全員は救わない――俺の“安全地帯”、初めての出禁で最強たちが牙を剥いた
「……全員は、無理だ」
自分で言った言葉が、こんなにも重いとは思わなかった。
ダンジョン第七層。
俺の足元には、淡く光る“安全地帯”。
その外側には——
「ふざけるなよ……!」
「こっちは死にかけてんだぞ!」
「選ぶってなんだよ……!」
十人以上の探索者が、限界寸前の顔でこちらを睨んでいる。
血まみれ、装備は破損、呼吸は荒い。
——あと少しで死ぬ。
そんな連中ばかりだ。
「……」
俺は、何も言えなかった。
助けたいか、と聞かれれば——助けたい。
でも。
「……無理なんだ」
ぽつりと、呟く。
安全地帯は広がらない。
俺の感覚的に、“入れる人数”には限界がある。
それ以上入れると——
「……壊れる」
空間が、歪む感覚があった。
ここは絶対じゃない。
バランスの上に成り立っている。
「……なら、選べってことかよ」
誰かが吐き捨てた。
その通りだ。
「……順番で」
俺は言った。
「状態が悪い人から入れる」
ざわつきが起きる。
「ふざけんな!」
「どうやって判断するんだよ!」
「てめぇの気分か!?」
怒号。
当然だ。
だが——
「……違う」
俺は、一人を見る。
最初に声をかけてきた男。
「……あんた」
「……なんだ」
「さっき、“見てた”って言ったよな」
「……それがどうした」
「セリスが入るのも、見てた」
「……ああ」
「なのに、すぐ来なかった」
沈黙。
周囲の視線が、男に集まる。
「……」
男は、何も言わない。
「……様子見してたんだろ」
「安全かどうか、確かめてた」
「……それは」
「違うのか?」
男は、歯を食いしばった。
「……そうだよ」
小さく、吐き出す。
「罠かもしれねぇと思った」
「当然だろ」
「こんな都合のいい場所があるかよ」
「……ああ」
俺は頷く。
「だから——後回しだ」
空気が、凍った。
「……は?」
男の顔が引きつる。
「お前……今なんて言った」
「後回し」
「状態だけじゃない」
「……判断も、含める」
「ふざけるな!!」
男が叫ぶ。
「俺は慎重だっただけだ!」
「それの何が悪い!!」
「……悪くはない」
俺は、淡々と答える。
「でも」
一歩、前に出る。
「ここは、俺の場所だ」
静かに言う。
「誰を入れるかは——俺が決める」
ざわり、と空気が揺れた。
「……てめぇ」
男の目が、変わる。
殺意。
「……殺すぞ」
その一言に、周囲がどよめく。
だが。
「やめとけ」
低い声が、横から響いた。
セリスだ。
いつの間にか、俺の隣に立っている。
「ここで戦ったら——入れなくなるよ」
「……っ」
男の動きが止まる。
「……試してみる?」
セリスが、静かに微笑む。
「一歩でも踏み込んだら」
「どうなるか」
その目は、笑っていなかった。
「……くそっ」
男は、拳を震わせながら下がった。
「……次」
俺は、視線を移す。
震えている少女。
軽装のヒーラーだ。
「……あ、あの……」
「名前」
「ミ、ミアです……」
「状態は」
「魔力切れで……回復も……もう……」
今にも倒れそうだ。
「……入れ」
俺が言うと、彼女は一瞬固まった。
「……え?」
「早く」
「は、はい!」
ミアは、ふらつきながら境界を越える。
その瞬間。
「……っ」
彼女の目が、大きく見開かれた。
「なに……これ……」
膝から崩れ落ちる。
「すごい……楽……」
ぽろぽろと涙がこぼれる。
「……こんなの……初めて……」
その様子を、外の連中が見ている。
「……本物、かよ」
誰かが呟く。
疑いが、確信に変わる。
「……次」
俺は、また一人を見る。
だが。
「……そいつはダメだ」
セリスが、低く言った。
「……え?」
「そいつ」
彼女が指差したのは、後ろにいた男。
「……あいつ、さっき仲間見捨てた」
空気が、一瞬で変わる。
「……ち、違う!」
男が慌てて叫ぶ。
「無理だっただけだ!」
「助けられなかっただけで——」
「嘘」
セリスが遮る。
「見てた」
「自分だけ逃げた」
沈黙。
視線が突き刺さる。
「……」
男は、何も言えなかった。
「……カナメ」
セリスが、俺を見る。
「入れるの?」
その問い。
試されている。
俺は、男を見る。
震えている。
だが、その目には——
“まだ自分が助かると思っている色”があった。
「……」
俺は、少し考えて——
「……ダメだ」
そう言った。
「……は?」
男の顔が歪む。
「ふざけんな!!」
「なんでだよ!!」
「俺だって死にかけて——」
「だからだ」
俺は、言った。
「ここに入るやつは」
