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『導かれる者たちの中で 〜レベルを上げて魔王を倒す。それが正しいと、誰も疑わなかった。〜』  作者: 街角のコータロー
第3章

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第18話: 誰もいない城

魔王城は、あまりにも静かだった。


風が吹いているはずなのに、旗は揺れない。

城壁の上に立つはずの魔族兵の影もない。

見張り塔に灯るはずの魔導灯も、暗い。


城門は、開いていた。


軋む音すら立てずに。


聖女が、足を止める。


「……誰も、いないなんて……」


その声は小さい。

祈りのようでもあり、怯えのようでもある。


賢者は眼鏡の位置を直し、城壁を見上げた。


「あり得ない」


短く、断じる。


「前回の偵察では、外縁だけでも三百はいた。迎撃陣も確認済みだ。罠も、結界も」


視線が滑る。

魔力探知を展開する。


反応は――薄い。


薄すぎる。


「……魔力密度が異常に低い」


聖女が袖を握る。


「やっぱり、何か……」


「罠の可能性が高い」


賢者は即答する。

だが、その声にわずかな揺れがある。


罠にしては、整いすぎている。


静かすぎる。


勇者は、ただ門を見ていた。


大きな黒鉄の門。


そこを通れば、魔王の城。


幾度も夢に見た場所。


討たねばならぬ存在がいる場所。


胸が高鳴るはずだった。


だが。


不思議と、凪いでいる。


「いこう」


振り返らない。


確認もしない。


ただ、歩き出す。


聖女が慌てて続く。


「ちょ、ちょっと待って……!」


賢者は舌打ちを飲み込み、後を追う。


最後に、暗殺者が動く。


足音が、ない。


彼だけが、一瞬だけ城門の上を見た。


誰もいない空間を。


いや。


“見られている”感覚。


それがある。


だが、視線の主は特定できない。


(始まってる)


小さく、心の中で呟く。


勇者は迷わない。


真っ直ぐ進む。


中庭。


噴水は止まり、水は干上がっている。

石畳に血の跡はない。

戦闘の形跡もない。


撤退ではない。


消失。


賢者がしゃがみ込み、地面に触れる。


「熱がない……」


「熱?」


聖女が問う。


「魔族の集団がここにいたなら、残留魔力があるはずだ。だが、ほぼゼロだ。まるで最初から“存在していなかった”みたいに」


その言葉に、聖女の肩が震える。


「そんな……」


勇者は振り返らない。


歩幅が一定。


迷いがない。


城の構造を、知っているかのように。


廊下に入る。


長い赤絨毯。


壁の燭台には火が灯っていない。


足音だけが響く。


聖女の呼吸が早い。


「勇者……様」


「なんだ」


優しい声。


いつも通り。


「怖く、ないんですか」


少しの間。


「怖いよ」


即答。


だが足は止まらない。


「でも、行かなきゃいけない」


「どうして……」


聖女の問いに、勇者は少しだけ間を置く。


言葉を探すように。


「わかるんだ」


「……何が?」


「ここだって」


短い言葉。


賢者の目が鋭くなる。


「“わかる”? 何を根拠に」


勇者は首を傾ける。


「根拠……?」


その問い自体が、理解できないような顔。


「だって、ここにいる」


「誰が」


「魔王が」


空気が、わずかに重くなる。


賢者は即座に思考を回す。


誘導魔法?

精神干渉?

聖女経由の神託影響?


勇者の魔力波形を観測する。


乱れている。


周期が一定ではない。


外部同期の兆候。


「勇者」


声が硬い。


「今、何か声が聞こえているか」


「声?」


「神託、啓示、あるいは衝動」


勇者は少し考える。


「……うん」


聖女が息を呑む。


「何が」


「進めって」


静かに。


「ここで終わらせろって」


聖女の顔から血の気が引く。


「終わらせる……?」


賢者は歯を噛む。


(強制補正……?)


可能性は考えていた。


だが、ここまで露骨に。


城内が空なのは、迎撃放棄ではない。


舞台装置の整理。


役者だけを残すための。


暗殺者は、何も言わない。


ただ勇者の背を見ている。


その歩き方。


微妙に、一定すぎる。


感情の揺れと一致していない。


(引っ張られてる)


見えない糸。


それが、確かにある。


だが切れない。


階段を上る。


王の間へ続く最後の廊下。


聖女の足が、止まる。


「待って」


勇者も止まる。


振り向く。


その瞳は優しい。


いつも通り。


なのに。


奥が、揺れている。


「どうした」


「……祈りが、変なんです」


聖女は胸元を押さえる。


「いつもは、導きは穏やかなのに……今は、命令みたいで……」


声が震える。


「“討て”って……何度も……」


勇者の瞳が一瞬だけ強く光る。


賢者が息を呑む。


魔力波形が跳ね上がる。


「勇者、深呼吸を」


「大丈夫」


即答。


だが拳が震えている。


「終わらせれば、楽になる」


その言葉は、誰のものだ。


勇者自身か。


それとも。


暗殺者が、初めて口を開く。


「お前は、楽になりたいのか」


三人が振り向く。


勇者は少し笑う。


「違うよ」


「なら何だ」


沈黙。


わずかな間。


「……わからない」


その正直さが、痛い。


賢者は確信する。


これは戦略ではない。


物語の収束だ。


勇者という存在を、終点へ押し込む力。


王の間の扉が見える。


巨大な扉。


閉じている。


だが。


勇者は迷わず手をかける。


「待て」


賢者が制止する。


「ここまで整いすぎている。兵がいない。罠がない。魔王が待っている可能性は高いが――」


「うん」


勇者はうなずく。


「いるよ」


「なぜわかる」


「だって」


一瞬。


その瞳が、赤く揺れる。


「ここで戦うんだろ?」


空気が凍る。


聖女が涙をこぼす。


「勇者様……」


暗殺者は、勇者の背中を見つめる。


(もう半分、向こう側だ)


だが、まだ。


まだ戻れる。


勇者が扉を押す。


重い音。


王の間。


玉座に――


魔王が、いる。


動かない。


兵もいない。


側近もいない。


ただ一人。


勇者と、視線が交わる。


その瞬間。


世界が、わずかに軋んだ。


賢者の魔導盤が弾ける。


「出力、急上昇……!」


聖女が膝をつく。


「神託が……強い……!」


勇者は、一歩踏み出す。


自然に。


当然のように。


だが。


その背中に、暗殺者の声が落ちる。


「勇者」


足が、止まる。


ほんの、わずかに。


「それはお前の足か」


沈黙。


時間が伸びる。


勇者の呼吸が乱れる。


拳が震える。


魔王は、動かない。


ただ見ている。


勇者は――


「……わからない」


その答えが、すべてだった。


世界は、まだ静観している。


だが圧は増している。


討伐を成立させようとする巨大な流れ。


王の間は、嵐の前の静けさ。


四人の立ち位置が、わずかにずれる。


勇者は前。


聖女は膝をつき。


賢者は解析に追われ。


暗殺者だけが、斜めに立つ。


魔王と勇者を、同時に視界に入れる位置。


均衡は、崩れかけている。


まだ、戦っていない。


だが。


もう、戻れない場所まで来ている。


誰もいない城。


それは空白ではない。


“整えられた舞台”だった。


そして今。


幕が、上がろうとしている。



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