誰を捨てる?――“安全地帯”の崩壊と、俺が初めて人を見捨てた瞬間
——パキ、パキ、と。
嫌な音が、足元から響いている。
「……これ、マジでヤバいな」
俺は、ひび割れていく床を見下ろした。
淡く光っていたはずの“安全地帯”に、明らかな異変。
光が、揺れている。
「……維持できてない」
ミアが、青ざめた顔で言った。
「魔力の問題じゃない……空間そのものが……」
言葉が、途中で途切れる。
代わりに、誰かが呟いた。
「……人数、だろ」
全員の視線が、一斉に俺へ向いた。
「……」
分かってる。
この中の“誰か”を減らさないと。
——全員、死ぬ。
「……カナメ」
セリスが、静かに言う。
「決めて」
その声は、優しかった。
でも。
逃げ道は、一切なかった。
「……」
俺は、一人ずつ見る。
セリス。
ミア。
さっき入れたタンクの男。
魔導士風の女。
震えている新人。
誰もが、こちらを見ている。
“選ばれる側”の目で。
「……」
喉が、ひどく乾く。
「……無理だろ、こんなの」
誰かが、笑った。
乾いた、壊れた笑い。
「……誰を捨てるかなんてよ」
「決められるわけねぇだろ」
その通りだ。
でも——
「……決めないと」
俺は、言った。
「……全員死ぬ」
沈黙。
空気が、重く沈む。
その時。
「……じゃあ」
一人の男が、前に出た。
タンクの男だ。
「俺が出る」
「……え?」
思わず声が出た。
「どうせ、外でも長くは持たねぇ」
彼は、肩をすくめる。
「だったら、ここで無駄に全滅するよりマシだ」
「……待てよ」
別の男が叫ぶ。
「なんでお前が決めるんだ!」
「……決めてねぇよ」
タンクは、静かに言った。
「ただの提案だ」
そして——
「カナメ」
俺を見る。
「それでいいか?」
その問い。
優しさだった。
「……」
俺は、目を逸らした。
「……違う」
小さく呟く。
「……それじゃダメだ」
「……は?」
「自己犠牲で解決したら」
俺は、ゆっくり顔を上げる。
「……ここ、崩れる」
「……どういう意味だ」
ミアが、息を呑む。
俺は、床を見る。
ひび割れは、均一じゃない。
「……バランスだ」
ぽつりと呟く。
「この空間、誰でもいいわけじゃない」
「……相性、みたいなのがある」
全員が、息を止める。
「……つまり」
セリスが、静かに言う。
「“適した人間”じゃないと、維持できない?」
「……多分」
俺は、頷いた。
「……は?」
誰かが、声を上げる。
「じゃあなんだよそれ!」
「選ばれる人間と、そうじゃねぇやつがいるってことか!?」
「……そうなる」
言った瞬間。
空気が、変わった。
ざわざわと。
視線が、ぶつかり合う。
疑い。
焦り。
恐怖。
「……ふざけんなよ」
一人の男が、吐き捨てる。
「なんで俺が、選ばれない側なんだよ」
「まだ決まってない」
俺は、静かに言う。
「……じゃあ試せよ」
男が、前に出る。
「俺が残れるかどうか」
「……どうやって」
「簡単だろ」
男は笑う。
「誰か一人、外に出してみりゃいい」
空気が凍った。
「……お前」
ミアが震える。
「正気ですか……?」
「正気だよ」
男は、あっさりと言う。
「どうせ誰かは出すんだろ?」
「だったら」
俺を指差す。
「“お前が選べ”」
静寂。
全員が、俺を見る。
逃げ場は、ない。
「……」
俺は、ゆっくり息を吐いた。
そして。
「……分かった」
そう言った。
「……おい」
タンクが眉をひそめる。
「本気か?」
「……ああ」
俺は、前に出る。
一人、一人を見る。
「……基準は」
誰もが、息を呑む。
「……ここに“必要かどうか”」
その言葉に。
数人が、顔を歪めた。
「……必要ってなんだよ」
「……分からない」
俺は、正直に言う。
「でも」
胸の奥に、何かがある。
「……感じる」
誰が、この場所に合っているか。
誰が、ズレているか。
「……だから」
俺は、一人を見た。
さっきの男。
試せと言ったやつ。
「……あんた」
「……は?」
「外に出てくれ」
沈黙。
そして——
「……は?」
男の顔が、固まる。
「……なんで俺だよ」
「……一番、合ってない」
「ふざけんな!!」
男が叫ぶ。
「何を根拠に——」
「……感覚だ」
俺は、淡々と答える。
「ここは、俺のスキルだ」
「だから」
「……俺が決める」
その瞬間。
男の顔が、完全に歪んだ。
「……殺す」
低い声。
一歩、踏み出そうとする。
だが——
「やめとけ」
セリスが、前に出る。
「今動いたら、即出禁にするよ」
「……っ」
男の動きが止まる。
「……選べ」
セリスが、俺に言う。
「今」
逃がさない。
「……」
俺は、男を見る。
震えている。
怒りと、恐怖で。
「……出てくれ」
静かに言った。
その瞬間。
空間が、わずかに揺れた。
——拒否。
男の体が、弾かれるように外へ押し出される。
