第31話:芥虫の一撃
「くああぁぁあぁああぁあ!! 離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ! このゴミぃぃいいいいぃぃいいいぃいぃぃぃ!!」
「……覚えておけ創造主とやら! ゴミでもな――燃える事ぐらいは出来るでござるよ!」
べきべきと装甲を剥がされながらゴンベが叫ぶ。最早その鋼鉄の体はボロボロ、ケーブルは千切れ散乱し、スクラップ同然だ。ばぎん、という音と共にゴンベの体が砕け、ヤタガラスは拘束を解くが、大樹達の攻撃を回避するには余りにも遅すぎた。
「「「うおおおおおおおおおおぉぉ!!」」」
「こぉんのぉぉおぉ……ゴミ虫共おぉぉぉぉぉおお!!!」
――突撃する三人と、狂える獣ヤタガラスが衝突し、狂った森の中、凄まじい絶叫が木霊した。
瞬間――凄まじい『爆発』が起こり、大樹達の姿は白煙に包まれた。
「っ……! 何だいこりゃあ!?」
「ひどい臭い……」
遠く離れているオミナエシ達にまで届く程の凄まじい悪臭を放つ、悪魔の霧とも言うべき白い気体が掻き消えると、バラバラに砕けたゴンベと、四肢を投げ出し、地面に死んだように転がる大樹達の姿があった。
「クソッ! 余計な手間取らせやがって……!」
爆心地の中心に立っていたのはヤタガラスだ。ぜいぜいと肩で荒い息をしているが、疲労よりも興奮から来る物のようだ。相変わらず血走った目はしているが、無様に地面に這い蹲る大樹達を見て溜飲を下げる。
「コハルはそこに居なっ!」
「ナエさん!?」
コハルを木陰に隠したままオミナエシは大樹達の元に駆け出す。ヤタガラスが何をしたかは分からないが、とにかく戦闘中の四人が致命的な何かをされたのは確かだ。回復アイテムを持つ自分が何とかしなければならない、無謀だと分かっていてもオミナエシは行かざるを得なかったが、それは自殺行為でしかない。
「おーっとぉ! 戦闘離脱したんだから、割り込みは禁止だよぉ!」
「ぐあっ!」
大樹達から数メートル離れた所まで近づいた、いや、わざと近づかせたオミナエシに、ヤタガラスが残された左腕を伸ばして鞭のように叩きつける。戦闘能力の無いオミナエシにその一撃は余りに重く、一瞬で意識を刈り取られ、大樹達の仲間入りをした。
「やれやれ、火遊びが過ぎたなぁ。腕を治さないといけないけど、その前にぃ……」
ヤタガラスは足元に転がる憎たらしい物体、今や死体同然になった大樹の頭を鷲掴みにし、軽々と片手で自分の顔元まで持ち上げる。
「何をしたか知りたいかい? 知りたいよねぇ? ヒントは君のお仲間の粗大ゴミ君がくれましたぁ! さぁ僕が使った『生命の定義』とは何でしょう?」
心底楽しそうにヤタガラスは笑う。その目はぎらぎらと異様なまでに興奮し、大樹に問いかけているように見えて、自分の逆転劇の素晴らしさを反芻しているだけだ。
「三、二、一、ブブーッ! 時間切れ! 正解はねぇ――『芥虫』でしたぁ!」
自分が狙ったとおりの引っ掛け問題に見事に相手に嵌った爽快感。ヤタガラスは大樹の頭を人形みたいにがくがく振り回しながら熱弁する。
「芥虫なんてひどい名前が付いてるけどさ、いやぁ君、彼を馬鹿にしちゃいけないよ? 数センチ程の小さな体で化学反応を起こして、百度を越える高熱ガスを作っちゃうんだからねぇ! それを僕がやったらどうなると思う? 『ゴミでも燃えることが出来る!』いや全くその通りだよ。君たちをさっきゴミ虫なんて呼んじゃったけど、こりゃあ芥虫君に謝らないと失礼だねぇ……っておーい、聞いてますかー?」
ヤタガラスは自分の機転に酔いしれるように一方的に喋っていたが、目の前の大樹が何の反応も示していないことに今更気が付き、軽い不快感を覚える。折角素晴らしいカウンターが入ったのに、実況者が居なければ盛り上がらないではないか。
「ヒロキさんを……離せええぇえええぇえ!!」
横から聞こえてきた叫び声に、ヤタガラスは目だけをそちらに向け、そして失笑する。森の向こうから存在をすっかり忘れていた小娘――コハルが棒切れを持って突進してきたからだ。
「はいよ、離してあげるよ」
ヤタガラスはまるで野球ボールでも投げるみたいに、軽々と大樹をコハルに向けて放り投げる。お互いの距離は未だに十数メートルはあるが、大樹の体は殆ど一直線に飛んで行き、コハルに衝突する。
「うあぁっ!」
その衝撃に肺から空気を搾り出すような呻き声を上げて、大樹とコハルは絡み合うように地面を転がった。ヤタガラスはその様を喜悦の表情を浮かべながら、交じり合った二つのガラクタに向けてゆっくりと歩み寄る。
