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『導かれる者たちの中で 〜レベルを上げて魔王を倒す。それが正しいと、誰も疑わなかった。〜』  作者: 街角のコータロー
第3章

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第21話: お前はお前だ

「貴様は勇者である前に何だ」


魔王の問いが、王の間に落ちる。


重い。


逃げ場のない問いだ。


勇者の唇が震える。


言葉が出ない。


“勇者”という名は、あまりに長く背負いすぎた。


祝福。使命。期待。称号。


それらを剥がしたとき、何が残るのか。


沈黙が続く。


その沈黙を、裂いたのは――


「……お前はお前だろ?」


暗殺者だった。


低い声。


感情を過度に乗せない、いつもの声音。


だが、芯がある。


勇者が、わずかに振り向く。


暗殺者は、壁に寄りかかるでもなく、ただ立っている。


視線は逸らさない。


「俺たちは、勇者『様』と旅をしてきたんじゃない」


一歩、踏み出す。


足音は静かだが、確かだ。


「お前と旅をしてきたんだ」


聖女の瞳が揺れる。


賢者が息を止める。


暗殺者は続ける。


「前にも言っただろ」


勇者の胸が、ちくりと痛む。


あの夜。


焚き火の前。


自分が“勇者らしく”あろうとして、無理に笑っていたとき。


暗殺者が、ぽつりと言った。


――自分と向き合え。


「今はどうだ?」


問いは、柔らかい。


だが逃がさない。


勇者の中で、何かが静かに崩れる。


世界の祝福。


神託の声。


“終わらせろ”という衝動。


それらが、一瞬遠のく。


代わりに、近くなるものがある。


聖女の震える呼吸。


賢者の抑えた焦燥。


暗殺者の、変わらぬ視線。


旅の記憶が、流れ込む。


雨の中で笑った日。


宿代が足りずに揉めた夜。


聖女が作った焦げたスープ。


賢者の長い講義。


暗殺者の短い忠告。


“勇者”としてではない。


一人の人間としての時間。


勇者の肩から、力が抜ける。


赤く滲んでいた視界が、澄んでいく。


「……そうだったな」


かすれた声。


だが、確かだ。


「俺は俺だ」


深く息を吸う。


吐く。


「他の誰でもない」


その瞬間。


王の間に満ちていた圧が、わずかに緩む。


補正の流れが、揺らぐ。


魔王の瞳が細まる。


(戻ったか)


勇者が、ゆっくりと立ち上がる。


膝の震えはない。


剣を握る手も、落ち着いている。


先ほどまでの暴走の気配は消えている。


代わりにあるのは――


静かな決意。


勇者は、魔王を見る。


目に宿るのは怒りではない。


闘志。


そして、理解。


「さて、魔王」


口元が、わずかに上がる。


「もう少し付き合ってもらうぞ!!」


踏み込む。


だが今度は、違う。


加速は自然。


床を蹴る力が、無駄なく伝わる。


剣が、真っ直ぐ伸びる。


鋭い突き。


速い。


だが荒くない。


魔王が剣を合わせる。


金属音。


重さが、伝わる。


先ほどまでの空虚な手応えではない。


確かな抵抗。


勇者の目が、わずかに見開く。


(いる)


魔王が、そこにいる。


刃と刃が押し合う。


魔王が微笑む。


「ほう」


勇者が剣を滑らせる。


受け流し。


返しの斬り上げ。


魔王が半歩引く。


外套が揺れる。


床に浅い傷が走る。


「ようやく、剣を持ったな」


勇者は笑う。


「さっきまでのは、ただの八つ当たりだ」


再び踏み込む。


今度は横薙ぎ。


魔王が受ける。


だが勇者はすぐに力を抜く。


剣を返し、足払い。


魔王が跳ぶ。


空中で体勢を変え、逆に斬り下ろす。


勇者が受ける。


衝撃。


膝がわずかに沈む。


だが崩れない。


地に、足がある。


呼吸が整っている。


一撃ごとに、思考がある。


斬る理由がある。


討つためではない。


確かめるため。


刃が交錯する。


火花が散る。


王の間に、鋭い金属音が幾度も響く。


聖女が呟く。


「……綺麗」


それは暴力ではない。


技の応酬。


賢者が目を細める。


「軸が安定している。魔力の流れも均一だ……先ほどとは別人だ」


暗殺者は、小さく息を吐く。


「やっと戻ったか」


勇者が連撃を放つ。


三段。


魔王が全て受ける。


だが、押される。


ほんのわずか。


魔王の足が半歩下がる。


勇者の口元が歪む。


「どうだ」


「悪くない」


魔王が踏み込む。


反撃。


鋭い突き。


勇者が身体を捻る。


刃が頬を掠める。


血が一筋。


だが勇者は笑う。


「痛ぇな」


「それが戦いだ」


魔王の剣が滑る。


勇者が受け流す。


今度は勇者が体を回す。


回転斬り。


魔王が剣で受ける。


衝撃が広がる。


技と技。


読みと読み。


互いに、互いを見ている。


世界の圧は、入る隙を失う。


勇者はもう、“終わらされよう”としていない。


ただ、目の前の相手と向き合っている。


数刻。


刃は止まらない。


汗が落ちる。


呼吸が荒くなる。


だが、どちらも崩れない。


最後。


魔王が鋭く踏み込み、剣を弾く。


勇者の剣が高く跳ねる。


空いた胴へ、掌打。


衝撃。


勇者が吹き飛ぶ。


床を滑る。


だが。


今度は違う。


片膝をつき、地を掴む。


衝撃を殺す。


すぐに立つ。


剣を握る。


呼吸を整える。


「……ふう」


額の汗を拭う。


赤い瞳は、もうない。


澄んだ目だ。


「スッキリしたぜ!」


笑う。


心の底から。


「ありがとうな」


魔王がわずかに眉を上げる。


「礼を言われる筋合いはない」


勇者が肩を回す。


「いや、ある」


剣を肩に担ぐ。


「俺を殴り返してくれた」


王の間に、静かな空気が戻る。


戦いは終わっていない。


だが、何かが決定的に変わった。


勇者が魔王を真っ直ぐ見る。


「さて」


口調は軽い。


だが目は真剣だ。


「これからどうしたらいい?」


問いは、戦意ではない。


相談でもない。


選択の前の確認。


魔王は、しばし勇者を見つめる。


その背後に立つ三人を見る。


四人。


“勇者パーティ”。


だが今は、役割ではなく人間だ。


魔王の口元が、わずかに緩む。


王の間に、新しい局面が訪れようとしていた。


勇者は、もう“勇者”として立っていない。


一人の人間として、刃を握っている。


そしてその姿は――


先ほどより、遥かに強かった。



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