第37話 継承会議
「――断じて、看過できるものではありません!」
十二月六日。重厚な扉に閉ざされた王宮の最高会議室で、ベルク宰相の息のかかった派閥の議員が、顔を真っ赤にして叫んでいた。
この日は、エドガー国王陛下が主催する臨時の『王位継承会議』。王都の冬を揺るがした備蓄隠蔽問題の責任の所在を明らかにし、王族および重臣の処遇を決めるための極めて重要な場だった。
だが、追い詰められたベルク派の議員は、起死回生の反撃として、召喚者席に座る私に矛先を向けてきた。
「外部監査人という中立であるべき立場を悪用し、リース女伯は自領の『北ルート共同事業』へ巨額の国費を誘導したのです! 六百三十トンの不足に対し、彼女が手引きして買い付けた総量は八百二十八トン! これは明確な過大調達であり、国庫を食い物にする私腹を肥やすための企みだ!」
議場がざわめく。
八百二十八トン。それは、救恤局が十一月一日から二日に国内大商会から緊急買付した百八十トン、私が北から送った既存在庫の百八トン、そしてハルヴァルト商会から大口買付した五百四十トンの合計数字だ。
私は彼らがその数字の表面だけをすくい上げて攻撃してくることを、完全に予期していた。
隣の席でレオンハルトが微かに眉をひそめたが、私は彼を視線で制し、ゆっくりと立ち上がった。
「議員のお言葉ですが、事実の前後関係が著しく歪曲されておりますわ」
私は手元に用意していた書類の束を、国王陛下の御前、そして議場の各席へと配布させた。
「第一に、私が王太子府の外部監査を終了し、不足規模と責任の所在を報告したのは『十一月一日・十八時』です。この報告書には、特定の調達先の推薦は一切記載しておりません。……救恤局が北ルートを輸送事業者に選定したのは、私が一切の行政権限を手放した翌日の『十一月二日』、西方海路組合と国内大商会を含む『三者事前見積もり』の結果に基づくものです」
各議員が、エミール次官補が記録した厳正な選定記録に目を通す。そこには、他二者の失注理由――「冬嵐による初着の遅れ」と「緊急買付供出による大口数量不足」が明確に記されていた。
「第二に、費用の妥当性について。北ルートで調達した五百四十トンの総費用は、緊急穀価での買付八万一千銀貨と、低地回廊の輸送費一万六千二百銀貨を合わせた『九万七千二百銀貨』です。平時であれば五万九千四百銀貨で済むため、一見すると不当に高額に見えるかもしれません」
「平時との差額は、すべて冬の輸送費なのか」
財務大臣の問いに、私は内訳を示した。
「いいえ。穀物自体の値上がりが二万七千銀貨、輸送費の増分が一万八百銀貨です」
私は議場を見渡し、はっきりとした声で告げた。
「ですが、冬季の低地回廊という過酷な代替路を使わざるを得なかった純粋な輸送の割増分は、わずか『一万八百銀貨』に過ぎません。これほどの低コストの割増で、配給の空白をこれ以上広げない期日に間に合う手段が、他に存在したとでもおっしゃるのですか?」
議場は静まり返った。反論の余地のない、残酷なまでの数字のロジックだった。
「第三に、過大調達とのご批判について」
私は最後の一枚、在庫推移と段階配給表を提示した。
「調達した八百二十八トンから不足分の六百三十トンを引いた、百九十八トンの上積み。これを全量、不要な余剰とは呼べません。大口便が到着し、南部の平時商流が回復する十二月十日まで、本来の四十五日計画を延長し、段階配給で食い繋ぐために消費される必須の量です」
「四十五日計画は、いつまでだったのだ」
議長が尋ねた。
「十月二十日から十二月三日までです。輸入港の滞貨整理と南部の入荷が通常量へ戻るのは十二月十日。救恤局が商会の納入確約を集めて確かめた日です。その間の七日間を、追加で繋ぐ必要がありました」
私は配給簿と納入確約書を並べた。
「通常なら七日で四百四十一トン。その一方、十一月二十日以降の配給削減で三百二十四トンを節約します。上積み百九十八トンに三百二十四トンを足し、延長分四百四十一トンを引く。残りが八十一トンです」
