しいのに、答えが出ない。

 不意にカホさんの体が動いた。

 そして、振り返り後方へと行く。

 その姿には私だけでなく、村人の視線を集めた。

―逃げる、の?

 私でさえそう思ってしまった。

 だけど、違った。

 カホちゃんが振り返って駆け出した方向には、小さな女の子がいた。

 そう言えば、休んでいる間に仲良くなったと教えてくれた子だと気付いた。

 カホちゃんは小さな女の子の前にしゃがみ込むと、

「危ないから、隠れてて。お姉さんが…絶対に守るから」

 カホちゃんの声に、呆気に取られていた。

 多分、誰もがそうだったんだと思う。

 緊迫したこの状況なのに、いつものように優しく、明るい声。何の裏表もなく、ただ出てきてしまった女の子を心配していた。

 小さな女の子はカホちゃんを見上げると、服のポケットから何かを取り出し、カホちゃんに差し出した。

 良く見えなかったけれど、小さなパンだったと思う。

 カホちゃんも言葉を失っていた。

 小さな女の子はパンを無理矢理に近い形でカホちゃんの手に握らせると、

「お姉さん、頑張ってね!これを食べて元気出して!私、信じてるよ!」

 その声は澄んだ鈴のように辺りを包んだ。

 ゴブリン達の猿叫は未だ止まないのに、気にならない。

 その先を…私達は誰もが知っているから。

「―皆が勝つ、て!」

 女の子の声は…きっとちゃんと届いてはいない。それだけ、雑音が煩い。

 ゴブリンのただただ煩い声がこの場所に響いている。

 だけど…そんなのは弱い声だ。ただ、大きいだけの音でしかない。

 小さな女の子は、怖くなったって出てきたのだろうか?そう思っていたけれど、違った。

 女の子の声でようやく気付いた。

 多分、村の人達もそうだろうけど、この村にも戦えない人達がいる。身重の女性や、年若い少年少女。赤ん坊。歩くこともままならない老婆…。

 けど、彼らや彼女達は戦っていないんじゃない。

 逃げることは出来ない―その恐怖と戦っている。

―負けられないんじゃない。

―守りたい…。

 その気持ちが、私を突き動かす感情が溢れてくる。

 忘れてはいけない、私の意志を!

「守ります…私も」

 私は呟くと同時にメイスを天に向かって掲げる。

「我が信ずる神―!」

 本当は信じてなんていない…だけど!

「太陽と月と共に、この地を守り、愛した神よ!」

 神話なんて御伽噺だ…それに縋るなんて馬鹿げている…!だけど!

「我らに―あなたのような、『試練』に打ち勝つ勇気を授けたまえ!」

 私はあらんかぎりの声で叫ぶ!

 私の声なんて大したことない。ゴブリン達の声に比べらたら、蚊の羽音のようなもの。

 それでも、周りは違う!

