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悪徳不動産  作者: Estate-K
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ギャップの魔術と「きっちり」の罠

 入社から一ヶ月。ついに実戦への扉が開こうとしていた。

 しかし、その扉の鍵を握っていたのは、不動産実務の知識ではなく、山本部長による「悪魔の心理学講義」だったのです。


 「なぁ、富ちゃんもそろそろ案内したいやろ?」


 山本部長のその言葉に、私の心臓は跳ね上がった。


 「はいっ! したいですー!」


 食い気味に返事をした私を、部長はパンチパーマの奥に潜む鋭い眼光で見つめ、ニヤリと笑った。


 「ヨッしゃー! そしたら、今から『顧客心理』の勉強しよか」


 ……顧客心理? 難しい経済学の話だろうか。身構える私に、部長は突拍子もない質問を投げかけてきた。


 「富ちゃん、最初ワシを見たとき、どー思った? 正直に言いや」


 私は言葉に詰まった。正直に言えば「人生で関わってはいけないタイプの人種」だと思ったが、そんなことを言えば窓の外に放り出されかねない。


 「いや〜……正直に言えとおっしゃいましても……その……」

 「いかつい、ヤクザみたいなおっさんやのぉ〜と思ってたやろ?」

 「い……いや……はい、怖かったっす……」


 白状した私に、部長は満足げに頷いた。


 「今はどうや」

 「気さくで、すごくいい人だなあ……と。あ、見かけによらず! すいません!」


 部長はタバコの煙をくゆらせながら、哲学者のような顔で語り出した。


 「ええか、富ちゃん。もしワシが最初から七三分けの真面目な格好をしていたら、お前は『この人いい人やな』なんて思わへん。真面目そうな奴が真面目なのは当然やからな」


 確かにそうだ。期待値がゼロなら、加点はされない。


 「しかし、ワシみたいに第一印象が最悪やったら、客はまず『コワー!』と思うわな。そこでちょっと優しくしてみぃ。『ああ、この人は怖そうやけど、実はいい人なんや!』と、普通の百倍『いい人』が強調されるわけや!」


 私は思わず膝を打った。


 「なるほど……! 真面目だと『いい人』が目立たず、ガラが悪いとそれを逆手にとって『いい人』を爆発的に演出できる。それで部長はわざとガラを悪くしてるんですね!」


 「誰がガラ悪いんじゃ! ちょーしこいとったら、あかんど!」

 「す、すいませーん!」


 一瞬で元の「怖い部長」に戻った彼を見て、私は身を持ってその落差ギャップの威力を体感した。


 「そしてな、富ちゃん。『いい人』が強調できたら、次のステップや。次は『きっちりした人』を強調するわけや」


 「はぁ? きっちりした人……?」


 パンチパーマでダブルのスーツ。その姿から「きっちり」という言葉ほど遠いものはない。

 だが、部長の表情は真剣そのものだった。


 「ええか。見た目がこんなんやからこそ、仕事の中身で『きっちり』を見せる。その落差でお客はコロッといくんや。……富ちゃん、お前、仕事で一番大事な『きっちり』が何か、わかるか?」


 私は言葉に詰まった。正確な査定? 迅速な書類作成?

 部長は机の引き出しから、一冊の分厚いファイルを取り出した。


 「これから教えるのはな、客の信頼を根こそぎ奪い取る『きっちり術』や」


 パンチパーマの怪人が説く「きっちり」。

 それは、単なるマナーやルールの話ではない、もっと泥臭く、もっと計算高い、この業界を生き抜くための「武器」の話へと繋がっていくのだった。


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