第30話:運命の輪
<運命の輪>――サンクチュアリに於いて、頂点にして最高のネタスキルと呼ばれたスキル。度重なるアップデートにより、今でこそ殺伐とした戦闘世界になってしまったサンクチュアリであるが、元々は皆でわいわいとほのぼの生活を楽しむというのが基本コンセプトである。それを象徴するスキルが<運命の輪>である。
その効果は『仲間全員の能力に上昇補正を加え、パーティーメンバーや友人が多ければ多いほどその効果を増す』という物だ。これだけ聞けばそれ程悪くない効果のように聞こえるが、このスキルが実装された時から、実際に取る人間は殆ど居なかった。それは何故か。
それはこのスキルの仕様に関係がある。サンクチュアリでは、スキルを取得するのに『前提スキル』という物を取らなくてはならない物がある。例えば、大樹の<種を蒔くもの>を取得する場合、<農耕><栽培>という二つのスキルをある程度取得しなければならない。そして、<運命の輪>はサンクチュアリのスキルの頂点に位置し、取得するためには、生活系スキル、戦闘系スキルの『前提スキル』を満遍なく取らなくてはならない。つまり、何かに特化することが出来ず、中途半端な能力の弱いキャラクターが出来上がるのだ。
加えて、このスキルは効果範囲がそれ程広くない。広大に見えるサンクチュアリの世界も所詮は電子データ。実際にはサーバー毎に分かれたマップデータを積み木を組み合わせるように管理されている。その積み木の一ブロックのみで効果を発揮するだけなのだ。
さらに言えば、このスキルは仲間の能力を強化できるが、発動者本人には上昇補正は加わらない。つまり、今の状態の大樹が取得すれば、二回のステータス振り直しで落ちた能力を、さらに落とす事になる。周りを強化することで、自分自身を危険に晒す。仲間という花を咲かせるために、自分が根となり土となるスキル――それが<運命の輪>。
現実的に考えれば、こんなデメリットばかりのスキルを取る理由は無いのかもしれない。それよりもヤタガラスの言うように、クオンの時と同様に、再度戦闘型にスキルを振り直したほうが余程賢い。効果は一度テスト済みであるし、前よりは能力は落ちても、今の生活系スキルに特化した状態よりは遥かに強くなるはずだ。
そんな事を<真転身の種>を眺め考えていた大樹だったが、究極の所、こう言い代えることが出来る。
――己のみ信じるか。それとも他人を信じるか。
「スキルセット――<運命の輪>」
ほんの少しの逡巡の後、大樹は答えを出した。何が『ガラクタの神様』だ。お前は何者だ。自分は白野大樹、己の殻に閉じこもり、世界を呪い、狭い世界に引き篭もった男。そんな自分の力だけで一体お前に何が出来た。お前はこの世界でも己の意地に固執し、お前を信じてくれる仲間を無視するのか。そんな事はもう御免だ。
この世界は電子データで管理された世界では無い。世界は無限に広がっている。ならば<運命の輪>の効果だって、この場にいる自分達だけで収まらない筈。
それはあくまでお前の考えだ、何をしている白野大樹、お前らしくも無い。今まで通り、自分の知っている自分の知識のみで判断すれば良いではないか。そうすることで今まで傷つくことを最小限に抑えてきたではないか。
――黙れ。
自身の中から話しかけてくる『冷静』なもう一人の自分を握り潰すように、大樹は最後の<真転身の種>に力を込めた。スキルを再セットしたその瞬間、コハルとオスカーの村の人々、ゴンベとオミナエシの帰りを待ち、冷たいカプセルの中、地下室で眠る子供達、クオンに希望を託したハヅキや合成獣達。その意思が、その声が、大樹達に『頑張れ』と繋がったのが、はっきりと感じ取れた。
「この産廃ぃぃい!! てめぇ一体何をしやがったああああぁあ!!」
限界突破した<運命の輪>により、大幅に能力を強化されたオスカーの一撃で腕を斬り飛ばされたヤタガラスが、憎しみに満ちた表情で大樹を凝視する。大樹は口元を少しだけ歪めると、頭にトントンと人差し指を立てながらこう言った。
