査定の罠と、住〇不動産の「紙クズ」
それは一本の電話から始まった、新たな「獲物」の気配。
今までの「買い客」を料理するのとはワケが違う。不動産屋にとって「売り物件」を預かることは、金の卵を産む鶏を手に入れるも同然。
今回は、パンチパーマ軍団の中でも「査定の鬼」と呼ばれる田山係長の、冷徹かつ大胆な交渉術が炸裂します。
「ありがとうございます! 住まいの『よいこ不動産』でございます!」
私の元気な挨拶の先にいたのは、自宅の売却を考えているという森脇さんだった。
「売り反響か! やったのぉ、富ちゃん!」
山本部長が身を乗り出し、田山係長に同行を命じた。「まかしてんか!」
「よし、富ちゃん。まずは『吉田地図』持ってこいや」
田山係長は、不動産屋のバイブルとも言える精密地図を広げると、三角スケールを鮮やかに操り始めた。
「……西向きか。前道3.6メートル。4メートルないからセットバック要や。値ゴ(価格交渉)の対象やな。約15坪……よし、売り頃や」
現地を見る前から、田山係長の頭の中には「その土地をどう料理するか」の設計図が完成していた。
森脇宅に到着すると、田山係長は豹変した。
「失礼します」
一見、誠実な建築士のような顔つきで、天井裏を覗き、床下を丹念に点検する。その真剣な眼差しに、猜疑心に満ちていた森脇さんの表情が少しずつ和らいでいく。
「(係長、建築に詳しいんですね……)」
私が小声で感心すると、田山係長は耳元でニヤリと囁いた。
「ポーズや、ポーズ! 雨漏りしてようが、シロアリがいようが、そんなんどうでもええねん」
「……えっ」
この男にとって、家は「住む場所」ではなく、単なる「数字の塊」に過ぎないのだ。
一通りの点検を終え、森脇さんが身を乗り出した。
「どうでっか? 幾らで売れまっか?」
田山係長は、少し間を置いてから、断定するように言った。
「そうですな……1200万円ですな」
その瞬間、森脇さんの顔が赤く染まった。
「ふん!お前ら、ほんまいい加減な不動産屋やのぉ!お?」
森脇さんが突き出したのは、大手・住〇不動産の査定書。そこには堂々と「1600万円」の文字が躍っていた。
400万円もの差。私は田山係長のミスだと思い、背中に冷たい汗が流れた。大手の査定額を前に、町の不動産屋が太刀打ちできるはずがない——。
しかし、田山係長はその豪華な査定書を一瞥すると、鼻で笑ってテーブルにポイッと投げ返した。
「……この査定書が、どうかしたんでっか?」
その声は、地を這うような重低音だった。
「どうかしたって、お前! 住〇さんは1600万言うとるんやぞ! お前のは400万も安いんや!」
怒鳴る森脇さんに対し、田山係長は視線を逸らさず、淡々と言い放った。
「森脇さん。あんな大手が作るカラー刷りの紙切れ一枚に騙されたらあきまへんわ。あれは『売りたい』って言うあんたを釣るためのエサですわ。1600万で売りに出して、半年放置されて、結局『売れないから下げましょう』って言われるのがオチですわ」
田山係長は身を乗り出し、森脇さんの目を真っ直ぐに見据えた。
「わしが言うてる1200万は、明日にも現金を持ってくる客がおる『生きた数字』です。夢を見たいんなら住〇さんへ行きなはれ。でも、本当に『売りたい』んなら、わしの言うことを聞きなはれ」
圧倒的な威圧感と、逃げ場のない正論。
1600万という甘い蜜を提示した大手と、1200万という泥臭い現実を叩きつけたパンチパーマの男。
森脇さんの目が、泳ぎ始めた。
「(……これが、田山さんの査定……。価格を下げて、確実に自分の手中に収める『殺し』の技術だ)」
私は、大手不動産会社の豪華なパンフレットが、ただの紙クズに見えていく不思議な感覚に陥っていた。
果たして森脇さんは、どちらの数字を選ぶのか。
田山係長が仕掛ける「売りの極意」は、ここからさらにエグい領域へと突入していく。
■業界用語解説:値ゴ(ねご)
「値ゴ(値交渉)」とは、売主に対して販売価格を下げるよう説得する行為です。
目的: 相場より高い価格では売れ残ってしまうため、確実に売れる価格まで下げさせるために行われます。
テクニック: 今回のように、あえて最初から低い査定額を提示し、大手の高額査定を「絵に描いた餅」だと否定することで、売主を不安にさせ、こちらのコントロール下に置くという手法があります。
「1200万」という数字に隠された、さらなる儲けのカラクリ。
田山係長は、この安くさせた物件で一体どれほどの利益を上げようとしているのか……。緊迫の交渉、次回へ続きます。




