第13話: 修正
夜明け前。
丘の上の火は、灰になっていた。
勇者は眠っていない。
座ったまま、空を見ていた。
寒さは感じない。
焦燥も、今はない。
ただ、待っている。
降りるという選択は、しなかった。
自分が間違っていたかもしれない、という考えを、
最後まで飲み込めなかった。
だから待つ。
来るはずだ。
来なければ、おかしい。
俺は勇者だ。
やがて朝霧の向こうに、三つの影が現れる。
歩いてくる。
ゆっくりと。
勇者は立ち上がる。
何か言おうとする。
だが、三人は何も言わない。
丘を登る。
聖女の顔色はまだ悪い。
賢者は無表情。
暗殺者は視線を合わせない。
距離が、ある。
「……行くぞ」
勇者はそれだけ言う。
誰も返事をしない。
四人は並ぶ。
歩き出す。
昨日よりも、さらに静かだ。
隊列は整っている。
だが、繋がっていない。
昼前。
魔物の群れが現れる。
数が多い。
異様に多い。
賢者の眉が動く。
「……多すぎる」
暗殺者が低く呟く。
「囲まれてる」
聖女は杖を握る。
まだ本調子ではない。
勇者が前に出る。
「下がってろ」
短い。
それだけ。
魔物が一斉に襲いかかる。
地が震える。
牙。
爪。
咆哮。
勇者は踏み込む。
速い。
昨日よりも速い。
剣が閃く。
一体、二体、三体。
だが数が減らない。
後方に回る個体。
聖女に迫る影。
賢者が詠唱に入る。
だが。
その瞬間。
世界が、軋んだ。
音ではない。
だが確かに何かが“噛み合った”。
勇者の視界が白く染まる。
鼓動が跳ね上がる。
血が沸騰する。
何かが流れ込んでくる。
理屈ではない。
強制的な、補填。
足が軽い。
刃が重い。
世界が遅い。
「……は?」
次の瞬間。
勇者は消えた。
いや、速すぎて見えない。
斬撃が爆ぜる。
空気が裂ける。
魔物の群れが、一瞬で切り裂かれる。
地面が割れる。
最後の一体が倒れるまで、
数息。
静寂。
血の匂い。
勇者は立っている。
呼吸は荒い。
だが、傷はない。
さっきまでの劣勢が、嘘のようだ。
「……なんだ、今の」
賢者の声が低い。
理論が追いつかない。
勇者は自分の手を見る。
震えていない。
力が満ちている。
底がない。
理解する。
「俺……」
息を吐く。
「覚醒したみたいだ」
笑う。
安堵に近い笑み。
「これで守れる」
三人を見る。
「安心しろ」
胸を張る。
「みんな、俺が守るんだ」
それは宣言。
誓い。
そして――断絶。
聖女の指が震える。
目が揺れる。
守られる。
完全に。
自分の祈りがなくても。
それは、救いか。
違う。
存在の否定だ。
賢者は勇者を見つめる。
理論が組み上がる。
外部からの干渉。
過剰な補正。
世界が、帳尻を合わせた。
勇者を中心に。
ならば。
自分たちは何だ。
調整対象か。
暗殺者は、笑った。
乾いた笑み。
「へぇ」
小さく拍手する。
「すごいな、勇者様」
目は笑っていない。
「これで全部解決だ」
皮肉はない。
事実だ。
勇者一人で足りる。
ならば。
勇者パーティは、いらない。
勇者は気づかない。
三人の温度差に。
力がある。
確信がある。
これで戻せる。
あの形に。
焚き火の夜に。
守れる。
全部。
その時。
遠く。
玉座の間。
闇の奥。
魔王が目を細める。
余は、笑う。
「ほう?」
空間の歪みを感じる。
「想定外の歪みだな」
勇者の気配が、跳ねた。
強制的な底上げ。
世界が直接触れた。
「面白い」
余は立ち上がる。
補正が露骨すぎる。
焦っているのは、世界か。
勇者はまだ壊れていない。
だが孤立した。
そこに力を与える。
愚策だ。
力は孤独を加速させる。
余は知っている。
武人であった頃、
力だけが残った夜を。
「さて」
余は呟く。
「どこまで歪む」
視界の先。
勇者は笑っている。
三人は、笑っていない。
世界は一人を持ち上げた。
だがその代償に、
四人の均衡は完全に崩れた。
勇者は前を向く。
「行こう」
足取りは軽い。
自信がある。
三人は続く。
だが距離がある。
もう、追いつくためではない。
離れすぎないために歩いている。
空は晴れている。
風が強い。
見えない糸が、勇者に絡みついている。
それは祝福か。
それとも拘束か。
誰も答えない。
ただ一つ確かなのは。
この瞬間。
勇者は最強になった。
そして。
最も孤独になった。
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