 男達や、武装した女性達が鬨の声を挙げ始める。

 俯いていた人達も、守るべきではなく、守りたい者を見据え、武器を掲げる。

 私は最後の一言…これが最後の檄となる言葉を紡ぐ。

「偉大なる我らが友人!エアリス様!あなたの『冒険者隊ヴァンデラー』の末裔の力!そして、あなたの国の末裔達の力をご照覧あれ!」

 最後まではきっと誰にも聞こえていない。それだけ、鬨の声が大きくなった。

 ゴブリン達の猿叫が遠くに聞こえる気がする。

 負けていない。私達は負けていない。

 だけど―きっと、私だけでなく、カホちゃんだろうと、何百のゴブリンだろうと、数十の村人だろうと、たった1人に負けている。

 あの小さな女の子の持つ『勇気』にはきっと誰も敵わない。

 あの子がいたから希望がある。あの子が勇気を出したから、私達は戦える。

 あの子は…ここにいる誰よりも『勇気』がある。

「本物の…『勇者』様ね」

 偽物の私には眩しい。だけど、受け取った希望は、偽物の私の中にも宿り、輝いている。

「行こう…『魔物モンスター』退治に」

 私がカホちゃんにそう告げると、カホちゃんは小さな女の子がくれたパンを半分に分けて、私にも差し出してくれた。

 私はパンを咥え、村人達を一瞥する。カホちゃんもそうしていた。

―間抜けだったと思う。

 だから、皆、少し笑っていた。

 私はカホちゃんと走り出す。

 一気に駆け出し、村の門を抜ける時、門のすぐ外の草場で武器も持たずに座り込んでいたゴブリンを見つけた。

 数は5匹か…それよりかは少し多いがゴブリン達は必至に声を出していたのか、息を切らせていた。5匹の内、2匹は私達を見ると慌てた様子で飛びかかって来た。

 私はメイスを振り抜き、カホちゃんは剣で切り裂く。

 鮮血が舞う―

 他のゴブリン達が慌てた様子で声をあげるが、私達は足を止めることなくただ前へと進む。

 後方から石や弓が飛んでくる。きっと、村を襲撃する為の後方部隊だと思う。だが、それもすぐに止んだ。

「いけ―!」

 そう声が聞こえた。きっと、村人達が門の外に出てまで、私達の為に戦ってくれている。

 その雄姿を見たいけれど…振り返る訳にはいかない。

 一瞬も須臾も無駄に出来ない。

 走り出し、10分もした頃、それが見えた。少し開けた場所。

 それと同時に、ホブゴブリンが2匹…こちらに向かってくる。

 今回の襲撃は明らかに、単純ではない。稚拙ではあるけれど作戦を建てられている。

 つまり、頭目は知性のあるゴブリン。

―それなら…。

「無能な王でも、自分の周りは固めているでしょ!」

 私は一気に飛び込み、ホブゴブリンが巨大なこん棒をふりあげる前に、メイスの一撃を片方のみぞおちに叩きこむ。

 そのまま返す刀で、ホブゴブリンの顎へ下からメイスを振り上げる。

 鈍い音と、骨の砕ける感触―それを感じる間が惜しい。

 倒れ行くホブゴブリンには一瞥もくれず、もう一匹のホブゴブリンの方を向く。

 ホブゴブリンは、巨大なこん棒を振り下ろす…まさにその瞬間だった。

 私は咄嗟に体を捻り、腰を落としながら足を広げ前傾姿勢になりながら、メイスでホブゴブリンの膝を薙ぐ。

 ゴキン―という膝の骨が砕ける音と、私のすぐ頭上をこん棒が薙いだ風が通り過ぎたのは殆ど同時だった。

 ホブゴブリンが膝をつき、そして目を見開いた。

―赤い髪が揺れた

「ぜぇええぇぇぇいッ!」

 耳鳴りすら覚えるような猿叫。とてもじゃないけれど、女の子が出すような声でもなければ、人間が出すべき声でもない叫びだった。

 その声と同時に振り下ろされた短い剣はホブゴブリンの頭蓋を叩き割り、首までその刀身をめり込ませた。

 その一撃は巨体のゴブリンを力任せに、殴り飛ばすように切り裂き、吹き飛ばす。

 ホブゴブリンの死体は、文字通り仰向けに吹き飛び、開けた場所に躍り出た。

 ホブゴブリンの死体か、それともさっきの猿叫か、それかその一撃を放った…カホちゃんを見てかゴブリン達が慌てた声をあげる。

 私もカホちゃんの隣に並び、周りを見回す。

 ゴブリンは20匹程度…。その中でホブゴブリンが後、1匹いる。

 問題は…

 カホちゃんに向けて何かが飛んでくる。

 弓でも石でもない、大きな物だった。

 私はメイスでそれを打ち払う。

 肉のひしゃげる音と、べちゃりという濡れた音がした。

 地面に赤い染みが広がる。投げつけられたゴブリンの死体は四肢をあらぬ方向へと向けただ静かに転がる。

 私が見据える先―そこには、一匹のゴブリンがいる。

 まるで王のように骨や木で組まれた椅子に足を組んで座っている。

 人の老人のような顔を持ったゴブリンよりは、鼻が低くみようによっては人間に近い顔。それでいてホブゴブリンよりも一回り大きく、赤黒い肌と筋骨隆々の体は明らかに人間以上の膂力を持っていると察せられる。

