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『導かれる者たちの中で 〜レベルを上げて魔王を倒す。それが正しいと、誰も疑わなかった。〜』  作者: 街角のコータロー
第3章

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第24話: 笑う朝

朝の光は、思っていたよりも柔らかかった。


東の空が白みはじめ、丘を包んでいた夜露が淡く光る。


焚き火はすでに熾火になっている。


灰の下に赤が残り、かすかに温かい。


最初に目を覚ましたのは賢者だった。


寝袋から身を起こし、周囲を確認する。


結界は維持されている。


魔力の乱れはない。


遠くで鳥が鳴く。


「……平穏だな」


独り言のように呟く。


少し遅れて聖女が起きる。


寝ぼけたまま目をこすり、空を見上げる。


「あ……朝ですね」


「そのようだ」


暗殺者はすでに起きていた。


丘の縁に立ち、遠くを見ている。


夜通し見張っていたのか、それとも単に眠りが浅いのか。


背中は変わらず静かだ。


そして。


「……ふっ」


不意に、笑い声が漏れた。


賢者が顔を向ける。


勇者だ。


寝転んだまま、肩を震わせている。


「いきなりどうした?」


賢者が呆れ半分で問う。


勇者は腹を抱えた。


「いやー、ごめんごめん」


顔を覆いながら笑う。


「名前のところの件、思い出しちゃってさ」


聖女がぱちぱちと瞬きをする。


「ああ……昨夜の」


勇者は身体を起こす。


まだ笑いをこらえきれていない。


「暗殺者の名前がさ……」


ちらり、と当人を見る。


「俺よりよっぽど勇者らしくて、それがおかしくって」


一瞬の沈黙。


暗殺者の視線が、すっと勇者へ向く。


「人の名前で笑うな」


低い声。


だがどこか力が抜けている。


勇者はさらに笑う。


「だってさ! あの流れでその名前は反則だろ!」


聖女が口元を押さえる。


「ふふふ……ダメですよ、笑っちゃ!」


だが声が震えている。


賢者がすかさず言う。


「そういう君も笑っているじゃないか」


聖女が慌てる。


「ち、違います! これはその……!」


「ツッコミダメですってぇー!」


勇者が茶化す。


「ワハハ!」


丘に笑い声が広がる。


朝の空気が震える。


鳥が一斉に飛び立つ。


暗殺者はしばらく無言だったが、やがて小さく息を吐いた。


「……まったく」


だが口元は、わずかに緩んでいる。


昨日の夜。


焚き火を囲み、名を名乗り合った。


肩書きではない。


“聖女”でも、“賢者”でも、“暗殺者”でもない。


それぞれの名。


それぞれの過去。


それぞれの理由。


勇者は寝ぼけた頭で改めて思い出す。


あまりに勇者然とした響きの名前。


正義の物語の主人公のような。


「いやー、ほんとに逆じゃないかって思ってさ」


勇者はまだ笑っている。


暗殺者が目を細める。


「なら交換するか?」


「いやそれは困る!」


「だろうな」


賢者が立ち上がり、伸びをする。


「しかし、良い兆候だ」


勇者が首をかしげる。


「何が?」


「名前で笑えるということは、役割に縛られていない証拠だ」


聖女が頷く。


「昨夜は、少し怖かったです」


「怖かった?」


「名前を言うのが」


勇者が目を丸くする。


聖女は焚き火の灰をつつく。


「“聖女”でいる方が、楽でしたから」


静かな告白。


「名前には……自分がついてきます」


勇者はしばらく黙る。


やがて、柔らかく言う。


「俺は嬉しかったけどな」


聖女が顔を上げる。


「え?」


「ちゃんと、隣にいる気がした」


言葉は飾らない。


だが真っ直ぐだ。


聖女の頬がわずかに赤くなる。


賢者が咳払いをする。


「さて」


現実へ戻す声音。


「昨日の議論を整理しよう」


勇者が大きく頷く。


「そうだな。昨日は勢いだったからな」


暗殺者も丘の縁から戻ってくる。


四人が円を作る。


焚き火はほとんど消えているが、朝日が代わりに照らす。


賢者が指を折る。


「第一に、魔王は討たない」


勇者が頷く。


「でも放置もしない」


「第二に、神託には従わない。ただし世界は見捨てない」


聖女が小さく息を吸う。


だが今度は迷いがない。


「はい」


「第三に、補正が介入した場合は四人で対処する」


暗殺者が淡々と付け加える。


「勇者が暴走したら止める」


勇者が苦笑する。


「それまだ言う?」


「当然だ」


賢者が続ける。


「問題は、その“補正”がどのような形で来るかだ」


空気が少し引き締まる。


勇者も真面目な顔になる。


だが先ほどの笑いが、底に残っている。


重くなりすぎない。


それが違いだ。


「新しい勇者が現れる可能性」


聖女が言う。


「魔王側にも、何か変化があるかもしれません」


暗殺者が頷く。


「枠は埋めたが、止めただけだ」


勇者は腕を組む。


「つまり俺たちは、常に揺らぎの中にいるわけだな」


賢者が静かに答える。


「そうだ」


少しの沈黙。


だが不安ではない。


勇者が立ち上がる。


「ま、なんとかなるだろ」


賢者が即座に言う。


「その楽観はどこから来る」


勇者が笑う。


「昨日よりは、俺が俺だからな」


暗殺者が小さく頷く。


聖女が微笑む。


朝日が、四人を包む。


影が短い。


新しい一日。


勇者は伸びをする。


「よし、飯にしよう」


「切り替えが早いな」


「腹減ったんだよ」


聖女が笑いながら準備を始める。


賢者が水を汲みに行く。


暗殺者が周囲を確認する。


当たり前の朝。


だが昨日とは違う。


肩書きではなく、名前で呼べる。


勇者はふと、また思い出し笑いをする。


「まだ笑うのか」


暗殺者が呆れる。


「いやさ……」


勇者が肩をすくめる。


「俺、ほんとにお前の名前好きだわ」


「……複雑だな」


「だって勇者っぽいのに暗殺者なんだぞ?」


聖女が吹き出す。


賢者が苦笑する。


「逆説的で実に象徴的だ」


勇者は空を見上げる。


青い。


昨日までの圧迫感が嘘のようだ。


「さ」


深呼吸する。


「今日も俺たちでやるか」


誰も異論を唱えない。


四人。


勇者、聖女、賢者、暗殺者。


いや――


それぞれの“名前”を持つ四人。


笑いから始まった朝は、確かに世界の流れを変えていた。


停滞は、重苦しいものではない。


こうして笑えるなら。


世界が何を仕掛けてきても。


きっと。


四人は、四人でいる。



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