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『導かれる者たちの中で 〜レベルを上げて魔王を倒す。それが正しいと、誰も疑わなかった。〜』  作者: 街角のコータロー
第3章

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第2話: 祈りの空白

風が、やけに静かだった。


 獣王を討った翌朝。わたくしたちは森を抜け、次の魔族領へと進んでおります。勇者様は先頭を歩き、その背は軽やかです。まるで重みを知らぬかのように。


 けれど――


 わたくしの胸には、微かな引っかかりが残っておりました。


 昨夜の祈祷。


 光が、薄かったのです。


 傷は癒えました。確かに癒えましたとも。勇者様の裂傷は塞がり、出血も止まりました。


 ですが。


 “届いた”という感覚が、なかった。


 祈りとは、本来もっと温かなもの。胸の奥から湧き上がり、天へと伸び、そして降りてくる確かな応え。


 昨夜は違いました。


 祈りは上へ昇った。

 けれど、何も降りてこなかった。


 それでも傷は塞がったのです。


「……導き、です」


 小さく呟く。


 勇者様が振り返りました。


「どうした?」


「いえ。なんでもございませんわ」


 微笑みます。


 聖女は微笑むものですから。


 幼い頃、教会で何度も言われました。


 “聖女たれ”


 泣くな。

 怒るな。

 疑うな。


 与えられた役目を、清らかに果たしなさい。


 わたくしは頷きました。


 それが救いになるならば、と。


 ――あの頃は、まだ“わたし”でしたけれど。


 賢者様が横に並びます。


「回復出力が前回比で低下しています」


 淡々と。


「そうですか?」


「はい。しかし結果は同等」


 その言葉に、胸がちくりと痛む。


 結果は同等。


 けれど過程は。


 祈りが、届いていないのに。


「神は、必要な分だけ与えてくださいます」


 そう答える声は、澄んでいたはずです。


 賢者様はそれ以上何も言いません。


 暗殺者様は――


 こちらを、見ておりました。


 ほんの一瞬。


 目が合う。


 何も言われておりませんのに、胸の奥を覗かれたような気がいたします。


 わたくしは視線を逸らしました。


 聖女は、揺れてはなりません。


 昼過ぎ、小規模な魔族と遭遇。


 本来であれば連携が必要な相手。


 ですが。


 勇者様の一閃で終わりました。


 踏み込みは粗い。

 体勢も万全ではない。


 それでも、斬れた。


 わたくしは回復詠唱を始めておりましたが、必要はありませんでした。


 光は掌に灯ったまま、消えます。


 祈りは未使用。


「強くなってるよな、俺たち!」


 勇者様は笑います。


「ええ、勇者様。神の導きです」


 即座に返す。


 けれど。


 本当に?


 導きとは、なんでしょう。


 もし。


 もしも神が沈黙しておられるのなら。


 この勝利は、どこから来ているのですか。


 足元が、少し揺れた気がしました。


 違います。


 揺れているのは、わたくし。


 夜。


 皆が眠った後、わたくしは一人、祈ります。


 膝をつき、手を組み、目を閉じる。


「どうか……」


 言葉が、続かない。


 何を願えばよいのでしょう。


 勝利?


 平和?


 勇者様の無事?


 それとも。


 “確かさ”を?


 胸の奥から祈りを引き出そうとする。


 けれど空白。


 空白のまま、言葉だけが並ぶ。


「どうか、導きを」


 静寂。


 風の音だけ。


 昔は、応えがありました。


 温かな光。

 包まれる感覚。


 今は、ない。


 それでも。


「……わたくしは、聖女です」


 言い聞かせる。


 疑ってはならない。


 疑えば、崩れる。


 崩れれば。


 ――わたくしは、何者になりますの。


 指先が、震える。


 粗い言葉が喉まで上がる。


 なんで。


 ……いいえ。


 わたくしは聖女。


 整える。


 背筋を伸ばす。


 呼吸を整える。


「導きです」


 もう一度。


 今度は、誰も聞いておりません。


 それでも言う。


 言わなければ、空白が広がる。


 勇者様は強い。


 賢者様は理を保つ。


 暗殺者様は静かに見ている。


 ならば。


 わたくしは信を保たねばなりません。


 それが役目です。


 それが、わたくしの存在理由。


 ……存在理由。


 胸の奥が、少しだけ痛む。


 もし祈りが届いていないのなら。


 もし勝利が別の力によるものなら。


 わたくしは。


 ただ、形だけの聖女?


「違います」


 強く否定する。


 声がわずかに荒れた。


 庶子の頃の、あの荒い響き。


 慌てて整える。


「違いますわ」


 誰に言っているのでしょう。


 神に?


 世界に?


 それとも自分に。


 沈黙は続く。


 けれどわたくしは立ち上がる。


 明日も微笑むでしょう。


 明日も祈るでしょう。


 たとえ届かなくとも。


 届いていると信じます。


 それが聖女。


 そう教えられましたもの。


 夜空は、何も答えませんでした。


 ただ静かに、星が瞬いております。


 その光が。


 ほんの少しだけ、遠く感じられました。



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