 その巨大なゴブリンは衣服のような布だけでなく、元は武器や防具の一部であったであろう鉄片を鎧や小手に纏わせ、権威を示す為であろう王冠を頭に載せている。

 元は人間の付けていた兜であろう王冠には、異色混同の綺麗な石や、刃の破片、人の頭蓋骨をなんらかの皮で繋ぎとめた歪な王冠だった。

「ゴブリンロード…」

 私がその名を呼ぶと、ゴブリンロードは口元に笑みを浮かべ私を指さす。

 低い声が響くが、人語ではない。その声に応えるようにゴブリン達が何かを喚く、身振り手振りからだけど、まるで王に逃げるように諫言するかのようだった。

 だが、その言葉は受け入れられず、諫言をしたであろうゴブリンは頭を鷲掴みにされ、そのままゴブリンロードは立ち上がると胴体にも手を掛け、ゆっくりと引っ張り始めた。

 頭と胴体を持たれたゴブリンから悲鳴があがるが、それは一瞬ですぐに声もあげられないのか、顔を真っ青にした。

 仲間を粛清しようとしている…それも身勝手に。

 次に起こる悲劇から目を逸らそうとしてしまう。きっと、ブツリと落ちる。

 私だけでなく、ここにいるゴブリン達もそれが分かっている…そう思っていた。

―赤い髪が揺れた

 誰もが動けなかった。

 声も出せなかった。

 その一撃を受けたものも、多分理解出来ていなかった。

 メキリという砕く音。風切り音。そして、彼女の声―。

「放せぇッ!」

 腰と肩を同時に動かし、そしてしなるような腕での全身全霊の一撃…

 それがゴブリンロードの体に閃く。

 一撃の重みは、まるで鉄球で殴られたかのようにゴブリンロードの鎧をひしゃげさせ、その巨体を吹き飛ばす。それにより、ゴブリンロードは地面に尻もちをつく。

 ゴブリンロードの頭から異様の王冠は吹き飛ばされた時に地面に落ちていた。

 カホちゃんはまるでそうするのが当たり前かのように、粛清されそうになったゴブリンを両手で受け止め、多分、何も考えていなかったのだろうけど、カホちゃんは王冠をそのまま踏み抜き…破壊した。

 権威を現わしていた王冠も、ふんぞり返った威容も、皇帝であるという矜持も、全てを破壊した一撃。

 ゴブリンロードは一瞬だけポカンとしていたが、カホちゃんを認めると咆哮をあげた。

 その声は意味は分からずとも明らかな殺意が混ざった怒声だった。

 声に周りのゴブリン達の殆どが怖気づいたのか逃げ出していく。

 カホちゃんは、怒声に怯むことなくゴブリンを地面に降ろし、ゴブリンロードを見据える。

 カホちゃんに助けられたゴブリンはよろよろと逃げ出していくが、その瞳が何度か彼女を見つめ「エ…ァ…ィイス?」と残し、この場から去っていった。

 私はカホちゃんの隣に並び、1人の少女によって全てを破壊された哀れなゴブリンの皇帝を見据える。

 周りに視線を配ると数匹だけれど、間抜けな皇帝に従う臣下のゴブリンが残っている。

「カホちゃん、後は任せて下さい。私があの敵を倒します」

 そう伝えると、カホちゃんは小さく頷き「気を付けてね。あいつ無茶苦茶強いよ」と意外な一言が返って来た。

 強いのはその通りだと思う。

 多分、カホちゃんからすると全力の一撃でも真っ二つに出来なかったことに驚いているのだろうけど、むしろ団長の一撃をも彷彿とするカホちゃんの強力な一撃の方が驚かされた。

