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悪徳不動産  作者: Estate-K
25/29

午前三時のシュレッダー、闇に消える一六八〇万円

 午前3時の守口。静まり返った街に、缶コーヒーのプルトップを開ける「カシュ」という乾いた音が響きます。

 リクルートカットの爽やか青年だったはずの私が、夜陰に乗じて先輩としゃがみ込んでいる。その異様な光景は、もはや不動産屋というより、何かの工作員のようでした。


 「お! 来たか。眠そうやのぉ」


 午前3時。事務所の前で、田山係長はすでにおにぎりを頬張っていました。投げ渡された温かい缶コーヒーの熱が、冷えた指先に染み渡ります。


 「……田山さん、今から一体何を?」

 「ええから黙って付いてこいや」


 車を走らせること15分。到着したのは、あの森脇さんの自宅前でした。

 まだ夜明け前の藍色の空の下、遠くからパタパタとカブの音が近づいてきます。新聞配達員です。彼が手際よく森脇宅のポストに新聞を差し込み、走り去った瞬間――。


 「よっしゃ! 富ちゃん、行こか!」


 田山係長が音もなく動きました。


 「は、はい!」


 訳も分からず付いていくと、係長は森脇宅のポストから今入ったばかりの新聞を抜き取りました。そして、数十枚の折込広告を熟練の手つきでパラパラと弾き……。

 

 「あった、あったがナ〜!」


 抜き取ったのは、昨夜私たちが輪転機で刷り上げた、あの「徒歩5分・1680万円」のド派手なチラシでした。係長はそれを素早くポケットにねじ込み、新聞をポストに戻しました。


 「……なるほど。これなら森脇さんは自分の家の広告を見ることがない。だからバレないんですね!」

 「そういうこっちゃ! でもな、近所の奴が『あんたんとこ高く出とるな』って報告するかもしれん。半径100メートルは片っ端から抜くぞ!」


 そこからは、時間との戦いでした。

 一軒一軒、新聞が届いたばかりのポストを回り、自分たちのチラシだけを回収していく。100メートル圏内の全世帯。不動産屋の仕事とは、家を売ることではなく「証拠を隠滅すること」だったのかと、私は自分の職業を見失いそうになりました。


 一仕事を終えた私たちは、早朝営業の喫茶店に滑り込みました。


 「おーい、ねーちゃん! モーニング、ツーや!」

 (……平山さんも言ってたけど、この「ツー」は伝統なのか?)


 トーストの香りが漂う店内で、私は拭いきれない不安を口にしました。


 「でも田山さん。これだけやっても、バレる時はバレますよね?」

 「ん〜? あるな。たまにな」


 係長は、他人事のようにのんきに答えました。


 「その時は、どうするんですか?」

 「その時はその時や! そんなことよりコーヒー飲めや、冷めるど!」


 田山係長は、モーニングのゆで卵を器用に剥きながら、満足げにコーヒーをすすっています。

 1200万円で預かった家を、1680万円で売り出す。その差額480万円を守るための、泥臭く、それでいて緻密な隠密作戦。


 私は、隣で平然とトーストをかじるパンチパーマの怪人を見つめながら、改めて思いました。


 「(不動産屋って……本当に大変な仕事だな)」


 嘘をつき、芝居を打ち、夜中にチラシを抜き去る。

 すべては、あの「中間省略」という莫大な利益を手にするための準備。

 朝日が昇る守口の街で、私は自分がどんどん「まともな感覚」から遠ざかっていくのを感じていたのでした。


■業界用語解説:チラシ抜き(抜き取り)

「チラシ抜き」とは、自社で作成した広告が特定の人物(主に売主や近隣住民)の目に触れないよう、配布された直後に回収する行為です。


目的: 今回のように、売主に内密で高い価格を設定して転売益(中間省略)を狙う場合や、近隣に売却を知られたくない売主への配慮のフリとして行われます。


リスク: 他人のポストから物を抜き取る行為は、法的に極めてグレー、あるいはアウトな行為ですが、当時は「自分たちのチラシを回収するだけ」という勝手な理屈で横行していた闇の慣習の一つです。


「その時はその時」と笑う田山係長。

果たして、この1680万円の「おとり」に、どんな客が引っかかるのか。そして、森脇さんにバレる日は来るのか……。

運命の土曜日、いよいよ「反響」が鳴り響きます!

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