炸裂、「でっしゃろトーク」の魔術
早朝3時からの「抜きチラ」作戦。その完璧な隠密行動も虚しく、運命の電話は鳴り響きました。
受話器を取った私の耳に飛び込んできたのは、怒髪天を突く森脇さんの怒号。
「お?富山さんやな?おいこら!おのれら、わしを騙しとんけ!!」
絶体絶命のピンチ。しかし、「森脇やろ?変われ」と電話を替わった田山係長が見せたのは、逆転の心理術「でっしゃろトーク」という名の悪魔の口八丁でした。
「おざい〜っす!」
9時。事務所にいつものガラの悪い挨拶が響き渡る中、一本の電話が鳴りました。
「1本目の契約を!」と鼻息荒く受話器を取った私でしたが、相手の声を聞いた瞬間、全身の血が引きました。
「お?……富山さんやな? おもろいことしてくれるやんけ! このチラシの値段はなんじゃい!!」
森脇さん。抜き忘れた一枚があったのか、あるいは近所の知人に教えられたのか。一二〇〇万円で預かった家が、一六八〇万円で売り出されている。その「差額四八〇万円」という数字の暴力が、受話器越しに私を殴りつけます。
「詐欺やんけ!!をい!こら!」
しどろもどろになる私を見て、田山係長がタバコをくゆらせたまま片手で受話器を奪い取りました。
「……はぁ? なに怒ってますのん?」
田山係長の声は、どこまでも冷静でした。むしろ、理不尽なイチャモンをつけられた被害者のような、呆れたトーンです。
「森脇はん、いま『詐欺』って聞こえたんやけど、聞き違いであってほしいわ。……まあ、わしの言うこと、最後まで聞いてもらえまっか?」
ここから、田山係長の独壇場が始まりました。
「森脇はん、いま不動産情勢は冷え込んでますわな。でっしゃろ?(そうでしょ?)」
「ま、確かに……」
「そんな中、あんたは売り急いでますわな。でっしゃろ?」
「……おう」
係長は、逃げ道を塞ぐように言葉を重ねます。
「早く売りたいというあんたの希望に応えるんが、プロの使命ですわ。いまどき、猫も杓子も値引き、値引き! ですわな。でっしゃろ? だから、最初から値引き幅を乗っけて出す。それがテクニックっちゅーもんですわ!」
「一円でも高く売りたい。お客さんに喜ばれたい。その一心でやってることを詐欺呼ばわりされるんなら……この案件、手を引かせてもらいますわ。ほな。」
「ちょっ、まって、切らんといて?そ、そんな……」
森脇さんの声が、目に見えて小さくなりました。
四八〇万円もの上乗せを「あんたのために良かれと思ってやった演出や」と正当化し、さらに「辞める」という切り札をチラつかせて相手を不安のどん底に叩き落とす。
「……こちらこそすみませんでした! 詐欺なんて言って、本当に……。平山さん、そんなこと言わんといてえな、お願いや、続けてや!」
「ふぅ……。解りました。やりましょう。」
電話を切った田山係長は、受話器を置くと同時に、不敵な笑みを浮かべて私にウインクを投げました。
「どや、富ちゃん。これが『でっしゃろトーク』や。覚えとけよ」
私は、自分の常識が音を立てて崩れるのを感じていました。
嘘を並べ、価格を吊り上げ、バレたら逆ギレして相手を謝らせる。
「信頼関係」という言葉すらも武器に変えてしまうパンチパーマの怪人。
しかし、これすらもまだ序の口に過ぎませんでした。
「ま、本番はこれからや」
田山係長の目が、1680万円という数字の先にある「本当の獲物」を狙って、冷たく光ったのでした。
■ 業界用語解説:でっしゃろトーク
「でっしゃろ(そうでしょ)トーク」とは、相手が「YES」と答えざるを得ない当たり前の事実を積み重ね、心理的な主導権を握る会話術です(イエスセットの応用)。
今回の手口: 「不況ですね」「売り急いでますね」という否定できない事実で外堀を埋め、最終的に「上乗せはあなたのためのテクニックだ」という無茶苦茶な結論を「納得」させてしまう、極めて強引な交渉術です。
逆ギレの戦術: 落ち度がある側が、あえて「信用されていないなら辞める」と激昂することで、相手に「捨てられたら困る」という恐怖心を抱かせ、謝罪を促す高等(?)テクニックです。




