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戦えない俺、ダンジョンで“休憩所”を作っただけなのに最強探索者たちが通い詰めて世界の拠点になってしまった  作者: ローナ


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S級探索者が壊れた日、俺の“休憩所”が世界を狂わせた

「……まだ、帰れないのか」


乾いた声が、自分の喉から漏れた。


目の前には、血と煤で黒く染まったダンジョンの通路。

壁は崩れ、床には何かの肉片が散らばっている。


ここは第七層。

初心者が来る場所じゃない。


——なのに俺は、ここにいる。


「はは……無理だろ、これ」


俺、カナメは戦闘スキルを一切持たない“ハズレ探索者”だ。

武器もロクに扱えない。魔法も使えない。


ただ一つ持っているのは——


「【空間最適化】……」


小さく呟くと、足元に淡い光が広がった。


それは直径三メートルほどの円。

そこに一歩踏み入れると——


「……っ」


身体の痛みが、すっと引いた。


呼吸が楽になる。

重かった四肢が、軽くなる。


まるで、別の世界だ。


「……これ、やっぱりおかしいだろ」


俺のスキルは、空間を“快適にする”だけ。

安全で、疲れが取れて、居心地がいい。


——それだけのはずだった。


攻撃力も、防御力もない。

ただの“休憩所”。


だから俺は、戦えない代わりにこうして

ダンジョンの隅で細々と生き延びてきた。


だが——


「外、地獄すぎるんだよな……」


一歩、円の外に出る。


その瞬間、空気が重くなった。

息が詰まり、肌が焼けるように痛む。


慌てて戻ると、すぐに楽になる。


「……これ、俺のスキルのせいか?」


最初は気のせいだと思っていた。

だが違う。


この空間の中と外では、明らかに“環境”が違う。


外では回復しない。

むしろ、削られていく。


——まるで、ここだけが例外みたいに。


「……いや、考えても仕方ないか」


とりあえず、今日もここでやり過ごす。

そう思った、その時だった。


——ドンッ!!


「っ!?」


奥の通路から、爆音。


次の瞬間、何かが吹き飛んできた。


人だった。


「がっ……!」


壁に叩きつけられ、血を吐く。


女だ。

銀色の髪。ボロボロの装備。


そして——


「……S級、か?」


見間違えるはずがない。

この国で数人しかいない最強探索者の一人。


セリス。


「なんでこんなところに……!」


ありえない。

こんな深層で、あのレベルが追い詰められるなんて。


「逃げ……ろ……」


セリスが、かすれた声で言う。


その視線の先。


通路の奥から、巨大な影がゆっくりと近づいてきた。


黒い霧のような体。

輪郭が定まらない。


——見ただけで分かる。


勝てる相手じゃない。


いや、“戦うという選択肢が存在しない”。


「くそ……!」


逃げる?

無理だ。足が動かない。


戦う?

