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『導かれる者たちの中で 〜レベルを上げて魔王を倒す。それが正しいと、誰も疑わなかった。〜』  作者: 街角のコータロー
第3章

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第12話: 膝

 行軍は静かだった。


 森を抜け、丘陵に入る。


 風が強い。


 草が波打つ。


 勇者は先頭を歩いている。


 振り返らない。


 振り返れば、何かを言わなければならない。


 言葉がない。


 賢者は後方で歩幅を調整している。


 聖女の呼吸が乱れていることに、気づいていた。


 だが、声をかける“間”がない。


 暗殺者はさらに後ろ。


 距離を取っている。


 隊列が、微妙に伸びている。


 まとまりがない。


 正午を過ぎる。


 日差しが強くなる。


 聖女の足取りが重い。


 詠唱の余韻が、体に残っている。


 昨日の治癒は、不安定だった。


 光が揺れた。


 祈りが濁った。


 あの瞬間から、何かが崩れている。


 聖女は息を吸う。


 肺が浅い。


 足が上がらない。


 勇者の背が遠い。


 追いつかなければ。


 追いつけない。


 一歩。


 もう一歩。


 視界が揺れる。


 世界が傾く。


 膝が折れる。


 音は小さい。


 だが確かに崩れた。


 賢者が即座に反応する。


「……聖女」


 駆け寄る。


 額に手を当てる。


 熱はない。


 魔力の流れが乱れている。


 脈が速い。


「無理をした」


 それは確認であり、告げでもある。


 聖女は首を振る。


「……大丈夫です」


 声が震えている。


 大丈夫ではない。


 分かっている。


 だが止まれない。


 止まれば、遅れる。


 遅れれば、足を引く。


 足を引けば、価値がない。


 賢者は低く言う。


「立たなくていい」


 その声音は、理論ではない。


 感情だ。


 暗殺者が近づく。


 しゃがみ込み、聖女の顔を見る。


「今日は無理だ」


 断言。


 軽い調子ではない。


「足が震えてる。魔力も乱れてる」


 賢者が頷く。


「進行は中止すべきだ」


 風が強まる。


 その時、ようやく勇者が振り返る。


 距離がある。


 表情は読めない。


「……何してる」


 声だけが届く。


 暗殺者が立ち上がる。


「聖女が限界だ」


 勇者の眉が動く。


「まだ行ける距離だ」


「行けない」


 短い応酬。


 賢者が言う。


「本日はここで野営を」


 勇者は一瞬だけ沈黙する。


 予定地までは、あと半刻。


 安全な丘の上。


 見晴らしがよく、防衛もしやすい。


 ここは中途半端だ。


 魔物の気配もある。


 止まるには悪い位置。


 勇者は空を見る。


 判断。


 勇者は進む者だ。


 止まるのは敗北だ。


「予定地まで行く」


 言い切る。


 暗殺者が即座に返す。


「今日は無理だって言ってる」


「無理じゃない。支えればいい」


 その言葉に、聖女の肩が震える。


 支えられる存在。


 それは役目を果たしていない証。


 勇者は歩き出す。


「先に設営する」


 振り返らない。


「追いついてきてくれ」


 それだけ。


 足音が遠ざかる。


 賢者は動かない。


 聖女は俯いている。


 暗殺者は勇者の背を見つめる。


「……崩れてるな」


 誰にともなく呟く。


 賢者は低く言う。


「分かっている」


 聖女が、絞り出す。


「行きます」


 立とうとする。


 足が震える。


 賢者が支える。


「無理だ」


「足手まといに……」


「違う」


 賢者の声が強くなる。


「君は役目ではない」


 聖女は顔を上げる。


 理解できない。


 自分は聖女だ。


 祈る存在だ。


 回復する存在だ。


 それがなければ。


「私は……」


 言葉が消える。


 涙が落ちる。


 祈りが、出てこない。


 暗殺者が立ち上がる。


「今日はここで野営する」


 決めた声。


「勇者がどう言おうが」


 賢者は一瞬迷う。


 だが、頷く。


 聖女を座らせる。


 簡易結界を張る。


 遅い。


 だが確実な動き。


 丘の上。


 勇者は一人で設営を始める。


 杭を打つ。


 天幕を張る。


 火を起こす。


 動きは正確。


 だが速すぎる。


 視線が揺れている。


 なぜ来ない。


 遅い。


 もう日が傾く。


 苛立ちが増す。


 手元が乱れる。


 杭を打ち損ねる。


「……くそ」


 拳を握る。


 守るために急いでいる。


 安全な場所を確保している。


 それなのに。


 なぜ来ない。


 なぜ従わない。


 勇者は気づかない。


 それは命令だった。


 相談ではない。


 共有でもない。


 追いついてきてくれ。


 その言葉は、


 “自分の速度に合わせろ”という宣告だった。


 丘の下。


 簡易野営が完成する。


 火が灯る。


 小さい火。


 三人だけの火。


 聖女は横になっている。


 呼吸が少し整う。


 賢者が水を渡す。


 暗殺者は火を見ている。


「勇者、来るかな」


 賢者は答えない。


 聖女は目を閉じる。


 火が、温かい。


 だが足りない。


 何かが足りない。


 丘の上。


 勇者は一人、火を見ている。


 大きな火。


 安全な場所。


 完璧な設営。


 だが、誰もいない。


 風が吹く。


 火が揺れる。


 勇者は初めて、不安を感じる。


 置いていかれたのは、


 誰だ。


 夜。


 丘の上の火と、


 丘の下の火。


 二つの火が、別々に燃えている。


 それは決定的だった。


 もう、同じ焚き火は囲まれない。


 崩壊は静かに進む。


 音はしない。


 だが確実に、


 四人は別の夜を過ごしている。


 勇者は空を見上げる。


 星がある。


 だが遠い。


 下を見れば、かすかな光。


 三人の火。


 勇者は動かない。


 動けない。


 自分から降りればいい。


 分かっている。


 だが足が動かない。


 勇者だから。


 進む者だから。


 止まるのは、負けだ。


 丘の下。


 聖女は微睡みながら思う。


 置いていかれたのは、


 私たちなのか。


 それとも。


 暗殺者がぽつりと言う。


「もう、勇者パーティじゃないな」


 賢者は目を閉じる。


「……ああ」


 火が燃える。


 別々に。


 その夜、


 誰も丘を越えなかった。


 距離は、半刻。


 だが埋まらない。


 崩壊は完了していない。


 だが戻れない地点を越えた。


 明日、どうする。


 誰も言わない。


 夜は長い。


 火は二つ。


 そして、四人は、


 もう同じ夜を見ていない。


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