「……え?」
男が、理解する前に。
——ドンッ
境界の外へ。
「……あ」
誰かが、声を漏らす。
外の空気に触れた瞬間。
「……がっ!?」
男の体が、崩れた。
呼吸が乱れる。
肌が焼ける。
「……は、はは……」
男は、這いながらこちらを見る。
「……ふざけんなよ……」
だが。
もう戻れない。
境界が、閉じている。
「……入れろ……」
手を伸ばす。
「頼む……」
その目は。
さっきまでの強気なものじゃない。
ただの、恐怖。
「……」
俺は、見ていた。
何も言わずに。
「……助けろよ……」
声が、弱くなる。
「……死ぬ……」
数秒。
そして——
男の動きが、止まった。
静寂。
誰も、何も言わない。
「……」
俺は、ゆっくりと足元を見る。
ひび割れ。
——止まっている。
「……維持、されてる」
ミアが、震える声で言う。
「……成功、です……」
その言葉に。
全員が、理解した。
「……今のが」
誰かが呟く。
「……“選別”かよ……」
重い沈黙。
その中で。
セリスが、笑った。
「……いいね」
「……え?」
「ちゃんと、切った」
彼女は、俺を見る。
満足そうに。
「それでいい」
背筋が、冷える。
「……これで」
ミアが、小さく言う。
「……安定します」
誰も、喜ばない。
ただ。
一つだけ、はっきりしている。
「……もう」
タンクの男が、低く言う。
「戻れねぇな」
俺は、何も答えなかった。
ただ。
胸の奥が、静かに冷えていく。
「……これが」
“選ぶ側”。
そして——
「……次は、誰だ」
その言葉に。
全員の顔が、強張った。
安定したはずの空間。
でも。
誰も、安心していない。
なぜなら——
「……まだ」
俺は、ひびの跡を見る。
「……余裕が、ない」
つまり。
「……また、減らす可能性がある」
空気が、凍る。
「……冗談だろ」
誰かが、呟く。
「……冗談じゃない」
俺は、静かに言った。
その時。
ミアが、小さく息を呑んだ。
「……来ます」
「……え?」
「……外から」
全員が、振り向く。
通路の奥。
闇の中から——
「……またかよ」
複数の気配。
しかも。
さっきより、明らかに強い。
「……あれ」
セリスが、目を細める。
「……面倒なの来た」
ゆっくりと現れたのは。
黒いコートの男。
余裕のある足取り。
傷一つない。
そして——
「……へぇ」
こちらを見て、笑った。
「面白い場所だな」
その目。
完全に、“理解している”。
「……お前が、管理者か?」
俺を見て言う。
「……まあ、そんな感じだ」
「そうか」
男は、一歩、前に出る。
境界の前で止まる。
「……入れてくれ」
軽い口調。
だが。
その圧は、異常だった。
「……」
俺は、男を見る。
そして——
分かった。
「……こいつ」
“合ってる”。
この空間に。
だが同時に——
「……やばい」
“入れたら終わる”気もした。
男が、笑う。
「どうした?」
「選ぶんだろ?」
その一言。
完全に見透かされている。
「……」
俺は、ゆっくりと口を開いた。
「……入れない」
その瞬間。
空気が、凍った。
セリスでさえ、目を見開く。
「……ほう?」
男の笑みが、深くなる。
「理由は?」
「……なんとなく」
正直に言う。
「……はは」
男は、楽しそうに笑った。
「いいね」
一歩、下がる。
「じゃあ——」
振り返りながら言った。
「次は、奪いに来る」
その言葉を残して。
闇の中へ消える。
静寂。
誰も、動けない。
「……カナメ」
セリスが、低く言う。
「今の……」
「ああ」
俺は、息を吐く。
「……敵だな」
その瞬間。
全員が理解した。
ここはもう。
ただの“休憩所”じゃない。
——奪い合う場所だ。
そして。
「……守れるの?」
ミアが、震える声で言う。
「この人数で……」
俺は、少しだけ考えて。
「……無理だな」
あっさりと言った。
沈黙。
そして——
「……じゃあ」
セリスが、笑う。
「減らす?」
背筋が、凍る。
「……違う」
俺は、首を振る。
「……増やす」
「……は?」
全員が固まる。
「……戦えるやつを、入れる」
その一言で。
空気が、変わった。
「……つまり」
タンクが、低く言う。
「選別、強化するってことか」
「……ああ」
俺は、頷く。
「ここは」
ゆっくりと言う。
「……守る場所じゃない」
全員を見る。
「……支配する場所だ」
静寂。
その中で。
誰かが、震える声で呟いた。
「……怖すぎだろ」
その通りだ。
でも——
俺は、もう分かっていた。
「……これしかない」
ここを維持するには。
「……もっと、選ぶしかない」
そして。
「……次は」
俺は、境界の外を見る。
闇の奥。
「……誰を入れるか、じゃない」
小さく呟く。
「……誰を“使うか”だ」
その瞬間。
空気が、完全に変わった。
——支配。
物語が、次の段階へ進む。




