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『導かれる者たちの中で 〜レベルを上げて魔王を倒す。それが正しいと、誰も疑わなかった。〜』  作者: 街角のコータロー
第3章

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第25話: 当たり前の世界

山道を下りきった先に、小さな村が見えた。


煙突から煙が立ちのぼり、畑には人影がある。


穏やかな光景だ。


勇者は伸びをした。


「平和だなぁ」


聖女が微笑む。


「ええ。いい匂いがします」


風に乗って、焼いたパンの香りが届く。


賢者が地図を広げる。


「魔王城から最も近い村だが、被害の記録はない。……魔物も減っているようだ」


暗殺者が周囲を一瞥する。


「気配も薄い」


勇者は肩を回す。


「じゃあ今日はゆっくりできるな」


村へ入ると、子供が勇者に気づいた。


「あ! 勇者様だ!」


声が広がる。


村人たちが顔を上げる。


「勇者様!? 本当に!?」


「魔王はどうなりました!?」


勇者は少し苦笑する。


「えーと、まあ……元気だ」


「元気!?」


賢者が小声で囁く。


「説明は後にしろ」


勇者は咳払いする。


「と、とにかく今は問題なしだ!」


村長らしき老人が駆け寄る。


「勇者様! 村へようこそ!」


歓迎は、変わらない。


拍手。


笑顔。


感謝の言葉。


勇者は胸の奥で少し安心する。


(よかった)


少なくとも、ここは変わっていない。



昼過ぎ。


四人は村外れで、魔物の気配を探っていた。


森の奥から、低い唸り声。


小型の魔物が一体、飛び出してくる。


勇者が剣を抜く。


「よし、肩慣らしだな」


踏み込む。


一閃。


魔物はあっさり倒れた。


静寂。


勇者はしばらく待つ。


何かを。


「……あれ?」


聖女が首をかしげる。


「どうしました?」


勇者は周囲を見る。


「光が出ない」


いつもなら。


倒した瞬間、淡い粒子が舞い上がる。


身体に流れ込み、温かい感覚がある。


だが今は、何もない。


賢者が魔物の残骸を調べる。


「魔力の拡散は確認できるが……吸収はない」


勇者が眉をひそめる。


「経験値、入ってない?」


暗殺者が淡々と言う。


「当然だ」


勇者が振り向く。


「当然ってなんだよ」


暗殺者は肩をすくめる。


「今までが異常だった」


沈黙。


勇者は自分の手を見る。


「でもさ、強くならないと困るだろ」


賢者が静かに言う。


「何のために?」


勇者が詰まる。


「いや……」


魔王を討つため?


違う。


世界を守るため?


今は違う。


「……そっか」


聖女が優しく言う。


「今は、積み上げる必要がないのかもしれません」


勇者は苦笑する。


「なんか寂しいな」


暗殺者が言う。


「それが普通だ」


勇者が顔をしかめる。


「普通って、つまんねぇな」


暗殺者が小さく笑う。


「そりゃそうだ」



村へ戻る途中。


勇者は道端に置かれた古い壺を見つける。


ひび割れている。


いかにも“割れそう”だ。


勇者は無意識に剣の柄を握る。


「……」


賢者が目を細める。


「まさか」


勇者は軽く壺を叩いた。


ぱりん。


割れる。


中を覗き込む。


何もない。


「……」


「……」


「……」


次の瞬間。


家の中から女性が飛び出してきた。


「ちょっと何してるんですか!?」


勇者が固まる。


「え?」


「それ、うちの漬物壺ですよ!?」


聖女が青ざめる。


賢者が額を押さえる。


暗殺者が小さく呟く。


「ほらな」


勇者が慌てる。


「い、いや、なんか出るかと思って……」


「出るわけないでしょう!!」


村人が次々に集まる。


「勇者様が壺を割った!?」


「なぜ!?」


勇者が狼狽える。


「ち、違うんだ! いつもは……!」


賢者が即座に前に出る。


「弁償する」


聖女が深々と頭を下げる。


「申し訳ありません……!」


暗殺者は無言で金貨を差し出す。


勇者は肩を落とす。


「怒られた……」


暗殺者が言う。


「これが当たり前だ」


勇者がうなだれる。


「そりゃそーだ……」


賢者がため息をつく。


「壺から回復薬が出る世界の方がおかしい」


勇者はぽつりと言う。


「でも、ちょっとワクワクしてたんだよな」


聖女が苦笑する。


「癖ですね」



夜。


村の宿。


四人は卓を囲む。


勇者は腕を組んでいる。


「経験値入らない。レベル上がらない。壺割ったら怒られる」


指を折る。


「なんか、急に普通の人になった気分だ」


賢者が言う。


「普通の人だ」


勇者がむっとする。


「勇者だぞ?」


暗殺者が淡々と返す。


「勇者は勇者だ」


「じゃあなんでレベル上がらないんだよ」


「役割が止まっているからだ」


静かな言葉。


勇者は考える。


「停滞……か」


聖女が頷く。


「でも、悪いことばかりではありません」


勇者が顔を上げる。


「え?」


「焦らなくていいんです」


小さく微笑む。


「昨日みたいに、無理に強くならなくていい」


勇者は、しばらく黙る。


それから、ゆっくり笑う。


「……確かに」


賢者が指を組む。


「問題は、この状態がどこまで続くかだ」


暗殺者が窓の外を見る。


「世界は静かだ」


勇者も外を見る。


星が瞬く。


何も変わらない夜。


だが、確かに何かが変わっている。


強くなる快感はない。


アイテムの期待もない。


だが。


仲間はいる。


勇者は椅子にもたれた。


「ま、いいか」


三人が見る。


勇者は笑う。


「当たり前って、案外悪くないな」


暗殺者が小さく頷く。


「やっと理解したか」


勇者が笑い返す。


「まだ壺は割りたくなるけどな」


「やめろ」


即答。


聖女が吹き出す。


賢者も笑う。


宿の灯りが揺れる。


停滞は続いている。


世界は動かない。


だが四人は、確かに歩いている。


レベルは上がらない。


だが、何かが積み上がっている。


それは数値ではない。


静かな、確かな――


“当たり前”だった。



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