「いやぁ無常無情、戦場で男達は散り、女子供は殺され、守るべき国は滅び、美しき故郷の清き流れは汚され……って君、何やってんの?」
下手糞な詩を詠いながら、じりじりと距離を詰めるヤタガラスだったが、目の前の小娘の奇行に眉を潜める。泥まみれになり傷ついた大樹の上に、コハルが自らの体を覆い被せ、守ろうとしていたのだ。ヤタガラスがすぐ傍まで歩み寄っても、コハルは全く逃げようともしない。
「んー、よいしょっと」
道を歩く蟻でも踏むみたいに軽い足取りで、ヤタガラスがコハルの背中を踏みつける。先程は余裕が無かったとはいえ、つい全力で大樹達を吹き飛ばしてしまった。反応が無いのは面白くない、そう考えたヤタガラスは、敢えて力を極限まで押さえ、痛みを与える程度にコハルを蹂躙する。
「うぅぅっ……!」
対するコハルは激痛に顔を顰め、苦悶の表情を作るが、決して体を退けようとはしない。その反応に満足したヤタガラスがさらに追い討ちを掛ける。
「君ねぇ、君のやってる事は何の意味も無い、いや寧ろ邪魔な行為だよぉ? 折角ヒロキ君たちが君を逃がしてくれたのに、今更何の力も無い君が出てきてどうするっていうのさぁ? 君に出来ることはさっさとこの場を離れて、いつか来るかもしれない反撃のチャンスを待って逃げるだけだよ」
「……………………」
「そうだ逃げるんだ! それがいい! 僕が捨てたガラクタの神様のヒロキ君だって、価値が無いと思ってたら、久遠の時を経て、こうして僕の暇つぶしになってくれたんだ。君にだってその可能性がある。可能性、素晴らしい言葉じゃないか。君だけは逃がしてあげよう。そして臥薪嘗胆の心で僕を倒すんだ。どうだ素晴らしいだろう! 君が生きてる間に出来ればだけどね!」
皮肉っぽく呟きながら、コハルを足蹴にしたままでヤタガラスは嗜虐的な笑みを作る。その言葉とは裏腹に、コハルの可能性などまるで信じていないと、その顔にはありありと書いてある。世界の成り立ちを知ったこの小娘が、今後どういう思いで一生を送るのか、単なる人間と比べて、どう反応するのか。虫篭に新しい種類の虫が増える。ヤタガラスにはその程度の認識しかない。
「大体、君の下で蝉の抜け殻みたいになってるヒロキ君を守る必要なんか無いじゃないか。偉そうな事言ってたけどさ、結局はそいつだって、借り物の力で神様を気取ってた奴なんだよ? この広大な世界にちまちま種を植えるだけが関の山さ、この世界からしてみれば、何の役にも立たないゴミ同然の生き物だよ」
「うるさいっ!」
唐突に放たれた怒声に、ヤタガラスは面食らったようにきょとんとした表情になる。そして、自分に対しその言葉を放ったのが、足元で悶えている下等生物だと気付くと、不快感を露わに睨み付ける。しかし、コハルは怯まず、顔だけをヤタガラスに向け、半泣きになりながらも目に強い光を湛えてヤタガラスに言い放つ。
「あんたとヒロキさんが同じ? 馬鹿にしないで! ヒロキさんは……私達は違う! 何でも分かった風に嘲笑って、人から奪った力で自分の世界に篭ったりなんかしない! 何の役にも立たないのは、あんたが勝手に何でもゴミだと決め付けてるからよ!」
「黙れっ!!」
ヤタガラスは余裕の表情を崩し、コハルを踏みにじる足の力を強める。激痛にコハルは短い悲鳴を上げるが、ヤタガラスはコハルの小さな体を何度も何度も踏みつける。コハルの言葉はヤタガラスの最も気にしている部分を的確に突いたのだ。ヤタガラスの力は自分で勝ち取った物ではない。他人から与えられた超常の力を使い、他人が作ったシステムを横から奪い取っただけだ、そして、それをなるべく意識しないように過ごしてきたのに、こんな虫ケラに掘り返された。トンボの羽を毟って遊んでいたら、思いっきり噛み付かれた。弄ぶべき対象に傷つけられた。それが我慢ならない。
「僕がゴミだって!? ああそうさ! 僕は自分じゃ何にもしてないゴミさ! じゃあお前は何だ? 仲間におんぶに抱っこでここまで付いてきて、最後まで何にも出来ない、ゴミ相手に何の役にも立たない、ゴミ以下のゴミじゃねぇか! そんな奴が偉っそうに説教垂れる権利があると思ってるのか!?」
「ううぅ……ぅ……わあああああぁぁぁあぁぁん!」
何度も踏みつけられ、心も体もボロ雑巾のようになったコハルが血を吐くように慟哭する。大粒の涙をぼろぼろと零し、絶望、悔しさ、無念さ、あらゆる負の感情がコハルの心を昏く塗りつぶしていく。