 カホちゃんは剣をゴブリンロードに向けながら、視線を後ろへと向ける。

 ゴブリン達がゆっくりと近づいて来ている。私はメイスを両手で持ち直し、未だ苦しんでいるがいつ怒りが噴火せんか分からない程怒り狂っているゴブリンロードへ得物を向ける。

「マイさん…頼りないかもしれないし、私はマイさんより弱いけど、それでも…マイさんの背中を守って見せる!」

 カホちゃんはそう言うと同時に踵を返し、後方から迫ってきていたゴブリンへ駆け出し、最も前にいた個体を剣で刺し貫いた。

「私達は勝つんだ!あの人達を守って見せる!」

 その声と共に、ゴブリンロードが無我夢中といった様子で、咆哮と共に突進してくる。

 私はメイスをしっかりと握り込み、一気に相手の懐へと飛び込む。

 私が飛び込むと同時にゴブリンロードは拳を振り下ろす。その一撃は地面を砕き、いかに強大な力を持っているかを示している。

 だが、明らかに私を狙った一撃ではない。

 あくまでも、この愚鈍な皇帝の狙いは…地に引きずり下ろしたカホちゃんだ。

 ゴブリンロードとすれ違うと同時に私は足を使ってターンし、すくい上げるようにメイスを振り上げる。

 その一撃の狙いは決まっている。相手の臀部から股間だ。

 鈍い音―音で言うと、ゴキャリとかそういうのがした。

 肉と骨と何かが潰れる音に、声にならない人語ではない悲鳴が混じった。

 私はすぐに体勢を立て直すと、そこに拳が飛んできた。メイスで受け止めたが余りの力に吹き飛ばされてしまう。

 地面に体をしたたか打ち付けながらも立ち上がると、ゴブリンロードがこちらに向かってきていた。

 だけど、遅い。片手で股間を抑えているから、まだ対処の仕様がある。

 メイスを構え直し、足に力を入れる。飛び込もうと思ったけれど…足が動かない。

「―え?」

 足を見ると、私の右足に緑の蔦が絡まっていた。

 明らかに異様―地面から伸びている青々とした蔦。

 その可能性に気付いた時には遅かった。蔦を引きちぎり、回避しようとした私にゴブリンロードの体当たりが直撃した。

 衝撃と共に内臓が圧迫される。痛みが火傷のように広がり、脳が白黒する。

 息が出来ない程の一撃に成すすべなく地面に転がるしかなかった。

 カホちゃんの悲鳴が聞こえる。

 それよりも足音が近づいてくる。

 迂闊だった。ゴブリンロード…そこまでは予想していた。

 そして、あのゴブリンロードはそこまで知性がないのも分かっていた。

 だったら、気付くべきだった。村の襲撃の時に統制のとれた指揮や、こちらの恐怖を煽る行動、士気の重要性を知っているからこその断続的な奇襲や、猿叫を使っていたことを。

 あのゴブリンロードがそんなこと、分かっている訳がない。

 ぼやける視界の隅、玉座の後ろから赤いローブと赤い三角頭巾が揺れた。

―レッドフード

 ゴブリンの中でも特に面倒な指揮能力が高い個体。そして、ローブを着ているのを見ると、ゴブリンメイジも兼用している強い個体だと分かる。

 この群れが強いのに、今までギルドでも噂でも聞いたことがない。

 その理由の一端はきっと、ゴブリンロードの『武力』とゴブリンメイジの『知略』で上手く暗躍をしていたからだと思う。

 もしかすると、始めから…いや、カホちゃんのは想定外だろうけど私達を罠に誘い込む為の作戦だったのかもしれない…。

 そう思うと、力が抜ける―。

 だけど、不思議と私の手が何かを掴もうと地面を引っ搔いている。

 剣戟が聞こえる。カホちゃんの声が…。

 近くの大きな足音よりも、遠くからカホちゃんの駆けてくる音が…。

 気付いた時にはそれを口に放り込み噛み砕いていた。

