第7話 速くなった配車表
九月末、リース領主邸の執務室。
いつもなら昼の鐘まで机を塞いでいる配車の確認書が、今朝は茶の冷める前に片付いていた。
「もう全部、確かめたの?」
「同じ数字を、三度書き写す必要はありませんから」
トーマス・リードが帳簿をこちらへ回した。
王都の財務省を辞した彼が、正規の退職証明書を携えて北へ着いて三日になる。着任の面談より、机と帳簿の場所を確認する方が長かった男だ。
勤続加算の停止と守秘義務を確かめた時も、彼は用意してきた収支表を見せた。王都と同じ職級の給与に、住宅と冬季手当。失うものも受け取るものも、計算は済んでいた。
それでもなぜ北を選んだのかと尋ねると、返ってきたのは短い答えだった。
『三年前、私の不正調査の報告を、正式な監査へ回してくださいましたね。あの時のように、数字を読んでもらえる場所で働きたいのです』
平民の報告だからと棚上げされていた、河川工事の資材請求。あれを見つけた日のことを、彼は覚えていた。
今、私の前にある帳簿にも、同じ細かな筆跡が並んでいる。
「倉庫ごとの控えをやめたのですか?」
「いいえ。荷の番号を共通にしました。倉庫、検品、配車で別々の名前を使っていたので、同じ荷物なのかを確かめるたびに手が止まっていたんです」
トーマスが指した行には、三つの確認印が横に並んでいた。
先日、関所で机を一つにした時と似ている。今度は、離れた倉庫同士の記録が同じ番号で繋がったのだ。
「一度書いた重量を使い回して、間違いまで広がりませんか」
「重量を確かめる検品は残します。省くのは転記と照合の重複だけです。訂正した場合は、元の数字も消さずに残す。誰が直したかも分かるようにしてあります」
脇からエレナが、書き損じた控えを一枚差し出した。旧番号の下に新しい番号が併記され、訂正者の名もある。
私は検品書の原本を一枚抜き取り、新しい帳簿と突き合わせた。荷の重さ、届け先、倉庫の空き。三つとも一致していた。
「これなら、次の荷を待たせずに済むわね」
「もう御者へ通行の順を伝えています。午前の便に乗せられますよ」
エレナが窓を指した。
中庭では、書類を待っていた御者が帽子を被り直している。手渡された札を見て一度こちらを振り返り、それから馬の方へ駆けていった。
私が署名するために待たせた荷ではない。任せた仕事が終わり、その先で車輪が動いている。
「では、この方式で進めましょう。移行の間は、古い控えも照合できるよう残しておいて」
「承知しました。次は、一台ごとに細切れで頼んでいる運送契約をまとめたいのですが」
トーマスは、早くも次の紙を広げた。
同じ村へ向かう荷をまとめ、空荷で戻る車を減らす。配車の間隔を揃えれば、倉庫の入口も空けやすくなる。先日の会議でレオンハルトが定めた積載量と、一隊三十台の上限も書き込まれていた。
私は余白へペンを入れ、彼と一緒に便を組み始めた。
*
午後、オズワルドが持ってきたのは、新しい配車表ではなく、去年の支払帳だった。
「女伯様。朝の便は、ずいぶん早く出ましたな」
「ええ。これなら、冬前の荷をもっと通せるわ」
彼は頷いたが、椅子には座らなかった。机の上に支払帳を置き、細かな名前の並ぶ頁を開く。
「こちらには、近隣の村から薪や野菜を運ぶ者への支払いが載っています。どれも小口ですが、この賃金で冬を越す家があります」
私は新しい表と見比べた。
商会ごとに契約をまとめた欄は、以前よりずっと見やすい。だが、その商会が誰に仕事を回すかまでは、この表から読めなかった。
「地元の方を外すつもりはないわ。空いた馬車には、別の荷を振り分ければいいのでは?」
「その荷を、誰が頼むかを決めておかねばなりません。元請けは、速い馬車から選びますからな」
私は、配車表の余白に『地元の小口便を確認』と書いた。
「組合にも聞いてみましょう。まずは、どの家がどの仕事を担っているか教えてちょうだい」
「承知しました」
オズワルドが支払帳を残して退出すると、エレナが次便の確認書を運んできた。高地峠へ送る塩と薬の積み込み枠が、ようやく揃ったという。
私は支払帳に栞を挟み、手の届く脇へ置いた。
先に、今日出る荷を止めないようにしなければならない。
新しい配車表へ向き直ると、余白の一行は、確認書の下へ隠れた。




