第4話: 噛み合わない刃
森を抜けた先、小さな集落跡に魔族の気配があった。
中堅級。数は三。
正直、獣王を倒した直後の俺たちからすれば、脅威じゃない。
「行くぞ!」
地面を蹴る。
踏み込み。
――少し浅い。
自分でわかる。重心が甘い。剣筋も最短じゃない。
それでも。
斬れた。
魔族の腕が宙を舞う。
反撃が来る。
遅い。
いや、俺が速い?
違う。
速くなった実感は、ない。
身体は昨日のままだ。
なのに。
敵が、紙みたいだ。
二体目。
振り下ろし。
本来なら受け流される角度。
だが刃は通る。
骨を断つ感触が軽すぎる。
「……なんだこれ」
口の中で呟く。
三体目が背後から来る。
振り向きが、ワンテンポ遅れた。
――当たる。
そう思った。
だが。
爪は俺の肩を掠めるだけで、深く入らない。
距離が、わずかにずれた。
いや。
ずらされた?
俺はそのまま振り抜く。
終わり。
静寂。
賢者が淡々と言う。
「戦闘時間、短縮傾向です」
聖女が微笑む。
「神の導きですわ」
俺は笑い返す。
「強くなってるよな、俺たち!」
声は明るい。
明るい、はずだ。
なのに。
胸の奥に、薄い膜みたいな違和感がある。
なんだ?
息を整える。
荒れていない。
本来なら、この規模でも少しは心拍が上がる。
だが平常。
成長、ってやつか?
そうだよな。
獣王を倒したんだ。
強くなってないほうがおかしい。
……おかしい?
違う。
当たり前だ。
歩き出す。
剣を振り直す。
重い。
あれ?
さっきより重く感じる。
さっきは軽かったのに。
素振り。
風切り音。
軌道は微妙にぶれる。
「……こんなもんだっけ」
暗殺者が横を通る。
一瞬、目が合う。
何も言わない。
でも。
なんか、知ってる顔だ。
俺は視線を逸らす。
違和感なんて、よくある。
成長途中なんだ。
完璧じゃなくていい。
次の遭遇はすぐだった。
今度は五体。
囲まれる。
正面二、左右一、背後一、高所一。
本来なら連携が必要。
「任せろ!」
地面を蹴る。
足が滑る。
いや、滑りかけた。
でも体勢は崩れない。
崩れないどころか、最適位置に立っている。
――なんで?
俺はそんな器用じゃない。
正面を斬る。
振りが荒い。
なのに深い。
左の魔族が突っ込む。
反応が遅れた。
当たる。
そう思った瞬間。
足場の石が砕ける。
相手の体勢が僅かに崩れる。
刃が先に届く。
偶然。
偶然だ。
背後。
気配が近い。
振り向くのが遅い。
――遅いはずなのに。
敵の爪は、俺の髪を掠めるだけ。
距離が足りない。
どうして?
呼吸が乱れる。
いや、乱れていない。
冷静すぎる。
最後の一体を斬り伏せる。
終わり。
静まり返る空間。
聖女が駆け寄る。
「お怪我は?」
「ないよ」
肩を見る。
さっきの掠り傷。
浅い。
本来なら裂けている角度だった。
賢者が近づく。
「被弾率、低下傾向です」
「いいことじゃないか」
笑う。
笑えている。
はずだ。
暗殺者が地面を見ている。
砕けた石。
さっき崩れた足場。
あれがなかったら。
俺はどうなってた?
「……たまたまだ」
小さく言う。
誰も聞いていない。
たまたま石が脆かった。
たまたま敵の踏み込みが甘かった。
たまたま距離が足りなかった。
重なっただけだ。
偶然。
偶然。
偶然。
その言葉が、やけに軽い。
夜。
焚き火の前で剣を磨く。
刃こぼれは少ない。
戦闘のわりに、消耗が薄い。
振る。
重い。
さっきより、重い。
戦闘中は軽かったのに。
「……噛み合ってない気がする」
呟く。
戦いと自分が。
強さと実感が。
なんか、ずれてる。
聖女の祈りは、今日はほとんど使われていない。
でも俺は無傷に近い。
賢者は何か計算している。
暗殺者は黙っている。
おかしい。
いや。
おかしくない。
俺たちは強くなった。
四天王を一人倒したんだ。
順調だ。
正しい。
正しい、はずだ。
剣を振る。
空を切る音が、やけに虚しい。
胸の奥に、小さな棘。
でも。
「気のせいだよな」
空に向かって言う。
返事はない。
当たり前だ。
俺は勇者だ。
世界を救う。
勝つ。
勝ち続ける。
そういう役目だ。
役目。
……役目?
一瞬、思考が止まる。
いや。
違う。
俺が選んだんだ。
俺がやるって言った。
だから。
「正しいんだ」
強く言う。
焚き火が爆ぜる。
火の粉が夜に散る。
胸の棘は、まだ小さい。
でも確かに、そこにある。
気づかないふりをすれば、消える。
そうだ。
明日も戦う。
明日も勝つ。
それでいい。
剣を鞘に収める。
金属音が、やけに乾いていた。
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