 パリン―という音と共に、液体が体の中へと落ち、口の中が鉄の味で満たされていく。

 ゴブリンロードの一撃が風切り音で分かる。

 踏みつけ―

 それを理解すると同時に口からガラスを吐き出し、寝返りをうつように体を転がす。

 ゴブリンロードの一撃は私の顔のすぐ横の地面を踏み抜いていた。私はその足に目掛けて吐き出した割れたガラス瓶を叩きつける刺す。

 ガラスはただ割れた―小さな傷しか付けられなかった。

 それでもいい―

 私は飛びずさり、メイスを探す。私が倒れていた場所から少し離れた地面に落ちているメイスを見つけると同時に駆け出す。

 回復薬の入った瓶を噛み砕いたから口の中が痛い。それよりも、息が辛い。

 足も、胸も、腕も…全部が悲鳴を上げている。

 それでも止まれない。止まったら終わる!

 ゴブリンロードの足音がすぐ後ろに迫っている。それでも私はメイスを目指して走るしかなかった。

 きっと足がもつれている…それでも…

(間に合って…!)

 ただ、そう祈りながら倒れ込むように手を伸ばす。私の手がメイスに触れたけれど、握り込めなかった。

 私の指が当たったメイスは少し転がる。

―何も言えなかった。声も出せなかった。

 だって…絶望して後ろに視線を向けると、目の前に迫っていたゴブリンロード。

 その腕が地面に叩きつけられていたから。

―赤い髪の『勇者』

 まさにそう言うべきだと思った。

 カホちゃんがしがみついてきたゴブリン達を蹴散らし、そのままゴブリンロードに肉薄し、私に向かっていた拳を弾き落としていた。

 本当に凄い…私はメイスを握り、足元をしっかりと見据え立ちあがる。

「ありがとう」

 私の言葉にカホちゃんは鼻の頭を搔きながら、照れ臭そうに笑っていた。

 返事がないのは、荒い息を見れば分かる。必至に助けてくれたのが。

 傷だらけの体で、足も手も限界なのか震えている。

 『魔法』も『戦技』も『奇跡』も使えないのに…何処からそんな『勇気』と『力』が湧いてくるのか、私みたいな『出来損ない』では分からない。

 ただ器用なだけ…それを組み合わて戦っているなんて言ってくれたけど、今も私は何も出来ていない。助けて貰ってばかり。

 気付くとカホちゃんの背中を見ていた。

 心の中で何かが私の中で芽生えようとしている感覚に囚われていく。

 自然と、この依頼を走馬灯のように思い返していってしまう。

 村人の嘘や、逃げ出そうとした弱さ…ネガティブな部分も多かったけれど、私達は今戦っている。

 小さな女の子からの『勇気』や。村人の『覚悟』。

 そう言ったものが、私とカホちゃんを支えてくれて、今、ここまで来たんだ。

 自業自得と切り捨てなかった。だから見えた。この『希望』が。

 皆で力を合わせて、やっと生まれた『今』が!

 不思議な感覚だった。思いが過ぎ、体全身に血が通い熱を帯びていく。

 もうボロボロで、回復薬を飲んでようやく立てる程度なのにそれでも自然とメイスを触れていた。

 息を一気に吐き、もうボロボロの体に鞭を打つ。

 ゴブリンロードは今、まさにカホちゃんを殴りつけようとしていた。その拳に渾身の一撃である『戦技 パワーシェイカー』を繰り出していた。

 『戦技』の一撃はゴブリンロードの拳を地面に縫い付けた。私はすかさずさらに声をあげる。

「宿れ、風よ!我が槌に力を纏え!」

 声をあげると同時にメイスに力を込める。ゴブリンロードの拳をさらに地面に沈み込ませるように体重と力…そして、メイスに纏う風の力で押さえつける。

 ゴブリンロードが残った拳を私に向けて来る。

―間に合え!

