第22話: 停滞という刃
王の間に、戦いの余熱がまだ残っている。
砕けた床。
裂けた柱。
天井から落ちた瓦礫。
だが空気は、先ほどまでとはまるで違う。
張り詰めていない。
押し潰されそうでもない。
勇者は肩で息をしながら、魔王を見ている。
剣は握っている。
だが振り上げてはいない。
「さて、これからどうしたらいい?」
その問いは、本気だ。
討つ気配も、退く気配もない。
ただ、選ぼうとしている。
魔王はしばらく黙っていた。
やがて、静かに言う。
「貴様が決めよ」
勇者が目を瞬かせる。
「……決めろったって」
額に手を当てる。
「何をどうしたらいいのか、わからん!!」
王の間に、その声が響く。
あまりに素直すぎる困惑。
聖女が、ぽかんと口を開ける。
目を見開いたまま固まる。
「え……」
勇者が振り向く。
「え、ってなんだよ」
聖女は慌てて首を振る。
「い、いえ……その……」
勇者が頭をかく。
「だってそうだろ? 今まで“倒せ”って言われてきて、いざ倒さなくていいかもってなったら、次どうすればいいのか分からなくなるだろ」
賢者が、小さく吹き出す。
「はは……」
眼鏡を押し上げる。
「実に君らしい」
「笑うなよ!」
「笑ってはいない。安心しているだけだ」
勇者は眉をひそめる。
暗殺者が、薄く笑みを浮かべる。
ほんのわずかだが、確かに。
「勇者は勇者のまま、勇者を止めればいいんじゃないか?」
静かに言う。
勇者が固まる。
「……は?」
魔王が、興味深そうに目を細める。
「ほう? 停滞か」
勇者が両手を広げる。
「ちょっと待て! 二人で納得しないで、わかるように説明してくれよ!!」
聖女がようやく我に返る。
「て、停滞……?」
賢者も顎に手を当てる。
「興味深い言い回しだな」
暗殺者は肩をすくめる。
「簡単だ」
一歩、前に出る。
勇者と魔王の間に立つ。
「今までの勇者は、最後に魔王を討つことで“完結”してきた」
王の間の空気が、わずかに重くなる。
「物語は、討伐で締める」
魔王が静かに頷く。
「うむ」
暗殺者が続ける。
「だが今、お前は討たなくても立っていられる」
勇者が眉を寄せる。
「まあ……そうだな」
「なら、終わらせなければいい」
沈黙。
勇者が目をぱちぱちさせる。
「……どういうことだ?」
賢者が口を挟む。
「つまり、勇者という役割を“完遂しない”ということか?」
暗殺者が頷く。
「勇者のまま、魔王を討たない」
聖女が息を呑む。
「そんな……」
魔王が腕を組む。
「物語の進行を止める、か」
勇者が頭を抱える。
「いやいや待て待て待て」
歩き回る。
「それって……俺、ずっと勇者のままってことか?」
「そうだ」
「魔王も、ずっと魔王?」
魔王が肩をすくめる。
「それも一興」
勇者が呻く。
「いや、それ困るだろ!」
賢者が冷静に言う。
「だが理には適っている」
勇者が振り向く。
「どこが!?」
賢者は王の間を見渡す。
「この世界は、勇者と魔王の対立で均衡を保っている可能性が高い」
静かに言葉を重ねる。
「討伐は、循環を再始動させる。新たな勇者、新たな魔王を生む」
聖女の顔が青ざめる。
「では……」
暗殺者が言う。
「終わらせるから、繰り返す」
魔王が低く笑う。
「停滞は、繰り返しを拒む」
勇者が唸る。
「……つまり?」
賢者がまとめる。
「君が勇者として存在し続け、魔王も魔王として存在し続ければ、次の“強制補正”は発動しにくくなる」
聖女が呟く。
「勇者も魔王も、生きたまま……?」
魔王が頷く。
「対立はある。だが決着はない」
勇者が腕を組む。
「それって……戦い続けるってことか?」
暗殺者が首を振る。
「違う」
「え?」
「戦わない自由を持ったまま、戦わない」
沈黙。
勇者がゆっくりとその言葉を飲み込む。
「勇者のまま、勇者を止める……」
聖女が不安げに言う。
「でも……世界は?」
勇者が振り向く。
今度は、迷いがない目だ。
「守るさ」
聖女の目が揺れる。
「どうやって?」
勇者が笑う。
「俺たちで考える」
賢者が目を細める。
「神託に従わず?」
勇者は肩をすくめる。
「さっき、従ってボロボロになった」
暗殺者が小さく笑う。
魔王が静かに言う。
「停滞は楽ではないぞ」
勇者が真っ直ぐ見る。
「討つよりは、マシだろ?」
魔王の目がわずかに鋭くなる。
「余を信じるのか」
勇者は即答しない。
少し考える。
そして言う。
「信じるんじゃない」
一歩、近づく。
「疑い続ける」
魔王の口元が、わずかに上がる。
「それでよい」
王の間に、奇妙な静けさが戻る。
勇者が深く息を吐く。
「……つまり俺は、勇者のまま魔王を倒さず、でも放置もせず、世界を守りつつ、循環を止める」
賢者が頷く。
「要約すればそうなる」
勇者が頭を抱える。
「ややこしいな!!」
聖女が、くすりと笑う。
それは久しぶりの笑みだ。
暗殺者が言う。
「難しく考えるな」
勇者が顔を上げる。
「お前はさっき言っただろ」
暗殺者の目が細くなる。
「俺は俺だ、って」
勇者の胸に、すとんと落ちる。
魔王が玉座に腰を下ろす。
「決めたのなら、好きにせよ」
勇者が、剣を鞘に納める。
金属音が静かに響く。
「……よし」
振り返る。
聖女と目を合わせる。
賢者と頷き合う。
暗殺者と視線を交わす。
四人。
勇者パーティ。
だが今は、役割ではない。
選んだ者たちだ。
勇者が言う。
「とりあえず今日は帰ろう」
全員が一瞬固まる。
「帰る?」
「腹減った」
真顔だ。
賢者が吹き出す。
聖女が笑う。
暗殺者が肩を震わせる。
魔王が、静かに目を閉じる。
「好きにせよ、勇者」
勇者が振り向く。
「おう」
その返事は軽い。
だが決意は重い。
王の間に、決着はない。
血も流れていない。
だが。
確かに、何かが止まった。
循環。
強制。
物語の終端。
勇者は、勇者のまま立っている。
魔王も、魔王のままだ。
停滞。
それは刃ではない。
だが確かに、世界の流れに突き立てられた杭だった。
もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想などをいただけると執筆の励みになります! よろしくお願いいたします