「泣いたってどうにもならないんだよゴミが! それが現実なんだ! この世界も、ヒロキも、僕も、お前も全部ゴミ! ……止めた。君を逃がして暇つぶししようと思ったけど、おめでとう、僕に精神的ダメージを与えたご褒美に、ヒロキ君共々ぶっ殺してあげよう」
ヤタガラスは激情に任せてそう吐き捨てると、踏みつけていた足をもたげ、コハル共々大樹を踏み砕く準備動作を取る。だがヤタガラスの言動は、もはや殆どコハルに届いていない、今のコハルの脳裏には、ある言葉だけが浮かんでいた。
『まぁお前らは若いからまだ分からんだろうが、その時代にはその時代のルールってもんがあんのさ。優れた人間が出した結論には黙って従っておくほうが身のためだぞ』
大樹と初めて出会ったあの日、ガラクタ山で髭の男に投げかけられた言葉だ。その言葉が今になって理解できた。結局、優れた人間でない自分の出した結論は、全部間違っていた。力も無いのに夢を見て、分不相応にも幸せになりたいと思い、何か変わるのではと希望を抱いて大樹に付いていった。そうして進んでいった結果、自分は仲間達とは違う、何の価値も無い存在だと気付かされた。そこで諦めればよかったのに、無様にも大樹に協力を仰ぎ、愚かにも何か出来るようになりたい等と懇願した。どうせ何も出来やしないのに。
そうして無駄な努力を積み上げてきた今、自分に何が出来るのか、矮小な体が踏み砕かれるコンマ数秒にも満たない時間の分だけ、大樹の生命を長引かせるだけだ。その程度の価値しか無い人生だったのだ。それでもコハルは納得せざるを得なかった。間違いなく自分は全力で戦ってきた、それで上手く行かなくても仕方ない。それが自分の精一杯なのだから、これでいいじゃないか。そう自分に言い聞かせ、胸の奥から沸いてくる何かに必死に蓋をする。それに、大樹と一緒に殺されれば、自分も大樹の世界に連れて行ってもらえるかもしれない。運命を受け入れたコハルは黙って目を閉じる。大粒の涙が大樹の頬を濡らした。
「くっ……! このっ……!」
襲い来る痛みを待ち受けるコハルは身を硬くし、最後の瞬間まで大樹を守ろうとしがみ付くが、中々来ない攻撃と、上から響いたヤタガラスの声に疑問を抱き、そして目を見開いた。自分の体の下で意識を失っていた大樹が、ヤタガラスの足を掴み、ぎりぎりと押し返そうとしていたのだ。上に覆いかぶさるコハルを守り、抱きかかえるように両腕を伸ばし、自分達を踏みつける理不尽に抗うように、必死の形相で重圧に対抗する。
「おおおぉぉぉおおおおおおおおっ!!」
「おわっとぉ!」
声も嗄れよと大樹が吼える。ヤタガラスのほうが有利な体勢であったが、完全に虚を突く形で奇襲されたため、ヤタガラスの踏みつけは抵抗空しく弾き飛ばされた。ヤタガラスはバランスを崩し倒れないようたたらを踏み、勢いを殺しながら数メートルほど後退する。そのまま大樹は片腕で地面を掴み、もう片腕でコハルを抱きかかえながら、よろよろと立ち上がる。
「ヒロキさんっ!?」
「コハルさん……大丈夫?」
「私なんかよりヒロキさんが……ヒロキさんが……」
「コハルさん……ありがと」
「え?」
涙声で寄り縋るコハルに軽く礼を述べると、大樹は目の前でにやにやと厭らしく目を細めているヤタガラスを睨み付ける。
「ひゅーう! ヒロキ君、君って意外と熱血系だったんだねぇ。いやいや、まさかあのガス爆発を食らって立つなんて恐れ入ったよ。こりゃあ最後まで油断できないぞぉ。それじゃ君のターンという事にしようか。さぁ、次は僕に何を見せてくれるんだい?」
立ち上がった事に驚いたヤタガラスだったが、大樹のその余りの満身創痍っぷりに余裕を取り戻し、間延びした声で大樹に話しかける。その反面、大樹は内心で舌打ちをする。自分が不利な時はゲームだ何だの言わない癖に、有利だと分かった途端に相手を嘲笑う。こんな男に負けるのだけは絶対に嫌だ。とはいえ、今の瀕死の大樹に出来る事はほぼ無い。気合や根性ではどうにもならない程に体は痛めつけられ、ポーチのアイテムは殆ど非戦闘系の物、隠し玉の<真転身の種>も全て使い切った。文字通り種切れだ。
だがそんな大樹にも、まだ一つだけ出来ることがある。
「そんなに見たけりゃ見せてあげるよ――あんたが価値が無い、下らないと切り捨てた物が、どれ程素晴らしいか!」
大樹は魂のままに叫ぶ。その気迫にヤタガラスはほんの少しだけ鼻白み、コハルは今まで見たことが無い大樹の激昂に驚く。大樹はヤタガラスに向けた怒りの表情とはまるで違う、傷つきながらも出来る限り柔和な表情を浮かべ、片腕に納まっているコハルと目を合わせる。
「コハルさん――君があいつを倒すんだ」




