第10話: 『それでも選ぶ』
夜は静かだった。
風も弱い。
焚き火の音だけが揺れている。
勇者は眠っていない。
剣を膝に置いたまま、火を見ている。
聖女は先に休んだ。
賢者は記録をつけ終え、目を閉じている。
暗殺者は起きている。
見ている。
もう、数え終わった。
偶然の方向。
逸脱の消失。
補正の介入。
内面だけが自由。
確信は完成している。
勇者が口を開く。
「なあ」
小さい声。
「俺は、勇者なんだよな」
確認ではない。
問いだ。
暗殺者は火を見る。
そして、初めて言う。
「勇者だ」
短く。
肯定。
勇者は少し笑う。
「でも、何代目かいるらしい」
「いる」
「俺と似てるらしい」
「似ている」
勇者は黙る。
火が爆ぜる。
暗殺者は続ける。
「世界は回っている」
勇者は視線を上げる。
「魔王が現れ、勇者が討つ。終わり、また始まる」
断言はしない。
事実として置く。
「そのために、整う」
「整う?」
「偶然が安全側に傾く。事故が浅くなる。逸脱が削られる」
勇者は何も言わない。
暗殺者は勇者を見る。
「守られている」
沈黙。
否定はない。
「外側は」
そこで一拍置く。
「だが内側は、守られていない」
勇者の眉が動く。
「内側?」
「迷いは補正されない。遅れはそのまま結果になる」
あの戦闘。
頬の傷。
勇者は触れる。
確かに。
あれは自分の遅れだった。
「じゃあ、俺は」
勇者の声は低い。
「部品か?」
暗殺者は即答しない。
火が揺れる。
「役割はある」
「それは、否定しないのか」
「否定できない」
勇者は目を閉じる。
怒りはない。
絶望もない。
ただ、重さ。
「でも」
暗殺者は言う。
「選ぶのは、お前だ」
勇者の目が開く。
「世界は工程を守る。だが、お前が剣を振るうかは強制できない」
それが穴。
唯一の。
「討つか、討たないか」
勇者は火を見る。
長い沈黙。
やがて、笑う。
弱くはない。
強がりでもない。
「ずるいな」
「何がだ」
「守られてるくせに、選べってか」
暗殺者は答えない。
勇者は立ち上がる。
剣を握る。
「俺は勇者だ」
静かな宣言。
「役割だろうが工程だろうが、関係ない」
火が揺れる。
「俺が決める」
怒鳴らない。
誇示しない。
ただ。
「俺が、選ぶ」
討つかどうか。
勇者であるかどうか。
それを。
自覚して。
選ぶ。
暗殺者は目を細める。
これが必要だった。
無自覚な勇者ではなく。
自覚してなお選ぶ勇者。
工程に従うのではない。
演じる。
役割を。
自分の意思で。
◇
魔王城。
闇宰相が静かに言う。
「勇者、選択を自覚」
魔王は目を閉じる。
「そうか」
外からは壊せない。
内からしか。
だが。
自覚してなお選ぶなら。
それは工程ではない。
意思だ。
魔王は静かに立ち上がる。
「ならば、余も選ぶ」
討たれるためではない。
戦うために。
役割ではなく。
武人として。
循環の中で。
自覚した者同士として。
◇
夜は更ける。
勇者は剣を収める。
迷いは消えていない。
だが。
押し流されてもいない。
選ぶ。
自分で。
暗殺者は火を消す。
勇者はまだ勇者だ。
だが。
無自覚ではない。
工程は続く。
だが。
亀裂は入った。
小さく。
確実に。
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