第10話: 盤上の王
勇者は死ななかった。
報告は簡潔であった。
高位魔族、討伐失敗。
勇者、生存。致命傷なし。
致命傷なし。
余は玉座にてその言葉を反芻する。
ありえぬ。
あれは削るために放った。
四天王ではない。だが勇者を殺すに足る刃であった。
余は戦闘の軌跡を思い返す。
勇者の踏み込みは浅い。
反応はわずかに遅い。
剣筋は完璧ではない。
なのに、死なぬ。
刃は逸れる。
足場は崩れる。
鎧は引っかかる。
偶然が重なりすぎる。
「……またか」
玉座の肘掛けを指で叩く。
術式の干渉は確認しておらぬ。
余の配下の魔力痕跡もない。
それでも結果は固定される。
勇者は生きる。
余は目を閉じる。
違和は以前よりあった。
本来なら勝機である局面。
だが勝ちきれぬ。
理屈が足りぬのではない。
理屈が、働かぬ。
余は立ち上がる。
魔力を巡らせ、空間の歪みを探る。
何もない。
干渉の糸も、術の残滓も、気配もない。
だが。
“そうなる”。
勇者は死なぬ方向へ。
余は滅びへ近づく方向へ。
余は地図を広げる。
勇者の進路。
最短。
障害は配置した。
だが突破される。
否。
突破されるように整えられているのではないか。
「盤上……」
言葉が零れる。
余は王。
勇者も王。
盤は世界。
ならば駒は誰だ。
四天王。
魔族。
人間。
聖女。
賢者。
全て、駒。
では動かしているのは誰だ。
余の上に、何かがあるとでも言うのか。
否定したい。
だが否定できぬ。
勇者は死なぬ。
余もまた、決定的な勝利を掴めぬ。
戦いは進む。
だが結末が見える。
勇者がここへ来る。
余を討つ。
世界が救われる。
その後は?
知らぬ。
知らされておらぬ。
余の物語は、そこまでか。
余は己の記憶を辿る。
魔王となった日。
それは選択であったか。
力が流れ込んだ。
玉座が与えられた。
使命が染み込んだ。
侵攻。
支配。
破壊。
疑わなかった。
それが当然であった。
だが今は違う。
勇者は守られている。
ならば余は何だ。
倒されるための王か。
敗北が織り込まれた存在か。
笑みが漏れる。
「滑稽よな」
余もまた、駒か。
勇者が勇者であるように、
余は魔王であるだけ。
選んでおらぬ。
ただ置かれた。
怒りが込み上げる。
だが何に向ける。
魔力を叩きつける。
空間は揺らがぬ。
何も現れぬ。
それが最も腹立たしい。
敵が見えぬ。
報告は続く。
勇者、仲間と口論。
暗殺者、揺さぶりをかける。
聖女、祈祷不全。
賢者、理論停止。
盤が軋んでいる。
それでも勇者は進む。
“勇者である”ことを選んだ。
それすら一手か。
余は理解する。
勇者が役目を拒めば、盤は崩れる。
だが拒まぬ。
まだ。
ならば余はどうする。
盤を壊すか。
従うか。
玉座に腰を下ろす。
決断はせぬ。
だが一つだけ確かだ。
勇者も余も、
同じ檻の内にある。
檻の外は見えぬ。
だが確かにある。
次に盤が揺れる時。
何かが壊れる。
それが勇者か。
それとも余か。
静寂の中、余は目を閉じる。
勇者は進む。
余は待つ。
王である限り。
まだ、王である限り。
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