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悪徳不動産  作者: Estate-K
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三〇〇万円の消失点と「中間省略」の魔

 「売り急いでいる」という一言で森脇さんを屈服させ、安く買い叩く準備を整えた田山係長。その背後に隠されていたのは、仲介手数料という「表の利益」を遥かに凌駕する、不動産業界最大の禁断の果実でした。 

 ついに富山さんの耳に飛び込んできた、謎の言葉「中間省略ちゅうかんしょうりゃく」。そのあまりにもエグい錬金術の全貌が、田山係長の口から語られます。


 「……しかし、凄いですよ! 田山係長!」


 森脇宅を後にした私は、興奮を隠せなかった。


 「なんであの人が売り急いでるって分かったんですか?」


 田山係長は鼻で笑い、タバコを指に挟んだ。


 「勘や。それと、あそこの家をよー見てみぃ。食器は家族分あるのに、仏壇がない。嫁はんは死んでへん。一人暮らしやのに売りたい……となれば、離婚か借金、ま、ろくな理由やないわな。あの必死なツラ見りゃ、ハッタリでも通じると思ったんや」


 「……細かい所まで見てるんですね。でも、係長が査定額を間違えてなくて安心しました。一二〇〇万って言った時は、正直焦りましたよ」


 「あほか。お前、本気で俺がミスしたと思てんのか?」


 田山係長の声が少し険しくなった。


 「あそこは一六〇〇万が相場や。住〇の査定はほぼ正解やで」


 「えっ……じゃあ、なんでわざと安く言ったんですか?」


 私の問いに、係長は立ち止まり、私の顔を覗き込んだ。


 「富ちゃん、一六〇〇万で普通に仲介して、会社に入る金はなんぼや?」

 「ええと……五四万円、ですね」

 「そや。五四万や。お前の給料払って、広告打って、一ヶ月かけて売って……残るのはたったの二四万。みんなで飲みに行ったら一晩でパーや。そんなんでこのパンチパーマ軍団が食っていけると思うか?」


 私は言葉に詰まった。確かに、会社を維持するにはあまりにも心許ない数字だ。


 「俺が一二〇〇万で預かったんは、一二〇〇万で売るためやない。一五〇〇万、いや一六〇〇万で売るためや」

 「は……? 差額の三〇〇万はどうなるんですか?」


 「決まっとるやろ。うちの売上や。手数料の五四万もきっちり取った上でな」


 背筋が凍った。売主には一二〇〇万で売れたと報告し、実際には一五〇〇万で売る。その差額をまるごと会社が呑み込むというのか。


 「でも……それって決済の時に森脇さんにバレるんじゃ……?」


 「フフフ……。それをバレないようにするのが、『中間省略』やんけ。富ちゃん、お前がずっと気にしてた『究極の裏技』や」


 「中間省略」——。

 それは、売主(森脇さん)から買主(新しい客)へ直接名義を移すフリをしながら、実はその「中間」に自分たちが入り込み、所有権の登記を飛ばす手法だ。


 「森脇から一二〇〇万でうちが買う。でも登記はせえへん。そのまま別の客に一五〇〇万で売る。登記は森脇から客へ直接や。森脇には一二〇〇万しか入らへんし、客は一五〇〇万払う。その間に浮いた三〇〇万は……空気みたいに消えて、わしらの懐に入るわけや」


 田山係長の目が、夕闇の中で爛々と輝いた。

 「森脇には『うちが責任持って買い取りますわ』と恩を売る。客には『ええ物件見つけましたで』と喜ばれる。誰も損してへん(・・・)やろ?」


 「(……いや、森脇さんは三〇〇万損してるじゃないですか)」


 喉まで出かかった言葉を、私は飲み込んだ。

 契約書の数字を書き換える「かきあげ」より、現金をゴミ箱に捨てる「条変」より、さらに大規模で構造的な「搾取」。

 私は、よいこ不動産という組織が、単なる仲介屋ではなく、情報の格差を金に変える「錬金術師の集団」であることを、この時ようやく理解した。


 「さあ富ちゃん。三〇〇万の分け前で、今夜もええ店連れてったるわ。がはは!」


 夜の街に響く田山係長の高笑い。

 私はその笑い声に誘われるように、また一つ、戻ることのできない「大人の階段」を下りていくのを感じていた。


■業界用語解説:中間省略ちゅうかんしょうりゃく

「中間省略登記」とは、不動産がA→B→Cと転売された際、中間者であるBへの登記を省略して、AからCへ直接登記を移す手法です。


目的: 中間者(不動産会社)が「登録免許税」や「不動産取得税」を節税するため、また、売買価格の差額(利益)を売主や買主に知られないようにするために行われていました。


法的解釈: 2005年の不動産登記法改正により、従来のやり方は原則として認められなくなりましたが、現在は「第三者のためにする契約(三為)」などの代替手法で、実質的に同様の取引が行われることがあります。


 「誰も損してへんやろ?」と笑う田山係長。

 富ちゃんは、その圧倒的な「悪の論理」の中に、ある種の美学すら感じ始めてしまいます。次回、この三〇〇万円が実際にどう処理されるのか……。衝撃の「転売」編へ!

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