論外だ。


なら——


「……こっちだ!」


俺は咄嗟に叫んだ。


セリスの腕を掴み、引きずるようにして円の中へ。


「なにを……」


彼女が抵抗しようとした、その瞬間。


——ぴたりと、動きが止まった。


「……え?」


セリスの表情が、変わる。


苦痛に歪んでいた顔が、ゆっくりと緩んでいく。


「なに……これ……」


彼女は、自分の体を見下ろした。


血が止まっている。

呼吸が整っている。


そして——


「痛みが……ない……?」


信じられないものを見る目。


そのまま、彼女はその場に崩れ落ちた。


「は……はは……」


乾いた笑い。


「……ああ、そうか」


ぽつりと呟く。


「……ここなら、死なないのか」


その言葉に、俺は息を呑んだ。


外から、影が近づいてくる。

あの化け物が、すぐそこまで来ている。


だが——


円の境界で、止まった。


「……は?」


影が、入ってこない。


まるで、見えない壁に阻まれているように。


数秒の沈黙。


やがて、影はゆっくりと後退していった。


「……嘘だろ」


俺は、その光景を呆然と見つめる。


セリスが、震える声で言った。


「ねえ……ここ……」


彼女は、俺を見上げる。


その目は、さっきまでの最強のそれじゃない。


何かに縋るような——


「ここ、外と……違う……よね……?」


「……ああ」


「回復……してる……」


「……多分」


「安全……?」


「……だと思う」


沈黙。


そして——


「ねえ」


セリスが、俺の服を掴んだ。


ぎゅっと、離さないように。


「……ここ、出たくない」


「……は?」


「出たら、死ぬ」


即答だった。


「……だから」


彼女は、ゆっくりと言う。


「ここに……いさせて」


S級探索者が。

最強の女が。


——俺に、縋っている。


「……いや、でも」


ここは俺のスキルだ。

他人を入れていいのかも分からない。


そもそも——


「……出ていってもらうしか」


言いかけた、その時。


——ゾワッ


背筋が、粟立った。


セリスの目。


さっきまで弱っていたはずなのに。


「……出て、いけって言うの?」


静かな声。


でも、その奥にあるのは——


明確な“殺意”。


「……いや」


俺は一瞬で理解した。


この人は、ここを失ったら——


「……いいよ、いていい」


気づけば、そう言っていた。


「……本当?」


「ああ」


その瞬間。


セリスの表情が、崩れた。


「……よかった……」


ぽろぽろと、涙が落ちる。


最強の探索者が、泣いている。


「ここ……あったかい……」


彼女はそのまま横になり、目を閉じた。


数秒後。


——寝息。


「……早っ」


ありえない。

あのセリスが、一瞬で眠るなんて。


俺は、その光景を見下ろしながら思う。


「……なんだよ、これ」


ただの休憩所じゃない。


これは——


「……依存、か?」


外では生きられない。

ここがないと、壊れる。


「……やばいな」


そう呟いた時だった。


——コン、コン


境界の外から、音。


振り向くと、そこには男が立っていた。


ボロボロの鎧。

鋭い目。


「……中に、入れてくれ」


低い声。


「見てただろ。あんたのそれ」


俺は、黙る。


「俺も……限界だ」


男は、膝をついた。


「頼む……」


その背後。


さらに、影がいくつも動いている。


「……嘘だろ」


気づけば。


ダンジョンの奥から、何人もの探索者がこちらを見ていた。


全員、同じ目をしている。


——縋る目。


「……なんで」


誰かが呟いた。


「なんで、あいつだけ……」


「……そこ、安全なんだろ……?」


ざわざわと、空気が揺れる。


俺は、理解する。


「……これ、まずい」


この場所の価値が、バレた。


そして——


全員が欲しがっている。


俺は、ゆっくりと口を開いた。


「……全員は、無理だ」


静寂。


その一言で、空気が凍る。


「……は?」


男の顔が歪む。


「……選ぶって、ことか?」


「……そうなる」


言った瞬間。


空気が変わった。


嫉妬、焦り、敵意。


全部が混ざる。


「……ふざけるな」


「こっちは死にかけてんだぞ!」


「なんであいつだけ——」


声が荒れる。


俺は、その全てを見ながら思う。


「……ああ」


これ、もう戻れない。


俺は——


「……選ぶ側、か」


ぽつりと呟いた。


その時。


背後から、セリスの声。


「……カナメ」


振り向く。


彼女は、いつの間にか起きていた。


「……入れる人、ちゃんと選んで」


静かな声。


でも、その目は笑っていない。


「間違えたら……」


一瞬、外の連中を見る。


「全員、敵になるよ」


ゾクリとする。


そして彼女は、俺の隣に立つ。


「……大丈夫」


小さく、囁いた。


「守るから。ここ」


——誰から?


聞くまでもなかった。


外にいる全員からだ。


俺は、ゆっくりと前を見る。


縋る者たち。


怒る者たち。


狙う者たち。


「……さて」


喉が乾く。


でも、不思議と恐怖はない。


「誰を、入れるか」


そう言った瞬間。


全員の視線が、俺に突き刺さった。


——この選択で、世界が変わる。


そう確信しながら。


俺は、一歩前に出た。

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