 ただそう願いながら、メイスに纏う風を強くする。

「刈り取る風よ!生まれよ…風の一撃…」

 ゴブリンロードの拳が私の額に触れるか触れないか…その距離で『それ』は形となった。

 メイスに纏った風…それが渦を巻く。その一撃をただ相手の胴体に向けて放つ。

「『断罪風槌ストームパニッシャー』!」

 メイスから放たれた風…小さな竜巻にも似た一撃はゴブリンロードの胴体に当たるとその体を切り刻みながら空に浮かせ吹き飛ばした。

 巨体が数メートルは後方に吹き飛ばされその背中を岩へとぶつけようやく止まっていた。

 私の一撃にゴブリン達は一瞬戸惑っていたが、メイジは私に杖を向け、残りのゴブリン達は得物と共に私に駆け出してきた。

『戦技』…そして、『魔術』を合わせた一撃…。

―出来た、なんて達成感に浸っている暇なんてない。

 私はメイスに纏う風を見つめ、さらにメイスに手を触れる。

「雷よ…神なる光の力よ!破邪の力!我が声に答え敵を討て!走れ!」

 私はメイスを振り上げる。

 メイスに黄色…いや黄金の雷が打ち下ろされる。

 私に目掛けて突っ込んできていたゴブリンが足を止める。恐れるように声をあげていた。

 それらのゴブリンを蹴散らすようにゴブリンロードが突っ込んでくる。

 恐怖もなにもなく、ただ怒りながら。

 私はゴブリンロードを見据え、メイスを握る手に力を込める。

 これは私に出来る全てだ。『戦技』と『魔術』と『奇跡』…

 どれも簡単な初級のものしか使えないけれど、組み合わせれば、力を合わせれば、巨大な力にも負けない力になると信じている。

 私と、カホちゃんと、あの村が力を合わせているように…出来るはずだ。

「雷、火、風!」

 私は声を張り上げ、メイスに纏う巨大な力を振り下ろす。

「『大地滅界グランダッシャー』!」

 生まれたばかりの力にそう名付け、ゴブリンロードの拳を躱しながら肉薄し叩きつける。

 ゴブリンロードの胸にメイスが当たり、それと同時に渾身の力で、今度はゴブリンロードの体を地面に叩きつける。

 力が爆散した。

 風に纏う雷がゴブリンロードに走り、行き場のなくなった風雷が地面を砕き電撃を纏った風が波のように一瞬で広がる。

 地面を砕き石をと土ぼこりを巻き上げ走る雷光の衝撃波は怖気づいたゴブリン達を一瞬で飲み込み爆発した。

 気付くと、私の振り下ろした一撃の先には炭化したゴブリンロードであったであろう一部が残り、その後ろには削り取られた地面と共に、電撃で同じく炭化したゴブリン、衝撃波で上半身や半身を失ったゴブリン、爆風により飛び散った石により頭を失ったゴブリンしか残っていなかった。

