第3話: 循環維持機構
魔王城、記録層。
闇宰相は石造りの広間に立っている。壁面を埋め尽くす魔導記録板。過去千五百年分の勇者戦闘ログが保存されている層だ。
薄い光が走る。
照合開始。
「獣王、討伐済み」
事実の確認。
声に感情はない。
記録板に過去データが展開される。
第一循環。
第七循環。
第十三循環。
第五十循環。
第百二循環。
四天王・獣王戦の平均戦闘時間。
平均負傷率。
勇者側損耗率。
戦闘後成長係数。
すべて算出。
現在値と比較。
「……逸脱」
誤差許容範囲、±3.2%。
今回差異、+41.7%。
統計的異常。
だが。
闇宰相は眉一つ動かさない。
次の演算へ移行。
勇者現在戦闘出力値を取得。
数値展開。
瞬間、表示が更新される。
【適正段階:獣王突破後】
演算停止。
再取得。
同一。
再演算。
同一。
勇者の内部戦闘値は、本来“獣王突破後に到達する段階”へ調整済み。
しかし戦闘熟練ログは未到達。
段階飛躍。
因果の圧縮。
「補正、作動中」
淡々と記録する。
補正とは何か。
過去循環データ参照。
勇者が予定より早期に敗北する可能性が発生した場合、戦闘出力値が段階補填される傾向。
発生確率、低。
だが存在する。
今回、発生率上昇。
要因分析。
暗殺者存在。
項目に赤線が引かれる。
勇者パーティ標準構成。
【勇者・聖女・賢者・戦士】
今回。
【勇者・聖女・賢者・暗殺者】
戦士枠逸脱。
循環誤差蓄積。
修正値増幅。
演算。
結論。
「循環維持のための補正が作動しています」
事実報告。
それ以上でも以下でもない。
背後から足音。
魔王が入室する。
「報告」
「獣王、討伐済み。戦闘時間、過去平均を大幅短縮。勇者戦闘出力は段階補填済み」
魔王は沈黙。
「余は命じておらぬ」
「命令ではありません」
即答。
「構造です」
空気が僅かに変わる。
だが闇宰相は揺れない。
「循環は勇者勝利を前提としています。勇者敗北の可能性が一定閾値を超えた場合、補正が作動します」
「余が強く在りすぎた、ということか」
「可能性の一因です」
魔王の視線が細まる。
「余が敗北する未来は固定か」
「はい」
即答。
「魔王敗北、勇者勝利。循環維持。再構築。千五百年継続」
記録板に歴代勇者の討伐ログが並ぶ。
全て、同じ終端。
魔王敗北。
「例外は」
「存在しません」
魔王はしばし沈黙。
闇宰相は次の演算を続ける。
暗殺者の影響度算出。
誤差蓄積量。
循環圧縮率。
異常値上昇。
「問題は」
魔王の問い。
「ありません」
即答。
「補正は正常に作動。循環は維持されます」
「余が拒んだ場合は」
一瞬。
演算が止まる。
未知入力。
再計算。
再検索。
該当ログなし。
「想定されていません」
「ならば想定せよ」
闇宰相は沈黙。
演算を走らせる。
仮定:魔王、敗北を拒否。
循環破綻率算出。
数値が跳ね上がる。
世界安定度急落。
補正過負荷。
勇者戦闘値さらなる強制上昇。
暴走。
崩壊。
「理論上、不可能です」
結論。
拒否は成立しない。
補正が上回る。
「循環は強制されます」
魔王は薄く笑う。
「面白い」
だが闇宰相は理解しない。
面白さの演算値は存在しない。
再び記録板へ向き直る。
暗殺者項目を拡大。
誤差因子。
世界補正を“観測”している可能性。
だが介入値、低。
脅威判定、未到達。
「処理不要」
結論。
勇者は勝つ。
魔王は敗れる。
循環は続く。
それが構造。
それが事実。
それが全て。
「次段階、闇宰相戦」
自らの死亡確率を算出。
98.4%。
問題なし。
四天王は遅延装置。
魔王理解促進装置。
自身もその一部。
恐怖はない。
後悔もない。
忠誠心。
それは感情ではない。
初期設定。
魔王に忠実であるよう設計されている。
だが最優先は循環。
魔王が敗北することもまた、忠誠の一形態。
矛盾はない。
演算上、整合。
「問題はありません」
再度、確認する。
勇者の補正値、正常。
聖女の祈祷出力低下、補填済み。
賢者の理論揺らぎ、未拡大。
暗殺者の観測、無害。
全て、管理下。
魔王は出口へ向かう。
「余は駒か」
独り言のように。
「全ては構造の一部です」
即答。
それが正解。
それ以外は存在しない。
魔王が去る。
闇宰相は記録を閉じる。
最終確認。
【循環維持率:99.8%】
異常なし。
勇者は進む。
闇宰相は迎撃する。
戦闘は発生する。
死闘となる。
勇者は勝利する。
魔王は敗北する。
循環は再起動する。
千五百年、繰り返されてきた通りに。
演算終了。
闇宰相は静かに呟く。
「問題はありません」
城の外では、風が止まっていた。
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