白紙解約の代償と、三十万円の「日当」
「住宅ローン白紙解約」という、本来は買主を守るためのセーフティネット。それを逆手に取り、高額な手数料を正当化する平山さんの「リスク管理」という名の搾取術。
私は、計算機が弾き出した「219万円」という数字の重みに、ただただ圧倒されていました。一台の車が買えるほどの金額が、手数料の名目で動いている。その裏側にある平山流の「屁理屈の方程式」を、富山さんの視点で描きます。
私は震える手で、書き直した諸費用計算書を眺めていた。
仲介手数料:81万円
登記費用:70万円(本来は35万)
ローン取組手数料:30万円(本来は3万〜6万)
銀行保証料+事務手数料:52万円
合計:233万円
「(二三三万……。通常の相場より六十万近くも高い……)」
さらに恐ろしいのは、この取引の「裏」だ。売主側からもらう「バック(手数料)」の八十万円を合わせると、この一件だけで、よいこ不動産に入る総売上は二百十九万円にのぼる。
「……平山さん、やっぱりこれ、ローンを持ち込むだけで三十万は取りすぎじゃないですか?」
私の精一杯の抵抗に、平山さんは鼻で笑い、タバコを灰皿に押し付けた。
「ほな聞くけど、富ちゃん。お前がわしを一日に借りるとしたら、なんぼ払う?」
「え……一万くらい?」
「一万やと!? こら、わしも安ぅ見られたもんやのぉ!」
「冗談ですよ! 三万くらいですかね……」
平山さんは満足げに頷いた。
「そやろ、三万や。住宅ローンの手続き、銀行との打ち合わせ、客の書類集め。全部で延べ十日はかかる。十日×三万で三十万や! どや?納得やろ?」
あまりにも堂々とした「日当」の計算。だが、銀行への持ち込みや書類の整理が、本当に熟練したプロの一日を丸々十日間も拘束する仕事なのだろうか。
「納得できないんやったら、客自身でローン手続きさせたらええ。その代わり……『住宅ローン白紙解約条件』は外すけどな」
平山さんが、獲物を狙う蛇のような目でニヤリと笑った。
「白紙解約を外す……? なんでですか?」
「当然やろ! 客自身に手続きさせてみぃ。ローンも申し込んでへんのに『通らんかったから手付金返せ』って嘘つく奴がおるんや。だから、わしらが代行するのと白紙解約はセットや。……いわば、リスク代やな! わかったか!」
白紙解約特約——。
もしローンが通らなかったら、契約を白紙に戻し、手付金を全額返すという買主への最低限の保証だ。それを「自分でやるなら保証はしないぞ」と脅し、実質的に三十万円の手数料を強制的に飲ませる。
「……でも、もしローンが通らなくても、三十万は貰うんですか?」
「当たり前やんけ!! ローンが通らんのは客の属性が悪いからや。こっちは動いたんや。動いた分は貰うのが当然や! ガハハ!」
私は、平山さんの高笑いを聞きながら、言葉を失った。
成功しても、失敗しても、どちらにせよ平山さんは負けない。お客様が「自分の城」という夢を追いかけて必死に集めた金が、平山さんの「日当」という名の飲み代に消えていく。
「(これが……社会なのか?)」
住宅ローン白紙解約。
その、本来は弱者を守るための言葉が、この事務所では「三十万円を徴収するための武器」として使われていた。
私は、自分が書いた「233万円」という数字が、山下さんのこれからの三十五年にどれほど重くのしかかるのかを想像し、背筋が寒くなるのを感じていた。
■業界用語解説:住宅ローン白紙解約条件(ローン特約)
住宅ローン白紙解約条件(ローン特約)とは、買主が住宅ローンの融資を受けられなかった場合に、無条件で契約を解除し、支払った手付金などを全額返還してもらえる条項です。
本来の目的: 買主が融資不可による違約金の支払いや、物件の強制購入を強いられないように保護するためのものです。
今回の手口: 「自分でローンを組むなら、この特約を付けない(=融資に落ちたら手付金没収)」と脅すことで、高額なローン代行手数料を強制的に支払わせるという強引な手法です。