 私はいつの間にかへたり込んでいた。

 体から力が抜けて、足が動かない。息も忘れてしまうくらい、呆然としていた。

 メイスを握っているのか、握れていないのかも分からない。

 ただ、自分の力…皆から貰った力に高揚はしていた。

 『出来損ない』でも変われる…。出来ることがある…そう、信じられそうだった。

 カホちゃんの方を見ると、さっきの私の技に驚いたのか、それとも衝撃波を受けたのか、尻もちをついてポカンとしていた。

 そんな彼女を見て、何を言えばいいのか考えていると、何かが吸い込まれるような音がした。

 振り向くと、赤いフードを被ったゴブリンが、血まみれになりながら私に杖を向けていた。

 杖の先に光が集まり、何らかの『魔術』を放とうとしているのが容易に想像がつく。


―しまった、メイジが…


 声を出そうにも、体を動かそうにも、私の体は既に限界を迎えている。

 歯を食いしばり、カホちゃんをかばう為に体を倒そうとしたけれど私の体は虚空を切った。

 信じられなかった。

 カホちゃんは即座に飛び出すと、剣と盾を構え吶喊した。

 ゴブリンメイジは焦ったのか、「シネ!」と声を上げカホちゃんに雷の槍を放つも、カホちゃんが持っていた盾を振りぬき、『魔術』の雷の槍を掻き消した。

 威力が足りなかったのだろうけど、それを成せたのはきっとカホちゃんの『勇気』がそうさせたのだと思う。

 カホちゃんはゴブリンメイジの胸に肩を当て、よくしなる腕…そして体全体を使い…

「ぜぇぇぇい!」

 轟音が響く。

 カホさんの叫び声だけでなく、風を切る音、肉を切り裂く音、骨を砕き寸断する音、ゴブリンの言葉にならない悲鳴…。

 ゴブリンメイジは下半身だけを残し、立っていたがその下半身の持ち主が天高くから地面に落ちると同時に仰向けに倒れ伏した。

 カホちゃんは荒い息を吐き、その場に座り込む。

「カホちゃん!」

 私が必至に息を吸い、なんとか出した声…それに応えるようにカホちゃんは私の方を振り向き、困ったような笑顔を見せてくれた。

 その盾を持つ手は真っ赤に火傷しており、ゴブリンの『魔術』の威力を物語っている。

 それでもカホちゃんは笑顔で、

「言ったでしょ…私がマイさんの背中を守るって!」

 その一言に私の胸が熱くなった。


―ああ…凄いな。


 それが私がカホちゃんに感じた感想だった。

 魔法に怯みすらしないで…私を守ってくれた。

『戦技』も『魔術』も『奇跡』もないのに…それなのに…それでも、彼女はその『勇気』で戦う。

 それを『勇者』と呼ばないなんて間違ってる。

 私は震える足で何とか立ち上がり、私の勇者様の元へと行く。

 カホちゃんは「あはは、大丈夫?」と私の心配をしてくれる。

 私が、怖くなかったの?なんて聞いたらきっと、怖かった、そう言うと思うから、ただその手を握るだけにした。

 カホちゃんはキョトンとしながらも、私の手を握り返してくれる。

 その手に温もりが、私の体を心を温めてくれる。その瞳から熱と光を…感じる。

「ヒール…」

 私がそう呟き、自分自身、唱えた反動で血を吐きそうだけどそれでも『奇跡』を使用すると、少しだけカホちゃんの左手の火傷が癒えた。

 もう、私には殆ど力が残っていない…そんなのは分かっているけれど、それでも私は彼女を助けたい。

 私は力を振り絞り、スカートの裾を破いて包帯のようにカホさんの腕に巻いていく。

 カホさんは「え!?」と私の服の心配をしていたけれど、

「ダメだよ。カホさん…。」

 と先に注意をして包帯のように巻いていく。

 カホちゃんを助けないといけない。彼女は私の中の本物の『勇者』だから。

 この子の為に…私は強くなる!

 違う、この子と一緒なら…私は強くなれる気がする!

 そう思うと、心が震える。私にも『勇気』が生まれてくる気がする。

 私はカホちゃんの腕の手当を終えると共に、立ち上がり、

「よーし!頑張ります!」

 決意を口に出した途端、驚いてしまった。

 さっきまで立つのも億劫だったのに、今はすぐに歩き出したい、前に進みたいと体が動き出している。

 カホちゃんはキョトンとしていたものの、ハッとした表情になる。

「そ、そうだよね!早く村に戻らないと!」

 私は思わず「しまった」と漏らし、必至に体を引きずるように走り出す。

 それはカホちゃんも同じだった。

 さっきまで激戦をしていた私達はもう、歩くのだって精一杯だった。

 それでも、私達を信じて戦ってくれている『サンク』の村の人達の為に戻らないといけない。

 