「あんたは頭良さそうなのに、意外と想像力が無いんだね。もっとここを使いなよ、ここを」
先程の意趣返しをされたヤタガラスは、こめかみに怒筋を浮かべ、これまでに無いほど凶暴な表情で大樹を睨み付けるが、それも長くは続かない。
「ふざけるなぁぁあああ!! このさんぱ……ぎゃっ!」
短い鳴と共に、再びヤタガラスの怨嗟の言葉が中断される。大樹に意識を割く余り、後ろに回っていたクオンの爪の一撃をもろに食らってしまったのだ。背中から鮮血を吹き出しながら、ヤタガラスが足を丸太のように太く組み替えて後ろ蹴りを放つが、元々敏捷な上に、さらに強化されたクオンには掠りもしない。
「鈍いゾ、創造主様?」
「このゴミ共ぉっ……! あんまり調子に乗……ぶべぇ!?」
後ろのクオンに怒りをぶつけている間に、今度は強化されたゴンベの鉄拳がヤタガラスの頬骨を砕き、それに追撃する形で大樹が前蹴りを放つ。またもヤタガラスの呪詛は中断され、強力なツープラトン攻撃を食らった枯れ枝のような体が無様に地面をバウンドする。確かにヤタガラスは生物としては地上最高とも言えるスペックを持っているが、別に戦いなれている訳でも、武道の達人でも何でもない。その圧倒的な能力を子供の喧嘩のように振り回すだけだ。
さらにヤタガラスには大樹が何をしたのかまるで把握できていない。精神的にも追い詰められた焦るヤタガラスは、戦い慣れた者達の波状攻撃に翻弄されている。
「この産廃野郎っ! 仲間が強くなった途端に調子こきやがってええぇぇえぇえぇ!!」
「あーブッこくよっ! 何か文句あるか創造主様っ!」
全身を泥まみれ傷まみれにし、血走った目で大樹達を睨むヤタガラス様相は、まさに手負いの獣だ。世界が真っ赤に塗り潰されたかのような憤怒に支配されたヤタガラスには、もはや大樹しか見えていない。そしてそれが命取りになった。
「ふんぬぅおおおおおおおおぉぉ!!」
「がぁっ!?」
憎しみに囚われ大樹しか視界に入っていなかったヤタガラスを、ゴンベが後ろから羽交い絞めにする。ヤタガラスは必死になってゴンベの拘束を解こうと殴りつけるが、元々馬力のあるゴンベに、今は限界突破した<運命の輪>の上昇補正が掛かっているため容易には振りほどけない。
「ゴンベ! あんまり無茶しちゃ駄目だよ!」
「ヒ、ヒロキ殿……! 早く! 早くこいつにとどめを! 拙者もあまり持たんでござる!」
ヤタガラスは自身の持つ万能細胞をフル稼働させ、手負いの獣が捕えられた鉄の檻を破壊するように怒り狂いながら暴れる。一撃一撃入る度に、ゴンベの体にみしみしと音が響く。
「ヒロキっ! 今のうちにアイツをぶっ倒す! お前は全力でぶん殴れ! 俺は右! クオン、お前は左から俺に合わせろっ!」
「分かった!」
「任せロ!」
オスカーが前傾姿勢で突進しながら指示を出す。その指示が終わらない内に、大樹とクオンも殆ど同時に飛び出す。大樹は真正面に向けて一直線に、オスカーとクオンは左右から、三者三様、矢印のような形になり、疾風の如くヤタガラスへと襲い掛かる。
「くああぁぁあぁああぁあ!! 離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ! このゴミぃぃいいいいぃぃいいいぃいぃぃぃ!!」
「……覚えておけ創造主とやら! ゴミでもな――燃える事ぐらいは出来るでござるよ!」
べきべきと装甲を剥がされながらゴンベが叫ぶ。最早その鋼鉄の体はボロボロ、ケーブルは千切れ散乱し、スクラップ同然だ。ばぎん、という音と共にゴンベの体が砕け、ヤタガラスは拘束を解くが、大樹達の攻撃を回避するには余りにも遅すぎた。
「「「うおおおおおおおおおおぉぉ!!」」」
「こぉんのぉぉおぉ……ゴミ虫共おぉぉぉぉぉおお!!!」
――突撃する三人と、狂える獣ヤタガラスが衝突し、狂った森の中、凄まじい絶叫が木霊した。




