案内という名の「心理戦」
来店したお客様は横田課長のペースで話が進み、いよいよ物件の案内と言うことになりました。
「どや! 富ちゃん、横田課長の案内の運転手するか?」
山本部長の鶴の一声に、私は二つ返事で頷いた。
あの「嘘八百」を平然と並べ立てる横田課長が、外でどんな営業を見せるのか。恐怖半分、興味半分。私はすぐに駐車場から黒塗りのクラウンを回し、店の前に横付けした。
「どうぞー! 足元お気をつけて!」
店から出てきた横田課長は、まるでホテルのドアマンのような軽やかさで後部座席のドアを開ける。助手席に滑り込んだ彼は、シートベルトを締めながら、私に優しく微笑みかけた。
「さあ富山君、行こうか」
(……気味悪う〜!)
事務所でのあの怒声が嘘のような「紳士面」に、私はハンドルを握る手が少し震えた。
一軒目、二軒目、三軒目……。
案内する物件はどれもこれも、素人目に見て「ハズレ」だった。
「いやぁ……横田さん、この家は古くて汚すぎますよ」
「その代わり、価格はこれ以上ないほど魅力的でしょう?」
「いや、いくら安くてもこれはちょっと……」
横田課長は深追いせず、「じゃあ、次行きましょうか」と淡々と次の物件へ誘導する。だが二軒目は一軒目より二百万円も高いのに、広さがわずかにマシな程度。三軒目に至っては、お客様も「ふーっ」と隠しきれない溜息を漏らしていた。
(こんなボロ物件ばかり見せて、本当に売る気があるんだろうか……?)
私はバックミラー越しに、沈み込んだお客様の表情を見て不安になった。このままでは「今日はいいのがなかったですね」で終わってしまう。
「いい物件がないですね……」
お客様のその言葉に、横田課長は寂しげに肩を落としてみせた。
「いま残っているのは、これだけなんです。いい物件は足が早いですから。変な物件ばかり残ってしまうんですよ」
お客様の顔に「諦め」の色が濃く漂う。
「そうですか……じゃあ、またの機会にということで……」
「……そうですか。残念です」
横田課長は一度、引き下がるフリをした。しかし、そこからが彼の真骨頂だった。
「あ、でも一応、念のために会社に電話してみますね。タッチの差で新しい情報が入っているかもしれませんから」
彼はポケットから携帯電話を取り出すと、手慣れた手つきでどこかへ発信した。
「あ、もしもし、横田ですけど。何か新しい物件、出てないですか?……えっ!?」
横田課長の目が見開かれる。その演技力たるや、アカデミー賞ものだ。
「ある? 今、寝屋川支店から情報が出たばかり!? ほう……ほう……! それは、めちゃくちゃええ物件ですやん! 場所は……? うん、うん……わかりました! 今からすぐ向かいます!」
電話を切った横田課長が、興奮を抑えきれないといった様子で後部座席を振り返った。
「お客さん、運がええ! 今、本当にたった今ですよ。寝屋川の支店から、まだどこにも出してない『掘り出し物』の情報が入りました。場所も条件も、お客さんの希望にピッタリですわ!」
私はハンドルを握りしめたまま、心の中で毒づいた。
(……出た。「テンプラ」や!!)
三軒の「クソ物件」を見せられ、絶望のどん底に落とされたお客様。そこへ差し込まれた、たった今届いたという「奇跡の情報」。
お客様の目が、先ほどまでの濁った色から、期待に満ちた輝きへと変わっていくのがバックミラー越しにもはっきりと分かった。
「……富山君、急いでくれ! 他の営業に取られる前に、一番乗りするぞ!」
「は、はいっ!」
私はアクセルを踏み込んだ。
嘘か真か。横田課長が仕掛けた「最高の獲物」が待つ場所へと、黒塗りのクラウンは加速していった。




