表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『導かれる者たちの中で 〜レベルを上げて魔王を倒す。それが正しいと、誰も疑わなかった。〜』  作者: 街角のコータロー
第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/63

第5話: ひびの音

戦闘のない一日だった。


 珍しい、というほどでもない。魔族領に入ってからも、空白の日はある。だが今日は妙に静かだった。


 風の音がやけに澄んで聞こえる。


 俺は歩きながら、自分の呼吸を数えていた。


 一定だ。


 乱れない。


 疲労もない。


 獣王を倒し、中堅魔族を退け、ここまで来たというのに、身体は軽い。


 軽すぎる。


「勇者様?」


 聖女がこちらを見る。


「いや、なんでもない」


 そう答える声は、落ち着いている。


 落ち着きすぎている。


 本来なら、高揚や疲労が残っていてもおかしくない。だが何もない。平坦だ。


 賢者が隣に並ぶ。


「現在の身体状態、安定しています」


「そうか」


「異常値は検出されません」


 異常。


 その言葉が、やけに引っかかる。


 異常がないことが、異常なんじゃないのか。


 だが言葉にはしない。


 少し歩いたところで足を止める。


「なあ」


 三人が振り向く。


「俺、強くなりすぎてないか?」


 軽く笑って言ったつもりだった。


 冗談のように。


 だが空気は、わずかに硬くなる。


 賢者が即答する。


「成長曲線としては合理的です。四天王撃破後の戦闘出力上昇は、過去事例と照合しても——」


 そこで、言葉が止まる。


 一瞬。


 本当に一瞬。


 俺はそれを見逃さなかった。


「……どうした?」


「いえ。誤差範囲内です」


「誤差?」


「問題はありません」


 その言い方。


 どこかで聞いた気がする。


 だが思い出せない。


 聖女が柔らかく微笑む。


「神の導きです。勇者様が強くなられるのは当然のこと」


「当然、か」


 その言葉を口の中で転がす。


 当然。


 そうだ。


 勇者は強くなる。


 魔王を倒すために。


 役目だから。


 ……役目。


 胸の奥が、わずかに軋む。


「祈りは、ちゃんと届いてるんだよな」


 自然に出た。


 聖女のまつげが、ほんの少しだけ揺れた。


「もちろんですわ」


 即答。


 だが。


 ほんのわずか、間があった。


 俺はそれを数えてしまった。


 一拍。


 それだけ。


 それだけなのに、やけに長く感じる。


「そうか」


 それ以上は聞かない。


 聞いてはいけない気がした。


 暗殺者は少し後ろを歩いている。


 気配は薄いが、確実にいる。


 俺は振り返る。


「お前はどう思う」


 暗殺者の目が上がる。


「何がだ」


「俺たちの強さ」


 少し考えるような沈黙。


「お前はどう思ってる」


 問いを返される。


 視線を逸らさない。


 逃げ道をくれない目だ。


 俺は、言葉を探す。


「……わからない」


 正直に出た。


「強くなってる。結果も出てる。でも——」


 言葉が続かない。


 何が引っかかっているのか、形にならない。


「でも?」


「実感が、追いついてない」


 暗殺者は何も言わない。


 否定もしない。


 肯定もしない。


 ただ、見ている。


 その視線が、妙に重い。


 夜。


 焚き火の前。


 今日は魔族の影もない。


 静かな時間だ。


 俺は剣を膝に置く。


 手をかざす。


 震えていない。


 力はある。


 なのに。


「おかしいと思うのが俺だけなのは、おかしいよな」


 ぽつりと出る。


 自分でも驚くほど、静かな声だった。


 賢者は計算を続けている。


 聖女は祈りの姿勢を保っている。


 暗殺者は目を閉じている。


 誰も、反応しない。


 風の音だけ。


「……いや」


 首を振る。


 違う。


 俺が考えすぎているだけだ。


 勇者なんだから。


 迷うな。


 疑うな。


 前を向け。


 そう教わってきた。


 そうやってここまで来た。


 今さら立ち止まる理由はない。


 だが。


 胸の奥に、確かにひびが入っている。


 小さな、細いひび。


 まだ壊れてはいない。


 だが、音はした。


 確かに。


 ぱき、と。


 俺は立ち上がる。


「明日も進もう」


 声は安定している。


 頼れる勇者の声だ。


 三人が頷く。


 その光景を見て、胸が締めつけられる。


 守らなければならない。


 俺が揺れたら、全部崩れる。


 だから。


「問題ない」


 自分に言い聞かせる。


 問題はない。


 勝っている。


 進んでいる。


 世界は救われる。


 それでいい。


 焚き火が爆ぜる。


 火の粉が夜に散る。


 その一瞬、火が揺らいだ。


 まるで、風もないのに。


 俺はその揺れを見つめる。


 理由を探そうとして、やめた。


 理由なんて、いらない。


 必要なのは結果だ。


 そうだろう。


 勇者なんだから。


 目を閉じる。


 眠りは浅かった。


 夢は見なかった。


 ただ、胸の奥で。


 ひびが、静かに広がっていた。



もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想などをいただけると執筆の励みになります! よろしくお願いいたします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