入場権が“暴落した瞬間に人が死ぬ”と判明し、貧民層が暴動を起こした
「……下がってる?」
誰かの呟きで、空気がひび割れた。
俺の視界に浮かぶ数字。
入場権の価格が、ゆっくりと──いや、確実に落ちている。
「一億……九千万……八千万……」
ざわざわと、ざわめきが広がる。
「おい、なんで下がってんだよ」
「さっきまで三億だったろ!?」
焦りの声。
その中心にいるのは──さっき高値で買った連中だ。
「落ち着いてください」
商人の男が、冷静に言う。
「これは“調整”です」
「調整だぁ!?」
男が怒鳴る。
「俺は三億で買ったんだぞ!!」
「はい」
商人はあっさり頷く。
「そして今、価値は八千万です」
空気が、凍る。
「……は?」
「市場ですから」
淡々とした声。
「需要と供給で価格は変動します」
「ふざけんな!!」
男が剣に手をかける。
「こんなの詐欺だろ!!」
だが──
「入れない」
俺が呟いた瞬間、男の動きが止まる。
見えない壁。
それだけで、すべてが封じられる。
「……っ」
歯ぎしりの音。
「ここで暴れるなら、出ることになるぞ」
俺は静かに言う。
その一言で、男は固まった。
出る=死ぬ。
それを理解しているからだ。
「……くそっ……」
男は崩れるように座り込んだ。
「なんでだよ……」
そのとき。
「供給が増えたからです」
商人が答える。
全員の視線が向く。
「“入場枠”が増えた」
「は?」
レオニスが眉をひそめる。
「そんな話、あったか?」
「今、増えましたよ」
商人は俺を見る。
「ね?」
(……ああ)
さっきの表示。
【空間最適化:収容人数を最適化】
無意識に、枠が増えていた。
「……つまり」
誰かが呟く。
「入れる人数が増えたから、価値が下がった?」
「その通りです」
商人は頷く。
「希少性が下がれば、価格も下がる」
シンプルな理屈。
だが──
「じゃあ……」
震えた声。
「俺たちが払った金は……?」
沈黙。
商人は少しだけ間を置いて。
「市場リスクです」
その一言で。
何かが、壊れた。
「ふざけんなあああああ!!」
絶叫。
「こんなの、ただのギャンブルじゃねえか!!」
「違います」
商人は首を振る。
「“命の投資”です」
その言葉が、引き金だった。
ドンッ!!
外から、衝撃音。
「……なんだ?」
全員が振り向く。
「外が騒がしい……」
入口の向こう。
怒号が響いている。
「開けろ!!」
「ふざけんな!!」
「なんで金持ちだけなんだ!!」
空気が、一気に張り詰める。
「……来たか」
レオニスが呟く。
「暴動だな」
俺はゆっくりと扉に近づく。
外の様子を覗く。
そこにいたのは──
数百人。
いや、それ以上。
ボロボロの装備。
疲れ切った顔。
そして──
明確な殺意。
「入れろ!!」
「俺たちだって戦ってんだ!!」
「なんであいつらだけ!!」
叫び声が、ぶつかってくる。
「……どうする?」
レオニスが聞く。
俺は、少しだけ考える。
(入れるか?)
無理だ。
枠が足りない。
(じゃあ、拒否するか?)
それも、限界がある。
この人数は──
「……なあ」
後ろから、小さな声。
振り向くと、さっきの“高値で買った男”。
顔が、死んでいる。
「俺の入場権……売れるか?」
一瞬、理解が遅れる。
「……は?」
「もう無理だ」
男は笑う。
壊れたみたいに。
「三億で買って、今八千万」
「でも、外に出たら死ぬ」
「だったら」
ゆっくりと、顔を上げる。
「今のうちに売って……逃げる」
空気が、止まった。
「……外に?」
「違う」
男は首を振る。
「“別のやつに押し付ける”」
ゾワッとする。
「……お前」
誰かが呟く。
「それ、殺すってことだぞ」
「知ってる」
即答だった。
「でも」
男は笑う。
「俺は死にたくない」
その瞬間。
「俺が買う!!」
別の声。
「一億出す!!」
「いや、俺は一億二千万!!」
市場が、再び動いた。
「おい待て!!」
「順番だろ!!」
狂っている。
完全に。
「……これ、やばいぞ」
レオニスが低く言う。
「“死の押し付け合い”になってる」
その通りだった。
入場権は、命綱。
そして今──
他人に押し付けるための道具になった。
そのとき。
外から、さらに大きな衝撃。
ドゴンッ!!
「壊す気だぞ!」
誰かが叫ぶ。
「このままじゃ、突破される!」
俺は、扉に手を当てる。
(どうする)
閉じ続けるか。
それとも──
「……条件付きで開ける」
気づけば、口にしていた。
「は?」
全員がこっちを見る。
「“無料枠”を作る」
ざわっ。
「ただし」
俺は続ける。
「“従うやつだけ”」
沈黙。
「従うって……何にだ?」
俺は、ゆっくりと答える。
「ルールに」
そして。
「ここで働け」
空気が変わる。
「清掃、運搬、管理」
「なんでもいい」
「その代わり、最低限の滞在を許可する」
誰かが呟く。
「……労働枠、か?」
「そうだ」
俺は頷く。
「価値を生まないやつは入れない」
「でも」
一瞬、間を置く。
「価値を生むなら、金がなくても入れる」
静寂。
外の怒号が、少しだけ弱まる。
「……それ、本気か?」
レオニスが聞く。
「本気だ」
「……甘くねえか?」
「違う」
俺は首を振る。
「これも“選別”だ」
その瞬間。
商人が、小さく笑った。
「……なるほど」
「市場の下層を作る、と」
「そういうことだ」
俺は扉に手をかける。
そして。
「条件を飲むやつだけ、入れる」
ゆっくりと、開けた。
光と共に、怒号が流れ込む。
「入れろおおお!!」
「条件を言う!」
俺は叫ぶ。
「従うやつだけ来い!!」
一瞬の沈黙。
そして。
「やる!!」
「なんでもやる!!」
「入れてくれ!!」
一斉に、声が上がる。
(……来たな)
俺は理解する。
これで完成した。
上は金。
下は労働。
そして──
「その間で、命が売買される」
完全な階層構造。
そのとき。
【空間最適化:社会構造を確立】
表示が変わる。
(……は?)
次の瞬間。
俺の視界に、“階層”が見えた。
上層。中層。下層。
人間が、分類されている。
「……はは」
笑いが漏れる。
(もう完全に、国じゃん)
そして。
外から、さらに新しい影。
整列した兵。
重装備。
旗。
「……軍だ」
誰かが呟く。
「国家が、本気で取りに来たぞ」
俺は、ゆっくりと息を吐く。
(いいね)
ここからが、本番だ。
「さて」
小さく呟く。
「誰を入れて、誰を切る?」
戦いは、もう剣じゃない。
“選ぶこと”そのものだ。




