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第29話:神の定義 vs 生命の定義

「準備できたかい勇者様ご一行? さぁ……ゲーム・スタートだ!」


 厭らしく目を細めながら、ヤタガラスがにんまりと笑う。辛うじてヤタガラスの不意打ちを回避した大樹達は、さらなる攻撃に備え身構える。だがヤタガラスはその場から動こうとせず、へらへらと締まらない笑みを浮かべて突っ立っているだけだ。


「ほらほらぁ、開幕一ターン目の敵の全体攻撃が終了したんだから、次は君たちのターンだよぉ? 早くコマンドを選択しなよぉ」


 オスカー達はその言葉の意味が分からず訝しがるが、大樹だけはその意味を汲み取ることが出来た。先ほどヤタガラスが宣言したとおり、こいつはあくまで『ゲーム』をやるつもりなのだと。


「ナエさん! コハルさん! 今のうちに離れて! 早くっ!」

「え、ヒロキさん達は!?」

「俺達の事は気にすんな! つーかお前達を守ってる余裕が無ぇ!」


 大樹の言葉にオスカーが補足を加え、ゴンベとクオンも黙って頷く。オミナエシもコハルも戦闘能力が皆無な上に、敵は何をしてくるか分からない。相手が余裕をかましているうちに下がってもらっていたほうが大樹達もやりやすい。


「わかったよ……行くよコハル!」

「え、で、でも……」

「あたし達が残ったって邪魔なだけなんだよ! あんた達、後で治してやるからさっさと片付けな!」


 コハルの手を取り、オミナエシが森の方へと駆け出す。コハルは後ろ髪引かれる思いでく何度も振り返りながら、足手纏いになると自分を納得させ走り去る。


「成程、後衛を下げた訳かぁ。これで僕の射程では彼女達に攻撃できなくなった……としておこうかな」

「貴様、余り戦闘ヲ茶化すナ!」


 激昂するクオン相手にヤタガラスがだらだらと解説をしている隙に、オスカーは既に薬剣を起動させていた。猛獣の咆哮のようなけたまましい重低音と共に刃が回転を始め、刀身に薬液が満たされていく。


「えー、今度は僕のターンでしょ? ま、いいや、サービスターンだ」

「舐めやがって……! てめぇ絶対ぶっ殺す!」


 言葉の意味は分からないが、相手がこちらをまるで脅威と見なしていない事に激怒したオスカーが、その怒りの感情のままに地面を蹴る。センガンコウに迫ったときよりも遥かに洗練された動きで、前傾姿勢のままヤタガラスと瞬時に間合いを詰めると、裂帛(れっぱく)の気合と共に薬剣を隙だらけの首元に叩き込む。


「なっ……!?」


 吐息が感じられるほど顔を近づけたオスカーとヤタガラスの目線が合う。片方は驚愕に目を見開き、もう片方はドッキリが成功したように楽しそうに。


「うん、今のは中々の一撃だね。いや、感じないから良くわかんないけど、多分いい一撃なんじゃないかなぁ」


 オスカーの薬剣は、的確にヤタガラスの首を捕えていた。しかし、ヤタガラスは相変わらず軽薄な表情で、先ほどと同じ姿勢のまま立っている――首元に回転する薬剣を数センチ程めり込ませながら。


「ぬぅおおおぉぉぉおお!!」


 時間差で追いついたゴンベが、その鋼の巨躯から繰り出される拳をヤタガラスの腹に叩き込む、鈍重な分その威力は折り紙つきで、まさに鉄拳。しかし、ごぃん、という、少しくぐもった硬い音と共に、ヤタガラスはほんの少しだけ体をくの字に曲げただけで、まるで根を生やしたようにその場から動かない。


「おおぅ。五臓六腑に染みるねぇ――じゃあ僕の反撃ターンだ」


 ヤタガラスはそう言うと、両手を瞬時に巨大な鎌へと変形させた。カマキリの前足のような形をしたそれは余りにも巨大で、人間の首など数人纏めて斬り飛ばしてしまいそうなほどに鋭い。マッチ棒のような細い体に不釣合いなその巨刃を、ヤタガラスはまるでペーパーナイフでも振りまわすみたいに軽々と振り回す。


「<釣竿移動(フレンド・フィッシング)>!」


 ヤタガラスの凶刃(きょうじん)がオスカー達を引き裂く一瞬前、大樹が<世界樹の釣竿>を使い、ゴンベを引き寄せ、高速で割り込んだクオンがオスカーに当身を食らわせ、無理矢理にヤタガラスから引き離すことで回避した。


「あー、惜しいなぁ。君たち全員種族バラバラなのに、連携プレーが上手だねぇ」

「あんた……一体何なんだよ!」


 ヤタガラスは大仰に拍手など送っているが、これっぽっちも敬意など感じられない。あるのは尊大な態度と、恐ろしいほどの圧迫感だけだ。余りの不快感と不気味さに思わず大樹が叫ぶ。


