パンチ無き「富ちゃん」の宣戦布告
山本部長の「悪魔の講義」は、単なる嘘のつき方ではありませんでした。それは、相手の心の隙間にスッと入り込む「人たらし」の極意。
私は、その術中にハマっている自覚を持ちつつも、このパンチパーマの怪人に、不思議な魅力を感じ始めている自分に気づくのです。
「……不動産の世界は、みんなこんなもんや」
部長のその言葉は、諦めとも誇りとも取れた。騙して売っているような後ろめたさは消えない。けれど、縁あって飛び込んだこの「伏魔殿」で、何もなさずに逃げ出すのも尺に触る。
私は、自分なりの答えを見つけるまで、この泥沼にどっぷりと浸かってみる決意を固めた。
「どや、富ちゃん! 話聞いて、パンチパーマ当てる気になったか?」
部長が、期待に目をギラつかせて聞いてくる。
「部長……やっぱりパンチは当てません。どうしてもと言うなら、もう辞めるしか……」
私の固い決意に、部長は拍子抜けしたように肩をすくめた。
「……まあ待てや。そう言うやろなと思て、富ちゃん用の営業方法、考えといたから」
「私……用?」
「そや! とりあえず、最初は客と必要以上のことは喋るな。ムスッとしとけ」
「えっ、ムスッと、ですか?」
接客業にあるまじきアドバイスに、私は目を丸くした。
「そや。客に『なんやこの愛想の悪い若造は』と思わせるんや。一軒目の案内が終わる頃まで、徹底的に鉄仮面を貫け。……そしてな、一通り見終わったタイミングで、客の子供の話を振るんや」
部長の口角が、意地悪く吊り上がる。
「さりげなく質問して、子供を褒めちぎれ。『賢そうですね』でも『元気ですね』でもええ。適当に話を合わせて……その時や! その時初めて、富ちゃんのその『かわいい笑顔』を出すんや!」
私は思わず自分の頬を触った。
「そしたら客はコロッといきよる。『愛想悪いと思ってたけど、子供好きのええ青年やないか!』とな。ギャップで『ええ人』が何倍も強調されるわけや。親っちゅーのは、子供を褒められたら悪い気はせんもんやからな」
「……もし、子供がいなかったら?」
「その時は主人の職業を聞いて、そこを褒めちぎれ。あとはさっき教えた通りや。……わかったか?」
「はい、わかりました。……でも部長、僕のためにそこまで考えてくれてたんですね。ありがとうございます」
柄にもなく、まっすぐに礼を言うと、部長は一瞬だけ呆気に取られたような顔をした。そして、すぐに顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「あ……あほっ! 改まって礼なんか言うな! 照れるやないかいっ!」
その狼狽ぶりは、まるで悪巧みが見つかった子供のようだった。
(ああ、この人は……本当に、見かけによらず優しい人なんだな)
恐怖と不信感から始まった一ヶ月。
いつの間にか私は、この「パンチパーマの教育者」のために一肌脱いでやろうか、という熱い気持ちを抱き始めていた。
……ん?
ちょっと待てよ。
「第一印象を最悪にして、後から優しさを見せて、相手を心酔させる」……。
これって、今まさに部長が教えてくれた「ギャップの魔術」そのものではないか?
「(……まさか、これも部長の作戦か!?)」
私は、鏡に映る自分のリクルートカットを見つめながら、背筋がゾクっとするのを感じた。
よいこ不動産守口支店。
そこは、一筋縄ではいかない「愛すべき怪物たち」が棲まう、底なしの迷宮だったのである。




