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『導かれる者たちの中で 〜レベルを上げて魔王を倒す。それが正しいと、誰も疑わなかった。〜』  作者: 街角のコータロー
第3章

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第1話: 理論誤差

勝利は、あまりにも軽かった。


 獣王の巨躯が地に伏してから、まだ一刻も経っていない。血は蒸気のように薄く、匂いも希薄だ。まるで――記録の上でだけ“討伐済み”になった存在のように。


 賢者は膝をつき、指先に淡い光を灯す。魔力測定式を展開。勇者、聖女、暗殺者、そして自身の数値を順に走査する。


「……おかしい」


 小さく呟く。


 勇者の戦闘出力は確かに上昇している。前回計測比、約12.8%。誤差ではない。明確な上昇だ。


 だが。


「技術熟練度……変動なし?」


 剣術適応率。反応速度補正。踏み込みの安定度。

 いずれも獣王戦前とほぼ同値。


 本来であれば。


 四天王級との交戦は、必ず“伸びる”。


 過去ログを呼び出す。


 第一循環、第七循環、第十三循環……百二十七例。

 いずれも死闘。負傷率平均63%。勝利時には熟練度が跳ね上がる。


 だが今回は。


 負傷率、軽微。

 戦闘時間、異常短縮。

 熟練度上昇、ゼロ。


「理論的に……成立しない」


 勇者の声が背後から弾む。


「俺たち、強くなってるよな!」


 賢者は振り向かずに答える。


「戦闘出力は上昇しています」


 事実だけを述べる。


 聖女が静かに微笑む。


「神の導きです」


 その言葉に、賢者の指が一瞬止まる。


 導き。


 便利な言葉だ。理論を補完する余白として、あまりにも。


 暗殺者は何も言わない。


 視線だけが勇者に向けられている。


 賢者は再度、数式を走らせる。


 戦闘ログを再生。


 勇者の踏み込みは粗い。

 刃の軌道も最適解ではない。

 だが獣王は――切断された。


「……因果の接続が飛んでいる?」


 因と果の間にあるはずの努力値が、抜け落ちている。


 いや。


 抜け落ちているのではない。


 埋められている。


 強制的に。


 賢者の背筋を冷たいものが走る。


 仮説。


 もし。


 “補正”が働いているとしたら。


 勝敗だけを保証する、外部演算が。


 だがそれは。


「……そんなものが存在するなら、理論体系そのものが無意味になる」


 小さく吐き出す。


 勇者がこちらを見る。


「どうした?」


「いえ。問題ありません」


 即答。


 声は平坦。


 内側では、計算が暴走している。


 聖女が祈りを捧げている。

 暗殺者は地面に落ちた獣王の牙を拾い、重さを確かめている。


 重い。


 物質的には、確かに存在している。


 だが戦闘の記憶は、薄い。


 賢者は過去循環ログをさらに遡る。


 四天王戦は常に壁だった。


 乗り越えることで勇者は“勇者”になる。


 今回は。


 壁が、紙だった。


「……逸脱」


 思わず口に出る。


「え?」


 勇者が首を傾げる。


「いえ。戦闘時間が予測より短かっただけです」


 嘘ではない。


 だが本質でもない。


 暗殺者と視線が合う。


 一瞬。


 彼は何も言わない。


 ただ、ほんの僅かに目を細める。


 見透かされている。


 いや。


 共有されている。


 賢者は目を逸らす。


「前進しましょう。次の交戦までに再計測を行います」


 歩き出す。


 だが思考は止まらない。


 もし補正が存在するなら。


 それは誰の意思か。


 神か。


 世界か。


 あるいは。


 もっと構造的な何か。


 理論の外側にあるもの。


 それを仮定した瞬間、全ての式が崩壊する。


 努力値は幻想。


 成長は演出。


 勝利は予定。


「……そんな、はずは」


 小さく、漏れる。


 声が震える。


 自覚して、すぐに整える。


 勇者は前を向いている。


 無邪気な背中。


 本当に気づいていないのか。


 それとも。


 気づかないことを選んでいるのか。


 賢者は数値を再確認する。


 勇者の出力は、確かに“次段階相当”だ。


 だが。


 段階を踏んでいない。


 階段を飛ばしている。


「……理論的には、まだ早い」


 ぽつり。


 勇者が振り返る。


「何が?」


「次の戦闘です。戦力上昇幅が安定していません」


 理知的な声音。


 完璧に整った仮面。


 だが内側では、式が破綻寸前だ。


 もしこの上昇が外部からの補正なら。


 いずれ反動が来る。


 均衡は必ず取られる。


 世界は常に帳尻を合わせる。


 ならば。


 どこで。


 誰が。


 代償を払う?


 聖女の背が、わずかに揺れる。


 暗殺者の歩幅が一定すぎる。


 勇者だけが、軽い。


「……あり得ません」


 強く否定する。


 だがその言葉は、自分に向けたものだった。


 理論は万能でなければならない。


 世界は解析可能でなければならない。


 そうでなければ。


「……わたしの、意味が」


 息が詰まる。


 慌てて言い直す。


「――私の仮説は、まだ未完成です」


 女言葉が一瞬だけ混ざった。


 素だ。


 恐怖。


 勇者は気づかない。


 聖女も。


 暗殺者だけが、ほんの僅かに視線を寄越す。


 賢者は顔を上げる。


 空は静かだ。


 あまりにも静か。


 まるで何かが、見守っているように。


 数式を閉じる。


 今はまだ、仮説段階。


 証明はされていない。


 されていない以上、成立しない。


 そうだ。


 理論上は、可能。


 不確定要素は?


 誤差の範囲。


 そう結論づける。


 だが胸の奥に残る違和感は、消えない。


 獣王の死は、軽すぎた。


 勇者の成長は、速すぎた。


 世界は――


 あまりにも整いすぎている。


「……観測を継続します」


 誰にともなく告げる。


 それが賢者の役割。


 崩れかけた理を、まだ支える。


 破綻寸前の式を、まだ信じる。


 そして歩き出す。


 勇者の背を見つめながら。


 いつか来る“誤差の回収”を、予感しながら。



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