虚構のオーケストラと、横田の独壇場
「テンプラ」という言葉の響きからは想像もつかない、あまりにも不純な(?)演出。私は受話器を持ったまま固まっていました。しかし、応接室から漏れ聞こえてくる会話は、そんな私の戸惑いなどお構いなしに、さらにデタラメの極致へと突き進んでいったのです。
「テンプラや、テンプラ! 早よ電話取らんかい!」
平山さんに急かされ、私はおそるおそる受話器を耳に当てました。ツーツーという無機質な発信音。しかし、周囲の先輩たちは違います。
「はい! 毎度ありがとうございます! ああ、あそこの更地、1億円で決まりましたか!」
「いやぁ、タッチの差でしたね! また次探しましょう!」
まるで大劇場の役者です。会社の電話から会社の番号を叩き、自分で鳴らした電話に出て、見えない相手と億単位の商談を繰り広げる。事務所内は、嘘の成約報告が飛び交う「虚構のオーケストラ」状態。
「(こんな古典的な芝居に、本当に騙される人がいるのか……?)」
私は疑念を抱きつつも、応接室のやり取りに全神経を集中させました。そこでは、あの「パンチパーマの魔術師」こと横田課長が、お客様を相手に恐るべき口八丁を展開していたのです。
「……はい、おかげさまで。特にうちは物件保有数じゃ地域一番ですから。まあ、この界隈だけで十店舗は展開してますからねぇ」
耳を疑いました。十店舗? 実際は五店舗です。倍に増やした。
さらに横田課長の舌は滑らかに回転を上げます。
「なんせ、うちは創業四十年の老舗ですから。地元の人間で『よいこ不動産』を知らんかったら、そらモグリと言われますわ、ガハハ!」
創業四十年? 本社で聞いた話では、せいぜい十年前後のはず。すると、意外にもお客様が鋭いツッコミを入れました。
「え、四十年ですか? でも、看板の免許番号、(2)になってましたけど……」
不動産業界の免許番号のカッコ内の数字は、営業年数を示すバロメーター。 (2)といえば、せいぜい六年かそこらのはず。私は「さあ、どう切り抜ける!」と息を呑みました。しかし、横田課長は微塵も動じません。
「ほう、お客さんお詳しい! いや実はね、先代の会長が個人で細々とやってた時期が長くてね。法人化した時に番号がリセットされたんですわ。……ほんまなら今頃(13)番、いや(14)番くらいになってる計算ですわ。歴史の重みがちゃいますねん」
(13)番……。もはや戦後すぐからやってるレベルの嘘です。
「……ところで、お客さん。この地域の方やないでしょう?」
横田課長が、獲物を追い詰める豹のような鋭い声で言いました。
お客様が驚いたように聞き返します。
「えっ、どうしてわかるんですか?」
「だって……当社のことをご存知ないでしょう?」
たたみかけるような、圧倒的な自信。
「さっきも言いましたやん。この地域の方はね、不動産なら『よいこ不動産』。これが常識なんですわ。それを知らんということは、お客さん、余所から来はった証拠ですわ!」
……なんという逆転の発想。
自分のついた嘘(有名老舗店であること)を前提にして、「それを知らないお前が未熟だ」と言わんばかりの論法です。気がつけば、お客様は「ああ、なるほど、それほどの名店なんですね」と言わんばかりに、完全に横田課長のペースに呑み込まれていました。
私は、隣で受話器を握りしめたまま、背中に嫌な汗が流れるのを感じました。
こんなデタラメが、一人の人間の心理をここまで鮮やかに操ってしまうのか。
「(いつか、自分もあんなふうに嘘を並べるようになるんだろうか……)」
パンチパーマの先輩たちが奏でる「テンプラ」の喧騒の中で、私は自分の未来に強烈な不安を抱かずにはいられませんでした。




