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悪徳不動産  作者: Estate-K
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十時十分の自尊心(プライド)

 見た目は昭和の任侠映画、しかしその中身は驚くほど繊細なホスピタリティ。山本部長の「ギャップ萌え戦略」は、ついに具体的なタクティクス(戦術)へと踏み込んでいきました。


 「ええか、よう聞けよ。まずは案内する車や。常にピカピカ、車内はチリ一つない状態にしとけ」


 部長の言葉に、私は外に停まったあの黒塗りのスモークガラス・クラウンを思い浮かべた。一見すると近寄りがたい「威圧感の塊」だが、確かにいつ見ても鏡のように磨き上げられている。


 「客を乗せる時は、後ろのドアをサッと開けて元気よく『どうぞー!』や。閉める時も『ドア閉めます、いいですか?』と声を掛ける。……そしてな、ここが肝心や。運転席に座ったらシートベルトをサッと締め、ハンドルは十時十分の位置。間違っても片手運転はするな!」


 「は、はい……十時十分ですね」


 想像してみてほしい。パンチパーマにダブルのスーツ、鋭い眼光の男が、教習所の優等生のように背筋を伸ばし、両手でハンドルを握っている姿を。

 そのシュールな光景こそが、部長の狙う「ギャップ」の核心だった。


 「運転はスムーズに。早すぎず、遅すぎずや。昔から運転の下手なヤツは、契約率が悪い。これは真理やで」


 部長の言葉には、長年の現場で培われた重みがあった。


 「物件に着いたらまたサッと降りてドアを開ける。鍵を開けたら、まずはお客さんを先に上がらす。その時、脱ぎ捨てられた靴をきちっと揃えるんや。それから素早く全部の窓を開ける……」


 「そこまで……。まるで執事みたいですね」


 「そうや! ここまでくれば、客の心理は『この人は怖そうやけど、実はいい人で、しかもきっちりした人やねんなー』と、印象が赤マル急上昇ちゅーやつや。……どうや、富ちゃん。学問みたいやろ?」


 「はい。ただの不動産屋だと思っていましたが、深いです」


 私が正直な感想を漏らすと、部長は少しだけ寂しげに、しかし誇らしげに笑った。


 「……富ちゃん、なぜここまで細かくやるか分かるか? うちみたいな知名度もない『よいこ不動産』が、住○不動産や三○不動産みたいな超大手と真っ向勝負しても勝てるわけがないんや」


 「大手の営業マンを見てみ。看板があるから、客に対して横柄な態度をとる奴もおる。もしワシらが同じ態度をとってみぃ。『やっぱり不動産屋はガラの悪い連中や』と思われるだけで終わりや。だからこそ、ワシらは大手よりも、誰よりも、細かいところに気ィ使わなあかんのや!」


 私は、この「よいこ不動産」というふざけた名前の会社が、なぜこの地域で生き残っているのか、その理由の断片を見た気がした。


 「なるほど、納得です。大手にはない『きめ細かさ』で勝負するんですね」


 「おう。せやけど、ここからが本当の勝負やで、富ちゃん」


 部長は身を乗り出し、机を指先でトントンと叩いた。


 「『いい人』ときて、『きっちりした人』。その次に来るのが、真打……『頼りがいのある人』や!」


 「いい人」だけでは、ただの優しいおっさんで終わる。「きっちり」だけでは、真面目な便利屋で終わる。


 不動産という「人生最大の買い物」を預けるにふさわしい「頼りがい」とは一体何なのか。部長の講義は、いよいよ核心へと迫っていった。

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