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『導かれる者たちの中で 〜レベルを上げて魔王を倒す。それが正しいと、誰も疑わなかった。〜』  作者: 街角のコータロー
第3章

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第23話: 名前の夜

魔王城を出たとき、空はすでに群青に沈んでいた。


王の間の緊張は遠ざかり、冷たい夜風が頬を撫でる。


四人は城から少し離れた丘に陣取った。


いつもと同じように、野営の準備をする。


聖女が火種を起こし、

賢者が結界を張り、

暗殺者が周囲の気配を探り、

勇者が薪を放り込む。


火がぱちりと弾ける。


橙の光が、四人の顔を照らす。


静かな夜だ。


虫の声が遠くで鳴いている。


まるで、あの王の間での出来事が幻だったかのように。


勇者はしばらく黙って火を見つめていた。


炎が揺れる。


その揺れの中に、さっきまでの自分を見る。


赤く滲んだ視界。


届かない刃。


世界という言葉に縋った自分。


そして――


「みんな……ごめん!!」


突然、勇者が地面に額を擦りつけた。


勢いが良すぎて、砂が舞う。


聖女が小さく悲鳴をあげる。


「そんな! 頭をあげてください!」


慌てて両手を伸ばす。


勇者は顔を上げない。


「俺、おかしくなっちゃってた!」


声が震えている。


「世界だの祝福だの言ってさ……お前らの声、全然聞こえてなかった」


拳を握る。


「一人で突っ走って、勝手に終わらせようとして……」


焚き火がぱちりと鳴る。


賢者が、静かに息を吐く。


「君だけではない」


勇者が顔を上げる。


賢者はいつものように眼鏡を押し上げた。


「こちらにも非がある」


穏やかな声。


だが誤魔化さない。


「私は構造を疑いながらも、決定的な一言を言えなかった。分析に逃げた」


聖女が俯く。


「わたしも……神託に縛られていました。勇者様が苦しんでいるのに、止めきれなかった」


暗殺者は火を見つめたままだ。


賢者が横目で見る。


「特に暗殺者」


「……」


「君は言葉が足りなすぎる。誤解を生むぞ?」


焚き火の光が、暗殺者の横顔を照らす。


沈黙が、少し長い。


やがて。


「……すまん」


短い。


だが真っ直ぐだ。


勇者が思わず笑う。


「お前が謝るとレア感すげぇな」


暗殺者が眉をひそめる。


「謝っているのに笑うな」


聖女がくすりと笑う。


賢者も肩を揺らす。


気づけば、四人とも笑っていた。


大声ではない。


静かで、じんわりと広がる笑い。


久しぶりだった。


心の底から笑ったのは、いつぶりだろう。


焚き火の光が揺れる。


その中で、四人の影が伸びる。


勇者が深く息を吸う。


「さて」


膝を叩く。


「実際問題、これからどうするかだな」


真面目な顔になる。


「賢者! なんかいい案はないか?」


賢者が苦笑する。


「急に丸投げするな」


「だってお前が一番頭いいだろ」


「理論上はな」


賢者は薪を一本、火にくべる。


炎が少し強まる。


「まず確認だ。君は本当に“停滞”を選ぶつもりか?」


勇者は迷わない。


「ああ」


「魔王を討たず、だが放置もせず」


「うん」


「神託に従わず、しかし世界を見捨てず」


「当たり前だろ」


賢者は頷く。


「ならば前提が変わる」


聖女が顔を上げる。


「どう変わるのですか?」


「勇者パーティは“討伐部隊”ではなく、“均衡維持機関”になる」


勇者が目をぱちぱちさせる。


「き、きんこう?」


暗殺者が小さく言う。


「魔王が暴れれば止める。勇者が暴走しそうなら止める」


勇者が顔をしかめる。


「俺も止められる側かよ」


賢者が即答する。


「当然だ」


聖女が小さく笑う。


「みんなで、ですね」


勇者は腕を組む。


「でもさ、世界はどう反応するんだ? 俺が魔王を倒さないってなったら」


賢者は少し考える。


「圧はかかるだろう」


焚き火が揺れる。


「補正が、別の形で来る可能性もある」


聖女が不安げに言う。


「例えば……?」


暗殺者が淡々と答える。


「新しい勇者が現れる」


空気が、少し重くなる。


勇者が目を細める。


「俺がいるのに?」


「構造上はあり得る」


賢者が頷く。


「勇者という役割は枠だ。埋まらないなら、別で補填されるかもしれない」


勇者が地面を見つめる。


「めんどくせぇな、この世界」


暗殺者が小さく笑う。


「今さらだ」


議論はそこから加速した。


もし新勇者が現れたらどうするか。

魔王とどう距離を保つか。

各地の紛争にどう介入するか。

神殿への説明は。

王国への報告は。


喧喧囂囂。


声が重なり、火が揺れる。


勇者が身振り手振りで語り、

賢者が理論を組み立て、

聖女が現実的な懸念を出し、

暗殺者が要点だけ刺す。


時間が過ぎる。


夜が深くなる。


やがて勇者が大きく伸びをした。


「よし! 今日はここまでだ!」


ぱちんと手を叩く。


「明日もまた考えよう!」


賢者が呆れたように笑う。


「君は本当に区切りが雑だな」


「脳みそがパンクしそうなんだよ!」


聖女が微笑む。


「でも……前よりずっと、いい顔をしています」


勇者が照れくさそうに笑う。


「そりゃどうも」


しばし、静かな時間。


焚き火の音だけが響く。


星が瞬く。


勇者が、ぽつりと言う。


「……ところでさ」


三人が顔を上げる。


「こんな事言うのもなんなんだけど」


勇者が頭をかく。


「改めましてよろしくってことでさ」


妙に真面目な顔になる。


「お前らの名前って、なんだっけ?」


沈黙。


焚き火が、ぱちりと弾ける。


聖女が、ゆっくり瞬きをする。


「……え?」


賢者の眼鏡がずり落ちる。


「は?」


暗殺者が、目を細める。


勇者は真顔だ。


「いやだってさ。ずっと“聖女”“賢者”“暗殺者”って呼んでただろ?」


三人が顔を見合わせる。


確かに。


名を、呼んだことがない。


勇者もまた。


「……」


聖女が小さく笑う。


その笑みは、少し寂しく、でもどこか嬉しそうだ。


「わたしの名前は――」


彼女が口を開く。


その瞬間。


風が、焚き火を揺らす。


役割ではない。


肩書きではない。


“名前”が、夜に落ちようとしている。


勇者は、静かに待つ。


初めて。


世界ではなく。


仲間の“個”を、真正面から見つめながら。


この夜。


物語は、また一段、構造から外れた。


勇者は勇者のまま。


だがもう、役だけではない。


名前を呼ぶこと。


それは、循環を断つ最初の行為だった。



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