第2話: 「出番」
夕刻、嫌な報せが届いた。
北方の街道沿いで、巨大種の目撃情報。
通常個体の倍以上。群れを率いている可能性。
焚き火の火が揺れる。
勇者の胸が、わずかに高鳴った。
それは恐怖ではない。
期待に近い何か。
聖女が息を呑む。
「被害は?」
「まだ確認中だ」
賢者が地図を広げる。
暗殺者は黙ってナイフを拭いている。
勇者は立ち上がった。
「行こう」
声が少しだけ早い。
賢者が見る。
「情報が足りない」
「足りなくても行くだろ、普通」
少し強い口調。
暗殺者の視線が上がる。
勇者は気づいていない。
「被害が出る前に潰す」
正しい。
勇者として、正しい判断。
だがその奥にある感情を、
暗殺者は見ている。
夜の道を進む。
風が冷たい。
しばらく無言の後、暗殺者が言った。
「顔が明るいな」
勇者は振り向く。
「は?」
「出番が来た顔してる」
勇者は眉を寄せる。
「そんなわけあるか」
暗殺者は歩調を緩めない。
「ある」
短い断定。
勇者は笑う。
「被害が出るかもしれねぇんだぞ」
「だからだ」
暗殺者の声は低い。
「大きい被害が出れば、勇者の価値は跳ね上がる」
勇者は黙る。
暗殺者は続ける。
「お前はこう思ってないか?」
風が草を鳴らす。
「派手な事件が起きればいい」
勇者の足が止まる。
暗殺者は振り返らない。
「混乱すれば、俺の出番だ」
静かな告白。
「……最低だろ」
勇者が言う。
「そうだな」
即答。
「だから口に出す」
勇者の喉が乾く。
暗殺者はゆっくり振り向いた。
目が冷えている。
「口に出すと、形になる」
「形になると、自分で見える」
一歩近づく。
「今のお前、どう見える?」
勇者は息を呑む。
「俺は違う」
反射的に言う。
暗殺者は首を傾ける。
「何が」
勇者の声が荒くなる。
「俺は被害なんて望んでねぇ」
沈黙。
風が止む。
暗殺者が言う。
「さっき、少し嬉しそうだった」
心臓が跳ねる。
勇者は目を逸らす。
「気のせいだ」
「そうか」
否定も追及もしない。
それが逆に刺さる。
暗殺者は続ける。
「昔のお前ならどう思う」
勇者は何も言えない。
「“誰も傷つくな”って顔してた」
勇者の視界が揺れる。
「今は」
言葉が落ちる。
「“やっと必要とされる”って顔だ」
勇者は拳を握る。
震えている。
「……黙れ」
「嫌なら否定しろ」
勇者は叫ばない。
怒鳴らない。
ただ、言葉が出ない。
なぜなら――
思ってしまったからだ。
ほんの一瞬。
“これで俺の出番だ”
と。
暗殺者はそれ以上責めない。
背を向ける。
「最低だよな。」
歩き出す。
「お前は?」
勇者は動けない。
胸の奥で、何かが崩れかけている。
やがて小さく呟く。
「……俺も、そう思う」
誰にも届かない声。
だが暗殺者は聞いている。
振り返らない。
「なら、まだ間に合う」
それだけ。
その直後、賢者が告げる。
「誤報だ。個体は討伐済み」
街道は静かだった。
巨大種はいない。
被害もない。
世界は平和だ。
勇者は、ほっとした。
そして同時に――
落胆した。
その感情に気づいた瞬間、
胃の奥が冷える。
勇者は膝をついた。
吐き気が込み上げる。
何も出ない。
暗殺者が近くに立つ。
何も言わない。
勇者は地面を見つめたまま、呟く。
「俺は……」
声が震える。
「最低だ」
風が吹く。
遠くで虫が鳴く。
世界は、変わらず静かだった。
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