「うーん、あんまりべらべらと手の内を明かすのは馬鹿っぽくて嫌だけど……ま、僕だけが君たちの情報を知ってて、敵役の情報が無いってのは盛り上がらないからねぇ。それじゃネタばらしだ」


 ヤタガラスは子供をあやすように投げやりにそう言い放つと、鎌の腕を再び人間の形に戻し、よれよれのシャツを捲る。肋骨の浮き出た貧相な体の真ん中、先ほどゴンベが殴りつけた部分に、まるで甲殻類のような真っ黒い甲羅が存在した。その甲羅はぐじゅぐじゅと水っぽい音を立てながら、人間の腹に整形されていく。大樹達はそのグロテスクな光景に、思わず吐き気を催す。


「何と不気味な……貴様、妖怪の類でござるな!?」

「だからさぁ、僕は合成獣ってさっき言ったじゃない。クオン君とやらも爪の生成やら長さの調整やら出来るでしょ。それと同じ原理だよぉ」

「貴様の様ナ、醜い化ケ物と一緒にするナ」

「僕だって君なんかと一緒にされちゃ困るなぁ。僕が持ってるのは言うなれば『万能細胞』だよ? 体に組み込まれた生物の遺伝子情報に合わせて、瞬時に体の組織を他の生物に組み変えることが出来るのさっ」


 ヤタガラスは己の力を誇張するように両手を広げる。オスカーの攻撃を防いだのも、ゴンベの攻撃を防いだのも細胞を強固な物に書き換えて行ったが、単純に他の生命の能力を使えるだけではオスカー達の強烈な攻撃を防ぐことなど不可能だ。刀の強度を上げるため、柔らかい鉄と硬い鉄を混ぜ合わせるように、細胞同士を掛け合わせ、より強固な組織を作ることが出来るのだ。


「それじゃまるで<自動防御(オートガード)>じゃないか……」


 大樹は呆然としながら呟く。ヤタガラスは恐らく反射的に能力を使っている。サンクチュアリにも<自動防御(オートガード)>という、ある程度弱い攻撃を自動で防ぐスキルがあったが、ヤタガラスの使った力はそれに酷似している。


「<自動防御(オートガード)>? ああ、君の持つ『スキル』という奴かい? 君は元の世界から『神の定義』を持ってきて、その力を使うみたいだけど、僕は言うなれば『生命の定義』を持ってるって訳さぁ。ま、君には攻撃的な能力は殆ど無い筈だけどね。何せ、お偉いさん方は、破壊的な力を持たない、御しやすい神を探してたからねぇ」


 同情するような哀れっぽい声で、けれど少しも同情していない様子でヤタガラスが大樹に声を掛ける。同じような力を持っていても、大樹には攻撃能力は殆ど無い。さらにこの世界に来てから二度のスキル振り直しで、今は元の八割程度まで力が落ちている。大樹は<真転身の種>を安易に二つ使ってしまったことに歯噛みしたが、今更どうにもならない。


「クソッタレが!」


 オスカーが地面に唾を吐きながら叫ぶ。ここに至るまで、何度も命のやり取りをしてきたのだ、先程の短い攻防の中で、自分達の全力がまるで通用しないことが痛いほど理解できた。努力や根性、戦い方ではどうにもならない生物としての格の違い。オスカーだけではなく、ゴンベもクオンも悔しそうに立ち竦んでいる。


「まぁそう悲観することもないだろう。ヒロキ君だって自分の体をカスタマイズできる道具を持ってたじゃないか。クオン君とやらと一戦交えたとき、急に身体能力が上がったのは僕も把握してるよ。あれを使えば、ヒロキ君だけは僕といい勝負が出来るかもよぉ?」


 ヒロキ君だけはという部分に、皆が憎憎しげにヤタガラスを睨み付けるが、事実であるため誰も何も言い返せない。ヤタガラスは己の圧倒的な力を見せ付けることを楽しんでいるようで、先程から大樹達をいなしているだけだ。今も大樹達がどう行動するかを心待ちにしている。それはまるで、珍しい昆虫でも見ている子供のようで、大樹達など全く恐れていない。


 大樹はポーチに手を伸ばし、三つ目、最後の<真転身の種>を掴み取る。掌の小さな種をじっと見つめながら、大樹は何事かを考えるように目を閉じる。


「ほらほら、さっさとそれ使っちゃいなよぉ。君たちのターンだから待っててあげてるけどさ、あんまりダラダラ引き延ばすといい加減攻撃しちゃうよぉ?」


 ヤタガラスが大樹を煽るが、大樹は相変わらず黙考したままだ。無視されたことに少しだけ不満げな様子を見せたヤタガラスだが。別段焦る事も無いと大樹の行動終了を待つ。オスカー達も、大樹を庇うようにしてヤタガラスを警戒する。今の状態で突っ込んでも返り討ちに合うだけだ。現状では、大樹の結論を待つしか無いのだ。