 私達が必至に歩いて、ようやく村の4分の1くらいまで歩を進めたところだった。

 前の茂みがガサガサと揺れた。

 私とカホちゃんは何とか…といった状態で各々で武器を構え、前を見据えると…年若い村人が私達の前に姿を現わした。

 村人は私達を見ると、始めは驚いたように、そして、泣きそうになって、最後には笑顔で破顔し…後ろから来ていたであろうあの勇気ある女の子に押しのけられた。

「お姉ちゃん!」

 その声と共に、小さな女の子がカホちゃんと、そして私の胸に飛び込んでくる。

 あまりの勢いに二人して押し倒されてしまったけれど、女の子の笑顔をみると当然のように笑顔がこぼれてしまった。

 ここに、あの年若い村人と、この子がいるという事は…

 年若い村人に続いて、初老の男性が後ろから現れ、私達に穏やかな表情で。

「あんた達のおかげで、勝ったぜ」

 そう告げてくれた。

 その言葉だけで私とカホちゃんは笑顔を向けあい、小さな女の子と三人で抱き合った。

 声に…というか文字にもならない喜びを口にし合って私達は『サンク』の村への帰路を歩いた。

 初老の男性はカホちゃんに肩を貸し、年若い村人は私に肩を貸してくれたのだけれど…

「か、代わって下さい!お願いします!む、むむむ、胸が!あの!その!」

 と顔を真っ赤にして初老の男性に何度も懇願していたけれど、「童貞こじらせてんじゃねぇよ」と彼は諫められ泣きそうになりながら、

「不純な思いはないんです!あの!ほ、ほ、本当です!」

 何とか取り繕って必至に説得はしてくれたけれど、小さい女の子から「ユール兄ちゃん、おっぱい嫌いなの?」と、尋ねられると、

「え?ああ!?おっばいは大好きです!あ、ちっが!」

 失言だと思う。初老の男性に「スケベめ」と茶化され、年若い村人も言い訳にもならないようなことを言っていた。

 小さい女の子はカホちゃんに「ユール兄ちゃん、スケベ!」と愉し気に報告し、カホちゃんもニヤニヤとしながら私と年若い村人の方を見ていた。

 そんな会話をしていると、戦いが終わったと実感できる。

 私達はゆっくりと、亀のような歩みで村へと帰って行った。

 村に着いて、私とカホちゃんは傷を癒す為に暫く泊まり込むことになった。

 そこで不思議な話を聞いた。

 山から、酷い悲鳴にも似た声が聞こえたと思ったら、いきなりゴブリンの群れが瓦解した…と。

 その正体については分からないけれど、それと一緒に…。

 ”しゃべるゴブリン”が来た、と聞いた。

 そのゴブリンは群れが瓦解した後に、いきなり現れたらしい。

 戦闘が終わったばかりだったのもあり、男達も治療に走り回っていたこともあり、小さな女の子が始めに見つけ村の中に入れたらしい。

 そのゴブリンを見た時には、さすがに大人達は臨戦体勢になっていたものの、小さな女の子に手を引かれ困った姿で縮こまっているゴブリンを見て、さすがに武器を納めたらしい。

 ゴブリンは特に攻撃するでもなく、意味の分からない単語だけを並べ…そして。

「エ…アィイス。タスケタ」

 そうとだけ言い残し、小さな女の子に何かの蟲の死骸を渡したらしい。

 その蟲はよく分からなかったけど、カホちゃん曰く「あはは!お気に入り登録だね!」と小さな女の子をさらに困らせていた。

 何はともあれ…戦いは終わった。

 比較的怪我が軽傷だった人にはアルトヘイムへと向かって貰い、『青き風』のギルドへ報告に向かって貰うとともに、救援のお願い出来た。

 帰るのは、もう少しだけここに滞在してからにしよう。

 そう思いながら、私が守れなかったこの村の住人達の墓に手を合わせその冥福を祈ることしか出来なかった。

 私にもっと力があれば―

 後悔はあっても、私はやっと自分の道を見つけた。

 大したことは出来ないなんて決めつけていたけれど、私はあの神様から貰った力『出来損ない』で、これからも人々を守って見せる。

 決意と共に、遅れて墓参りに来てくれたカホちゃんに、

「帰ってもう一つ引き受けちゃいましょう!確か、近くの村でコボルトの群れが見つかったとか依頼がありましたよね!」

 私がそう言うと、カホちゃんは肩を落とし、

「もう、群れはコリゴリ…」

 そう項垂れるカホちゃんの肩を抱き、私はもう一度、死者達への冥福を祈った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