議員たちは、その精緻な計算式に見入った。
「十二月十日の時点で残る見込み在庫は、わずか『八十一トン』。これは王都の一日分の冬季安全在庫である六十三トンと、来春に向けた恒久交易の初回試験在庫となる十八トン――荷馬車一便分に振り分ける計画です。いずれも王国の在庫のまま、無償で私たちへ移すものではありません。入荷と配給の実績は日々照合し、欠損が出れば試験分から安全在庫へ戻します」
議長席の横で、財務大臣が「……完璧な計算だ」とため息のように漏らした。
利益誘導の疑いは完全に晴れ、告発を行った議員は力なく座り込んだ。
私が着席すると、エドガー国王陛下が重々しく立ち上がった。
「リース女伯の潔白は証明された。……さて、残るは真の責任の所在であるな」
国王の冷徹な眼光が、青ざめたベルク宰相と、項垂れるアルベルト王太子を射抜いた。
「ベルク侯爵。度重なる派閥工作への予算流用、および意図的な表示単位変更による備蓄不足の隠蔽指示。これらは国家の根幹を揺るがす大罪である。よって、本日をもって宰相職を罷免し、司法審査へと移行する」
ベルクは何も言わず、近衛兵に両脇を固められて議場から引き立てられていった。
「そして、アルベルト」
国王の声が一段と厳しさを増した。
「行政の長としての政策責任、現場の混乱を見抜けなかった監督不全、そして事実の隠蔽を是認した罪。これは次期国王として到底看過できぬ過ちである。よって……余の権限において、お前の『王太子位の暫定停止』を命ずる」
議場に、息を呑む音が響き渡った。
「この暫定停止は、のちほど枢密院の審議と貴族院の追認をもって正式なものとする。停止期間中、王位継承順位の第一位はセドリックへ移すものとし、アルベルトの復位には、枢密院の再審議、貴族院の再決議、そして余の裁可を必須とする」
それは、実質的な廃嫡にも等しい、極めて重い処分だった。
アルベルト殿下は顔を上げず、「……御意に」とだけ、掠れた声で答えた。
*
王位継承会議から、四日が経った十二月十日のこと。
私は王都の南東集積所の近くを、馬車で通りかかっていた。朝の検収で最後の四便も揃い、三十便五百四十トンの納入が完了したと聞いた帰りだった。
窓の外の雪景色の中に、荷下ろしの作業に汗を流す男たちの姿が見えた。その中の一人に、私は目を留めた。
華美な王族の衣装を脱ぎ捨て、粗末な防寒着を身に纏い、無名の作業員たちに混じって重い麻袋を担ぐ青年。アルベルトだった。
彼は慣れない重労働に何度も膝を折りそうになりながらも、決して袋を落とさず、泥にまみれて倉庫へ麦を運んでいる。彼がかつて机の上で軽視し、誰でもできると切り捨てた『現場の見えない仕事』を、彼自身の手と体で知ろうとしているのだ。
そして、その近くの慈善現場では、本人の願いで監督官を辞し、現場の連絡役となったロザリー・ベルナールが、子どもたちに温かいスープを配りながら、本来の彼女らしい柔らかな笑顔を見せていた。
それで責任が消えるわけではない。けれど、少なくとも今日の彼らは、自分の手で仕事をしていた。
私は御者に停車を頼み、院の門で声をかけた。ロザリーは私に気づき、中へ招いた。約束していた二日間の記録が、小さな机の上にあった。
夜の食事を抜いた子が、翌朝も空の椀を持って並んだこと。根菜を煮た汁を先に子どもへ回し、老人たちが自分の分を引いたこと。体調を崩した二人には、今も医師が通っていること。私は途中で言葉を挟まず、最後まで聞いた。
帰り際、彼女は残量と受領時刻を記した控えを渡してくれた。私はそれを配送表と共に保存し、救恤局にも記録を残す許可を得た。
馬車へ戻ると、レオンハルトが封書を取り出した。
「……王宮への出頭要請だそうだ。ヴィクトリア」
馬車の中で、私の向かいに座るレオンハルトが、一通の封書を差し出した。
「国王陛下からだ。……すべてが片付いた今、ついに君を呼び戻す気らしいな」
王宮の混乱が完全に収束した今。
私は、すべての因縁の始まりである、あの王宮の大広間へと向かうことになった。