再誕(リバース)


 そして大樹は傍目には淡々とした態度で、真転身の種を握り潰す。オスカー達には非常に長く感じられたが、実際には数十秒程度だろう。そして、大樹は短く一言だけこう呟いた――


「スキルセット――<運命の(リンク・リング)>」


 クオンの時と同じように、大樹達は絶対防御のバリアに身を包まれたが、今度は一瞬で弾けて消えてしまった。バリアが弾けると同時に、大樹を中心に仲間達全員が光の糸のような物で結ばれる。


「な、何だこりゃ!? ……ってマジかよ……おい」

「これは……何と不思議な」

「そうカ、そウダな……」


 光の糸が繋がった瞬間、オスカー達が急に天を仰ぎ、何も無い虚空をきょろきょろと振り返る。オスカー達だけではなく、よく見れば森の影に隠れたオミナエシ達も、驚愕の表情を浮かべた後、各々がまるで見えない誰かに返事をするように頷く。


「……君たちさぁ、僕の事無視して何やってんの? いい加減にしないと本当にぶっ殺しちゃうよぉ? ほら、準備が終わったんならさっさと来いよ、ヒロキ君」

「勿論行かせて貰うよ。僕達『全員』でね」

「分かんない子だねぇ君も。だからさぁ、君以外の非力な連中だと、僕にダメージ通るわけないんだってば」

「ふふん、それはどうでござるかな?」


 急に自信満々になった大樹達を見てヤタガラスが眉を潜める。恐らくあの『産廃』が何かをしたのだろうが、別段何が変わったようにも見えない。しかし念のためと思い、ヤタガラスは警戒しようと防御体勢を取るが、それを見たオスカーが不敵に笑った。


「おーおー、ヒロキ以外だとダメージが通らないんじゃねえの? ビビッてんじゃねえか。だっせぇ奴!」

「そう言ウナよオスカー、所詮こイツは唯の下種。神様気取リに過ぎンのサ」

「君たち……あんまり調子に乗ると、かなーり惨い方法で殺しちゃうよぉ?」

「ヤタガラス、そんなに自分に自信があるなら、もう一度僕達の攻撃を受けてみなよ。最も、未知へ挑戦する勇気なんてあんたに無いかな?」


 大樹達の挑発に顔を引き攣らせながら、ヤタガラスは状況を分析する。多少警戒する必要はあるが、所詮相手はただのゴミの寄せ集め。それに対して自分は何だ。世界を滅ぼした万能生物ヤタガラスではないか。何を恐れる必要がある。その自分に対しこんな不遜な態度を取った連中は完膚なきまで絶望させ、叩き伏せねばならない。


「……いいよ、その代わりゲームは次の僕のターンで終わりだ。脳味噌を引っこ抜いて、あの後ろに下がってる女共も纏めて、ロビーみたいに逆らえない玩具にしてあげよう」


 先程オスカー達が攻撃したのと同じ場所に立ち、へらへらと笑いながらヤタガラスはそう言い放つ。相変わらず道化のような口調ではあるが、その目は据わり、怒りに燃えている。


「そんじゃ行くぜ自称創造主様よぉ! ジジイ共……待ってな、もうちょっとで本物の楽園を見せてやるからよ!」


 オスカーは祈るように目を閉じた後、薬剣を両手で構えて再び起動させる。爆音を放つ薬剣に対し、オスカーは無言で姿勢を低くし、一気にヤタガラスに襲い掛かる。先程に比べて突進速度が上がっているように見えるが、ヤタガラスにとっては誤差の範囲内だ。


「うん、今のは中々のいちげ……がああああああっ!?」


 先程の状況を再現しようと、台詞を先置きしておいたヤタガラスだが、その言葉は絶叫と共に掻き消えた。


「おぐああぁああぁ! うぅうううでぇえ!? 僕の腕ええぇがああぁぁ!?」


 地面には切り落とされたヤタガラスの右腕が転がっていた。オスカーは先ほどと同じ様に首筋を狙ったが、ヤタガラスが一瞬早く右腕を割り込ませたことで首の切断を回避された。激痛と混乱にヤタガラスは支配されるが、追撃を回避するため、殆ど本能のままに十メートルもの距離を一気に後ろに飛んで距離を取る。


「この産廃ぃぃい!! てめぇ一体何をしやがったああああぁあ!!」


 ヤタガラスは苦悶と激怒で顔をぐちゃぐちゃに歪めながら、元凶である大樹を凝視する。大樹は口元を少しだけ歪めると、頭にトントンと人差し指を立てながらこう言った。


「あんたは頭良さそうなのに、意外と想像力が無いんだね。もっとここを使いなよ、ここを」


 先程の意趣返しをされたヤタガラスは、こめかみに怒筋を浮かべ、これまでに無いほど凶暴な表情で大樹を睨み付けた。

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