「“信用できるやつ”だけにする」
「はあ!?」
「なんだよそれ!」
「助かる場所なんだろ!?」
「……違う」
俺は、首を振る。
「ここは」
少しだけ、間を置く。
「……俺が守る場所だ」
静かに言った。
「だから」
「壊す可能性があるやつは、入れない」
完全な沈黙。
「……てめぇ……」
男の目が、完全に変わった。
「……覚えとけよ」
低い声。
「ここ出たら——」
「殺す」
その言葉に。
セリスが、一歩前に出た。
「出ないよ」
「……は?」
「ここから」
彼女は、微笑む。
「出る理由、ないから」
ぞわり、とした。
それは、依存の宣言だった。
「……頭おかしいのか」
誰かが呟く。
「……そうかもね」
セリスは、あっさり肯定した。
「でも」
俺の腕を、軽く掴む。
「ここ、ないと死ぬから」
当たり前のように言う。
ミアも、小さく頷いた。
「……わ、私も……」
「もう……外、無理です……」
その言葉に。
外の連中の顔が、歪む。
羨望。嫉妬。焦り。
全部が混ざる。
「……次」
俺は、淡々と続ける。
選ぶ。
切る。
入れる。
拒否する。
その繰り返し。
気づけば。
中には、五人。
外には、まだ数人。
そして——
「……終わりだ」
俺は言った。
「今日は、これ以上無理」
「……ふざけんな!!」
「まだいるだろ!!」
「助けろよ!!」
怒号が飛ぶ。
だが。
「……無理なものは無理だ」
俺は、目を逸らさない。
「……明日まで、生きてたら」
「また来い」
残酷な言葉だった。
分かってる。
でも。
「……今は、ここまでだ」
沈黙。
そして——
誰かが、崩れ落ちた。
「……くそ……」
絶望の声。
その中で。
さっきの男が、笑った。
「……はは」
狂ったように。
「……いいなぁ」
ぽつりと。
「中のやつらは」
その目が、俺を射抜く。
「……なあ」
「カナメ、だっけか」
「……ああ」
「その場所」
男は、ゆっくりと言った。
「……奪われるぞ」
背筋が、冷える。
「……もっと強いやつに」
静かな声。
「お前みたいな雑魚が、守れると思うなよ」
その言葉に。
セリスが、笑った。
「来れば?」
挑発するように。
「全員で」
空気が張り詰める。
そして——
男は、踵を返した。
「……覚えとけ」
その一言を残して。
闇の奥へ消えていく。
他の連中も、バラバラに去っていった。
静寂。
残ったのは——
中にいる、数人だけ。
「……はぁ」
俺は、その場に座り込んだ。
「……なんだよ、これ」
ただの休憩所のはずだった。
それが。
「……戦場じゃん」
ぽつりと呟く。
すると。
ミアが、小さく言った。
「……違いますよ」
「……え?」
彼女は、こちらを見る。
「戦場じゃなくて」
少しだけ、間を置いて。
「……中心です」
その言葉に、息が止まる。
「ここ」
ミアは、周囲を見回す。
「全部、集まってきます」
人も、情報も、争いも。
「だから」
彼女は、静かに笑った。
「……守れないと、終わりますよ」
その時だった。
——ピキッ
小さな音。
「……?」
床に、ヒビが入っていた。
安全地帯の内側に。
「……え?」
もう一度、音が鳴る。
ピキ、ピキ、と。
「……嘘だろ」
セリスが、低く呟く。
「……これ」
嫌な予感がした。
「……限界、かも」
俺が、そう言った瞬間。
ヒビが、一気に広がった。
——バキンッ
何かが、壊れる音。
そして。
「……誰か」
ミアが、震える声で言った。
「……“多すぎる”んじゃないですか……?」
俺は、固まる。
中にいる人数。
そして——
外にいる、“まだ来るかもしれない”連中。
「……これ」
喉が乾く。
「……維持、できないのか……?」
静寂。
その中で。
セリスが、ゆっくりと俺を見た。
「……カナメ」
「……なんだ」
「減らす?」
一瞬、意味が分からなかった。
だが。
すぐに理解する。
「……え?」
「誰か、外に出す」
当然のように言う。
「そうしないと」
彼女は、ヒビを見下ろす。
「……全員、死ぬよ」
その言葉に。
空気が、凍りついた。
——選び直し。
今度は。
“誰を捨てるか”。
俺は、何も言えなかった。
ただ。
全員の視線が、俺に集まっていた。
「……はは」
誰かが、笑う。
「……地獄じゃねぇか」
その通りだ。
ここはもう——
楽園なんかじゃない。
「……どうするの?」
セリスの声。
静かで、逃げ場がない。
俺は、ゆっくりと口を開いた。
「……決める」
震える声で。
「……俺が」
そう言った瞬間。
全員の顔が、歪んだ。
——期待と恐怖で。
そして俺は、思う。
「……これが」
“選ぶ側”か。




