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悪徳不動産  作者: Estate-K
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ドブ板の数と、暴かれた「売り急ぎ」

 大手のブランド力が光る「1600万円」の査定書を、紙クズ同然に投げ捨てた田山係長。事務所で見せた「パンチパーマの凄み」とは違う、冷徹なまでの「情報の暴力」が森脇さんを追い詰めていきます。

 富山さんが息を呑んだ、田山流「媒介契約(物件を預かる契約)奪取術」のクライマックスです。


 「おい、富ちゃん帰るド!!」


 田山係長の声に、私は慌ててカバンを掴んだ。客を怒らせたまま席を立つ。普通なら営業失格だが、田山係長の目は「勝負はここからだ」と語っていた。

 

 「ちょっと待ちぃ〜や! なんであの書類が信用できんのや!」


 森脇さんの必死の呼び止めに、田山係長はドアノブを掴んだまま、振り返りもせず言い放った。


 「……それはあんたが一番、よー解ってますやろ。だから、うちに電話した。ちゃいまっか?」


 その一言で、森脇さんが言葉を失った。

 図星だ。大手の数字が甘い夢だと、心のどこかで勘付いていたからこそ、地場の「よいこ不動産」に確認の電話を入れたのだ。


 田山係長は再びゆっくりと腰を下ろし、獲物を仕留めるマタギのような低い声で畳み掛けた。


 「森脇はん、あんたがチラシで見てる価格は『表』の数字や。単なる売り出し価格。ほんまの相場は『成約価格』や。そんなもん、素人には一生解りまへん。地場に精通した我々業者にしか」


 「住〇さんはブランド力で客をメロメロにする。けど、あいつらはこすいでっせ。相場より高く見積もってあんたを釣る。それで専任(媒介契約)を取ったらこっちのもんや。半年放置して、あんたが焦り出した頃に『売れないから下げましょう』と、自分たちの都合のいい価格まで引きずりおろす。それが大手のやり口や」


 田山係長は自分のこめかみを指差した。


 「わしはこの道三十年や。はっきり言って……ここらのドブ板の数まで知ってるくらいでっせ」


 沈黙が流れる。森脇さんの額に脂汗が浮いた。

 そこへ、田山係長が最大の一撃を放った。


 「……それに、森脇はん。あんた、売り急いでるんでっしゃろ?」


 「!!! な、な、なんで知ってんねん……」


 森脇さんの顔色が、青を通り越して白くなった。

 不動産を売る側にとって「売り急いでいる」という情報は、最大の弱みだ。足元を見られ、価格を叩かれる原因になる。それを、会って三十分も経たない男にズバリと言い当てられたのだ。


 「さっきも言いましたやん……わしはドブ板の数まで知ってると」


 田山係長は不敵に笑った。

 実際はドブ板を数えたわけではない。近所の噂、金融機関からの漏れ聞こえる話、あるいは家の手入れの放置具合や森脇さんの焦燥した表情……。三十年の経験が弾き出した、残酷なまでの正解だった。


 「……わかった。あんたの言う通りや」


 森脇さんは力なく肩を落とし、大手の豪華な査定書をゴミ箱に放り込んだ。


 「一千二百万。……それでええ。あんたに任せるわ」


 「よっしゃ。賢明な判断ですわ、森脇はん」


 田山係長は立ち上がり、ガシリと森脇さんの手を握った。その横顔には、さっきまでの冷徹さは消え、頼りがいのある「地元のプロ」の笑顔が張り付いていた。


「(……これが、媒介を取るということか)」


 私は、震える手で媒介契約書を取り出した。

 大手の1600万を蹴らせ、自社の1200万を飲ませる。400万も安い価格で納得させた田山係長。だが、この1200万という数字こそが、これから「よいこ不動産」が莫大な利益を上げるための、精密に組まれた「仕掛け」の第一歩であることを、私はまだ知らなかった。


■業界用語解説:媒介契約ばいがいけいやく

「媒介契約」とは、不動産を売りたい人が、不動産会社に売却活動を依頼する正式な契約です。


専任媒介: 特定の一社にのみ依頼する契約。業者は他社に横取りされる心配がないため、広告費をかけやすく、確実に手数料(利益)を確保できる「金の卵」です。(さらに上の専属専任媒介があります。)


 今回のポイント: 田山係長は、あえて「低い価格」で納得させることで、物件を「確実に、早く売れる状態」にし、さらに自社で買い手を見つける「両手(手数料二倍)」や、安く買い叩く「転売」のチャンスを作ったのです。


「売り急ぎ」という急所を突かれ、完全に田山係長の術中にハマった森脇さん。

富ちゃんが目撃する、この1200万円の物件が化ける「さらなる裏技」とは? 次回、禁断のテクニック編へ!

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