↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄ですか。では、明日からの決裁はお任せします~北の領地で辺境伯と交易を始めたら、王宮から戻れと言われました~  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/24

第15話 関税という嫌がらせ

「……見事なまでの狙い撃ちですわね」


 リース伯領の執務室。私は王都の商務省から届いたばかりの『関税区分の見直しに関する通達』を机の上に放り投げた。


 通達には「一部地域の輸送事業に対する優遇を是正し、公正な競争を促すため」というもっともらしい理由と共に、北ルートを通過する商流に対する通行税の大幅な引き上げが記されていた。


 特に悪質なのは、その課税対象だ。


 現在、ハルヴァルト国境の交易都市を経由して、私たちのルートには小口の輸入品が入り始めている。ライ麦、麻布、そして冬の保存食となる乾酪などだ。今回の新関税は、見事にそれらの品目を高税率区分へと放り込んでいた。


「表向きの理由は完全に合法です。正面から『嫌がらせだ』と抗議の使者を出したところで、ベルク宰相は涼しい顔で法規を盾に突っぱねるでしょうね」


 同席していたレオンハルト辺境伯が、不快げに眉をひそめた。


「だが、この税率をそのまま被れば、ハルヴァルトの商人たちは利益を出せなくなる。せっかく流れ始めた小口の商流が止まり、彼らが別のルートへ流れてしまえば、冬の市場は冷え込むぞ」


「ええ。宰相の狙いはまさにそこです。私を直接罰するのではなく、私が育てようとしているこの道そのものの採算を悪化させて、干上がらせる気でしょう」


 共同事業の恒久認可を保留にした上で、税金だけを上げる。王太子府で六年働いた私には、彼らのやり口が手に取るように分かった。


 重い沈黙が落ちた執務室で、ポン、と乾いた音が響いた。


 財務官のトーマスが、分厚い古文書の束を机に置いた音だった。


「ヴィクトリア様、ご下命の通り、過去五十年分の交易憲章と関税の特例区分を洗い出しました。宰相府のやり口は狡猾ですが……法には必ず抜け道があります」


 トーマスは目の下に濃い隈を作りながらも、その瞳には数字の鬼としての鋭い光を宿していた。


 私が彼に求めたのは、抗議文の作成ではない。「合法的な回避ルート」の探索だ。


「この第七条の第三項を見てください。今回の通達で高税率となったのは『未加工のまま領境を越える大袋の穀物および麻』です。ですが、同じ品物でも、手前で規定量に小分けし、防湿処理を施した生活用の製品として申告すれば、生活必需品としての軽減税率が適用される古い判例が生きています」


「……つまり、関所を通る手前で、荷の形態を変えてしまえばいいのですね?」


「その通りです。ただの税逃れと指摘されないよう、今回税率が変わったのは輸入時の国境税ではなく、リースから南へ出す際の領境通行税です。国境税は従来どおり納め、南の関所より手前のリース領内で実際に加工する契約を結べば、法的には完全に白です」


 トーマスの弾き出した完璧な論理に、私は目を輝かせた。


 私一人の知識では、古い判例まで遡ることはできなかっただろう。優秀な専門家が自らの意思でここにいてくれることが、どれほど心強いか。


「素晴らしいわ、トーマス。これなら関税の直撃を避けられます」


 私はすぐさま白紙の契約書を引き寄せ、猛烈な勢いでペンを走らせた。


 ただ税を逃れるだけでは足りない。転んでもただでは起きないのが、政策調整官の流儀だ。


「オズワルド。領内の木材組合の代表を呼んでちょうだい」


「木材組合を、ですかな?」


 控えていた代官のオズワルドが首を傾げた。


「ええ。ハルヴァルトから来る麻袋の荷を小口に分割し、『加工』の要件を満たすために、木箱への詰め替えと防湿梱包を行います。その梱包材となる木箱の製造と緩衝材の手配を、地元の木材組合に発注するのです」


「おお……なるほど! 荷の分割作業自体が、地元の新しい仕事になるわけですな!」


 オズワルドがパッと顔を明るくした。


 私はさらにペンを走らせる。


「それだけではありません。移住者が急増したことで、空き家改修用の建材と冬薪の消費ペースが上がり、備蓄が逼迫していましたよね。祭りの朝に確保した伐採枠の中で、建材を先に切り出し、その端材を梱包と薪に振り分けます。乾燥済みの冬薪は既存在庫から先に納めてもらう。この条件で、地元木材組合へ冬薪と建材の追加分を優先発注する『一括契約』を結びます。これにより、輸入品を素通りさせるのではなく、地元に仕事とお金が回る恒久的な仕組みに変えてしまうのです」


 秋祭りの前夜、共同食堂で気づいた、薪の枯渇という不安要素。


 ベルク宰相が仕掛けてきた関税の嫌がらせを利用し、その課題を一気に解決するスキームが出来上がった。


「トーマス。この契約書を各商会と木材組合へ回して。明日の朝一番から、新しい課税区分での申告に切り替えます」


「承知いたしました。……宰相府の連中が数字の報告を見てどんな顔をするか、今から楽しみですね」


 トーマスは口元に薄い笑みを浮かべ、足早に退出していった。オズワルドも意気揚々と地元組合の招集へと向かう。


 執務室に残されたレオンハルトは、呆れたような、それでいて深い感嘆を含んだため息をついた。


「王宮で怒鳴り合うこともなく、ただ机の上で紙の束を組み替えただけで、中央の嫌がらせを完全に無力化したか。しかも領地の利益まで生み出して」


「怒鳴っても一銭の得にもなりませんから。私は与えられた条件の中で、最適な数字のパズルを組んだだけですわ」


「……敵に回したくない女だ」


 レオンハルトの口調は呆れていたが、その目には確かな信頼の光があった。


 *


 数日後。


 王都の宰相府では、北ルートからの税収が想定の半分以下に留まっている報告書を見て、ベルク宰相が苦虫を噛み潰したような顔をしていたことだろう。


 だが、私たちの勝利も完全なものではなかった。


 関税の直撃は避けたものの、王都の商務省は依然として「ヴァルグレン=リース北ルート共同事業」の恒久認可を保留にしたままだ。


 法的な後ろ盾が不安定なままでは、大きな信用は得られない。


「……ヴィクトリア様、辺境伯様。関税の工夫には感謝いたしますが、これ以上王都の横槍が入って手続きが煩雑になるようでしたら、運送コストが見合いません」


 ハルヴァルト国境からの小口交易を担う商会代表のマティアス・ローヴェンが、関所での視察中に重い口を開いた。


 彼は義理や人情で商売をする男ではない。採算が合わなければ、明日にでも別のルートへ鞍替えする冷徹な商人だ。豊作で滞留している自国のライ麦や乾酪を売りさばくために北ルートを利用しているが、手間に見合わないと判断されればそれまでだ。


「……ご懸念はもっともです、マティアス殿。王都の政治に振り回されず、確実に利益を出せる輸送の『速度と安さ』を、私たちが保証しなければなりません」


 私が苦渋の表情で答えたその時だった。


 傍らで商人とのやり取りを聞いていたレオンハルトが、静かに、だが爆弾のような提案を口にした。


「ならば、うちの軍用路を限定的に民間開放しよう」


「えっ……?」


 私とマティアスは、同時に辺境伯の顔を見上げた。


 軍用路の民間開放。それは、荷馬車の移動日数を劇的に短縮させる究極の効率化であると同時に、国境防衛の要である軍の負担を跳ね上げる、諸刃の剣だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。