第19話 帰還命令
塔電の第一報から五日後、宰相府が議会に提出した勅令案の写しがリースへ届いた。
トーマスは末尾の名簿を開き、自分の名前に指を置いた。
「過去三年以内に退職した元官僚へ、半年間の帰還と業務支援を命じる案です。軍務や機密職のように、退職後も義務が残る者と、私たち文官が同じ名簿に入っています」
「その区別をしないまま、全員を呼び戻すのか」
レオンハルトが身を乗り出した。トーマスは頷き、別の条文を示す。
「しかも、帰還者には王国勤続加算の再開を認めるとあります。戻れば、恩給の算定に使う年数をまた積める」
エレナのペンが止まった。
私は名簿を追った。書記官、財務官、倉庫会計。見慣れた名の間に、アデル・モランもある。
父親の検査のために王都へ戻る道と、ここで働き続ける道。彼女は移住前にも、その二つを比べたはずだ。
「もし通れば、私たちは連れ戻されるのですか」
エレナの問いに、私は勅令案の表紙を戻した。
「まだ案の段階です。けれど、通らないだろうと放置はできません。トーマス、各人の退職証明と服務条件を確認しましょう。残る義務のない人まで一括で命じる根拠があるのか、法務官へ照会します」
「女伯様。公爵家の保護下にあると宣言すれば、中央も容易には手を出せないのでは」
オズワルドの提案に、私は首を横に振った。
「新しい家門に属さなければ自由を守れない、という形にはしたくありません。領主として正式に異議を申し立てます。それとは別に、王都へ戻りたい方の手続きも用意してください」
「……戻る方の手続きも、ですか?」
エレナが顔を上げた。
「ええ。国家から強制されることと、自分で戻ることは別です。家族の治療や将来のために王都を選んでも、その人を責める理由にはなりません」
名簿には、昨日まで頼りにしていた人たちの名前が並んでいる。何人抜ければ、どの倉庫が止まるか。考えかけて、私は指を離した。
「戻る人には退職と引っ越しの手配を。残る人には法的な支援を。どちらを選んでも使える窓口にします」
トーマスが白紙を取り出し、必要書類を二列に分けて書き始めた。オズワルドも、家族住宅を退去する場合の精算条件を脇へ記した。
エレナはしばらくそれを見てから、自分のペンを持ち直した。
「窓口には、私も入ります」
「ありがとう。ただ、あなた自身のことも、急いで決めなくていいのよ」
彼女は小さく頷いた。
*
午後、職員たちに勅令案の写しと相談窓口を知らせると、倉庫の休憩室はいつもより静かになった。
退職時の証明を確かめる人、家へ相談に帰る人。名簿を持つ手が止まっている人もいる。
窓口の準備を見に行った私の前へ、アデルが進み出た。
「家族住宅を途中で解約したら、違約金はかかりますか」
私は用意した条件表を彼女へ渡した。
「退去までの使用料だけです。次の入居者を見つける義務もありません」
「……そうですか」
アデルは紙を折り、鞄へしまった。
私は理由を尋ねなかった。戻ると決めたのか、ただ確かめたかったのか。それは、彼女から話してくれるまで待つことにした。
アデルが仕事へ戻った後、隣にいたレオンハルトが口を開いた。
「もし倉庫の人手が減れば、輸送の組み方も変える。人数が分かったら教えてくれ」
「ええ。ありがとう」
私たちが組み直すべきなのは、彼女たちの人生ではなく、残った人数で回せる仕事の方だった。
夕刻、執務室へ戻ると、王都からの急使が待っていた。
差し出された封書には、王太子府の公印ではなく、私信に用いる王家の封蝋が押されている。
差出人は、アルベルト・アルディア。
部下たちの選択を待つ私に、今度は私自身への手紙が届いた。




