ダンジョンの外なのに“帰りたい”と泣き出した――依存は世界を侵食し始めた
「——やめろ」
その声は、低かった。
だが、はっきりと拒絶を含んでいた。
「……それ以上やるな、カナメ」
タンクだ。
腕を組み、俺を睨んでいる。
「……何がだ?」
俺は、淡々と返す。
「……“上書き”だよ」
静寂。
「……お前、今やろうとしてるだろ」
「……ああ」
否定しない。
する理由もない。
「……止めろ」
即答だった。
「……それはもう人間の領域じゃねぇ」
「……そうだな」
俺は、頷いた。
「……だからやる」
沈黙。
「……は?」
タンクの顔が、固まる。
「……何言ってんだお前」
「……見ただろ」
俺は、静かに言った。
「……さっきの“対象外”」
空気が、重くなる。
「……ああ……」
「……あれが、今までの世界だ」
一歩、前に出る。
「……選ばれない奴は、死ぬ」
沈黙。
「……でも今までは違った」
俺は続ける。
「……偶然、生きてただけだ」
静寂。
「……なら」
一言。
「……ちゃんと選ぶべきだろ」
空間が、わずかに震える。
「……カナメ……」
ミアが、震える声で言う。
「……それ……怖いよ……」
「……怖いだろうな」
俺は、あっさり言った。
「……でも」
視線を上げる。
「……もう始まってる」
その時だった。
——ピキッ
空間が、裂ける音。
「……っ!?」
セリスが、目を細める。
「……来るな……これ……」
次の瞬間。
——ドンッ!!
何かが、“外”から叩きつけられた。
「……なんだ今の!?」
「……敵か!?」
ざわめき。
だが——
違った。
「……人……?」
壁の向こうに、影がある。
歪んだ、半透明の。
「……助けて……」
声が、漏れる。
「……帰りたい……」
静寂。
「……は?」
タンクが、固まる。
「……ここダンジョンだぞ……?」
「……外だよ」
俺は、静かに言った。
「……これは“外側”から来てる」
沈黙。
「……はぁ!?」
「……意味わかんねぇよ!!」
「……説明する」
一言。
「……“上書き”は、もう始まってる」
空気が凍る。
「……さっきの衝撃」
俺は指を向ける。
「……外の人間が、“ここに干渉された”」
「……干渉……?」
「……依存だよ」
沈黙。
「……は?」
タンクが、顔を歪める。
「……つまり……」
「……あいつは」
一言。
「……この場所に“依存登録された”」
その瞬間。
「——いやだぁぁぁぁ!!」
絶叫。
壁の向こうの影が、もがく。
「……なんでだよ!!」
「……俺、ダンジョン入ってねぇぞ!!」
「……なんで“帰りたい”んだよ!!」
静寂。
「……やばすぎる……」
誰かが、呟く。
「……感染してる……」
その通りだった。
「……カナメ」
セリスが、ゆっくり言う。
「……これ……止められるのか?」
「……止める必要あるか?」
即答。
「……は?」
「……あいつは今」
俺は壁を見る。
「……初めて“帰る場所”を知った」
沈黙。
「……それの何が悪い」
「……悪いに決まってんだろ!!」
タンクが叫ぶ。
「……本人の意思じゃねぇ!!」
「……関係ない」
俺は、言い切った。
「……依存は、いつだってそうだ」
静寂。
「……カナメ……」
ミアが、震える。
「……変わったね……」
「……ああ」
否定しない。
「……選ぶ側になった」
その瞬間。
——ドクンッ!!
空間が、大きく脈打つ。
「……っ!?」
全員が、息を飲む。
「……何した……?」
タンクが、低く問う。
「……範囲拡張」
一言。
「……は?」
「——依存領域、拡大」
“それ”が、告げる。
「——対象範囲:ダンジョン外部」
沈黙。
「……おい……」
誰かが、震える声で言う。
「……それ……」
「——全人類、対象候補」
静寂。
完全な。
「……やめろ」
タンクが、呟く。
「……それは……」
「……遅い」
俺は、静かに言った。
次の瞬間——
——ザザザザザッ
無数の声が、流れ込んでくる。
「……助けて……」
「……帰りたい……」
「……ここどこ……?」
「……なんで……涙が……」
頭が、満ちる。
感情が、流れ込む。
「……っ……」
ミアが、膝をつく。
「……多すぎる……」
「……これが世界だ」
俺は、静かに言う。
「……全員、何かに依存してる」
沈黙。
「……じゃあお前は何に依存してんだよ」
タンクの声。
鋭い。
刺すような。
一瞬。
止まる。
そして——
「……俺か?」
俺は、少しだけ考えて。
笑った。
「……この場所だ」
静寂。
「……だから守る」
一言。
「……全部使って」
空間が、広がる。
どこまでも。
「……次は」
俺は、ゆっくりと目を細める。
「……“選別”だ」
沈黙。
そして——
世界が、ふるいにかけられる。




